第54話:回復術師は真面目な話をする
◇
俺は、今ヘルミーナの予告通り背中を流されている。
もちろん悪いと思って断った。だが、どうしてもと言われて断りきれなかったのだ。
ヘルミーナは俺の背中を流したい。俺としては不快というわけではない。ここが男湯であるということだけを除けば、俺が承諾したのはなんらおかしなことはないのだ。
本当は一刻も早くここから出すべきなんだろうが、出ていけと言って出ていくようなやつなら初めから忍び込まないだろうし、これは仕方がない。
さっさと要件を聞いて、去ってもらうとしよう。
「気持ちいい? 痒いところは?」
「ああ、ちょうどいい感じだ。痒いところは……強いて言えば右上のところだな」
「ここで合ってる?」
「ああー! そこ! そこ!」
「はいはい、ユージはここが痒いのね」
いつしか、俺はヘルミーナの右手の虜になってしまっていた。
じゅるっ……いかん、こんなことをしている場合じゃないんだ。
「それで、進展ってのは?」
「あなたに——いえ、あなたのパーティにとある依頼を受けてもらいたいのよ。今朝、私の周辺調査をもとに上が見た結果、あなたのパーティにオファーが出たわ」
「そのとある依頼とやらの内容を聞かないことにはなんとも返事できないんだが……」
「ユージは、ここ最近の魔物の動きが妙なことに気がつかなかった?」
「魔物……ガーゴイルか?」
つい先日、サンヴィル湖周辺で、リーナと二人で低ランクの依頼の消化中にエリアボスと遭遇した。
低ランク狩場であのクラスのエリアボスの出現。まったくあり得ないわけではないが、非常に珍しいケースだったことは間違いない。
そこで一時はフェンリルが原因ではないか? という話も出たほどだった。
結局は俺が確かめたところ、あれはフェンリル——つまりシロが原因ではなかった。それどころか、シロには崩れたバランスを戻すような作用があることも確認できている。
俺としてはこのくらいしか思いつかなかったのだが、次の瞬間、ヘルミーナから飛び出した言葉に耳を疑った。
「ガーゴイルの件、それと——そこのフェンリルの件ね。他にも小さな動きはあったのだけど、ユージが知っているのはそのくらいね」
「いやいや、シロは関係ないぞ? いったいなんの話だ」
「フェンリル——あなたのペットが悪いという意味ではないわ。むしろその逆。フェンリルも、今回の騒動の被害者ね」
「……何が言いたいのかわからないぞ?」
ほら、シロも困惑しているじゃないか……。
フェンリルの騒動は、蓋を開けてみればただの根源損傷だった。
根源損傷なんて、根源を媒体とする特殊な禁呪魔法を使う以外では起こらない……ん?
俺はちょっとした懸念が頭をよぎった。
あの時は必死でそこまで深く考えていなかったが、シロが自分でそんな魔法を使ったとは思えない。
一緒に暮らすようになってから分かったが、シロは平和主義そのもの。
自分から危険なことをしたり、誰か人間を傷つけることはしない……はずだ。
だとすれば、シロが何者かに……?
「根源損傷……禁呪……もしかして、その件と関係あるのか……?」
「正解。大いなる邪悪が、フェンリルを不意打ちした——といったところかしらね。簡単にいえば、その邪悪をユージに倒してほしいってわけ」
「……なるほどな。詳しい話を聞いてもいいか? どこまで掴んでるんだ?」
ヘルミーナには謎が多い。まだ全面的に信頼したというわけではないが、その言葉の一つ一つには説得力がある。聞いてみる価値は十分にありそうだ。
「これは、王国内部でもごく一部しか知らないこと、一般に広まると大変な事態になってしまうから……」
「あっ、ちょっと待て。それって聞いたら断れなくなるやつじゃ! ストップ、ストオオオオップ!!!!」
という俺の叫びは聞き入れられることなく——
「魔王。……魔王が復活する兆候にあると学者が判断しているわ。それも、かなり近いうちに」
え、魔王?
魔王って——
「神話の時代に悪逆の限りを尽くし、人類は滅亡の危機まで追い込まれたっていう……あれのことか? いやそんな馬鹿な……」
「そういうありえないことが起きているということよ。実は、サンヴィル村だけじゃない。周辺の村でも急に魔物が強化されたり、不自然な兆候が見受けられているわ」
「いやいや、でも魔王と決まったわけじゃないだろ? 魔力災害でおかしなことが起こるのは自然界じゃよくあることだし……」
「それはそうだけど、王国は表に出ている情報以外からも判断しているわ。王国地下の書庫には、神話時代の資料も残されている。その中から、予言書が発見されているの。ちょうど今頃に復活する可能性があるって」
「いやいや……」
「予言書と言っても、スピリチュアルで怪しい内容じゃないわ。当時魔王をどうやって対処して、その結果未来でどんなことが起こるのかが論理的に書かれていたそうよ。場所までは分からなかったけれど、一番怪しいのがここサンヴィル村というわけ。あなたに出会ったのは偶然だけどね」
「んなこと言われても、俺は実際に見たわけじゃないし——」
「じゃあ、これ見る?」
そう言って、ヘルミーナはアイテムボックスから紙を取り出した。
そこには、何やら古い文字の羅列が並んでいる。
古いとは言っても言語的には共通している部分があるので、なんとなく読めた。
「予言書のコピーよ。この事実を知っているのは、王と、学者と、私含めた数人の騎士団員。そこにあなたも今加わった」
「手帳の王国印は本物。それに加えて多分本当であろう重要資料……嘘にしては手が込みすぎってわけか。それで、それを知った俺は逃げられないと?」
「ええ、『協力』をお願いしたいわ」
一目見たときからヘルミーナはどこか妖しく、そして怪しく、油断できないやつだとは思っていたが、まさかこれほどとはな。
わざわざ俺が一人でいる時を狙って接触を図ったのも、上手く事を進めるための打算があったのだろう。
リーナとリリアの二人がいるところだと、軽くあしらってしまっていたかもしれない。
結果的に上手く丸込められた事になる。
しかし、俺も国のために働く一人の冒険者として——
「俺だって、この事実を知ってしまったからには放っておけねえよ。だいたい、逃げたって巻き込まれてどうせいつかやるはめになるんだ。多少は知り合いだっているし、今は守るべき仲間もいる」
ま、あの二人も連れて行くことになるんだが。
「ふふっ、じゃあ依頼は受けてもらえるということで?」
——ん?
なんで確認してくるんだろう。ヘルミーナは強制的に依頼を受けさせることができると装っていたが、本当のところはどうなんだろう。
ちょっと試してみるか。
「いや、それは違う」
「え……?」
「確かに俺にはパーティリーダーとして、単独で依頼を受ける決定権がある。俺が決めれば二人は断れない。だけど、生憎俺のパーティではどんな依頼であろうとパーティメンバーと相談して決めることにしている。フェンリルの時だってそうやって決めた」
「そ、そう……」
俺が答えると、ヘルミーナは冷静を装いつつも冷や汗を流していた。
この反応で俺は確信した。本当に切羽詰まっているんだな、と。
そして、あくまでも依頼を受けるかどうかは任意だということが分かった。
ま、あの二人は多分「ついてくる」と言ってくれそうな気がなんとなくしている。ヘルミーナの心配は杞憂に終わりそうなんだが。
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