第三十六話『蜜の旅』

……それから日曜日、皆で瀬名さんの趣味を見つけてやろうという計画を実行する当日。


「……」


時刻は九時半……十時に黒百合前で集合という事になっていた俺達の中で、俺だけが一番早くその場所に辿り着いていた。


日曜日の歌舞伎町……一般的には休日とされているこの日でも働いている人はおり、その社会人達はショートカットの為にこの歌舞伎町の通りを利用していた。


紺や茶といった暗色に紛れるスーツ郡の中で、赤色などの派手な色のスーツを着ている俺と同業者のような雰囲気の者達も紛れて、あずま通りを歩いている。


「おはようなのぜーっ! ……あれ、まだやまちゃんだけなのぜ?」


……そしてその人混みを抜けて最初に俺の前に現れたのは、片手を全開に上げて分かりやすく自分が来たアピールをした瀬名さんであった。


「はい……おはようございます瀬名さん、お早いですね」


「えへへ……支度がすぐ終わったから早めに出てきちゃったのぜ……てかやまちゃんこそ早くないのぜ? まだ三十分前なのぜよ?」


「俺も遅刻だけはしたく無いので、早めに外に出てきてしまいました」


「仲間なのぜな! じゃあ皆が来るまで、ここに座らせて貰って待ってようなのぜ!」


「了解です」


黒百合は日曜日の定休日……今日は客がここに出入りする事は無いと確認をした後、俺と瀬名さんは黒百合入口前の段差に着席する事にした。


俺が座ると、瀬名さんは一段もずらす事無く、俺のすぐ隣に腰掛けてきた。


「やまちゃんは次に誰が来ると思うのぜ?」


「飯田さんでしょうか……電車に乗る時間も考えて、彼女も早めにお家から出ていると思います」


「おっ、ちーちーじゃないのぜ?」


「長内さんは集合場所から一歩も動かなくてもいいという事で……もしかしたら油断して、まだ起きてすらいなかったりして……」


「ちーちーもお仕事で疲れてるだろうし、ついつい寝過ぎちゃう気持ちも分かるのぜ〜」


「……もしかして瀬名さんもそうですか?」


「えっ!? 違うのぜ! 昨日はいっぱい寝れたから元気なのぜあはは……」


先程から笑顔を絶やさず、その状態でいられる元気の良さを表情で証明する瀬名さん。


……そんな彼女を見て、瀬名さんと前から話したかった事についての話題を思い出す。


意識せずにいつの間にか二人きりとなっていた今が、伝えるチャンスだろうか。


「今日はまおまお達に色んな場所に連れて行って貰う予定なのぜ! だから最初から疲れてなんかいられないのぜ!」


「……実は俺も、今回はその紹介して頂く側になりそうです」


「ん? どういう事なのぜ?」


……実は俺には、瀬名さんに紹介出来るような趣味が何一つ無い事。


なので今回は、俺も瀬名さんと一緒に真緒さん達に趣味を紹介して貰い、自分の趣味を見つけようと思っている事。


それらの事を、俺は瀬名さんに透かさず話した。


「……そうだったのぜな〜」


「すみません……お役に立てなくて」


「謝る事じゃないのぜ! それにやまちゃん、いつも一日中働いてるイメージがあるから……趣味に使う時間が無くなっちゃってる気がするのも、何となく分かるのぜ!」


「そうですか……」


「……てかそれは、あたいの事だから勝手に決めつけちゃってごめんなのぜ」


「いえ、俺も瀬名さんと同じですよ」


「え? 本当なのぜ?」


「はい、だからこそ毎日の黒百合で真緒さん達と会う事を、生き甲斐に感じるお気持ちも分かります」


「ええっ!? それまで一緒なのぜ!? 何だか照れるのぜな〜」


頭を撫でて、引き続きニカッと笑い続ける瀬名さん……その照れている笑顔の奥で、そう思っていたのは自分だけでは無かったと、安心をしているかのようにも見えた。


「そういえばあたいらって、一日中仕事をしていた時から、結構そっくりな所があったかもしれないのぜな!」


「はい……瀬名さんって確か、アルバイトの掛け持ちをされていましたよね?」


「そうなのぜ! 日雇いって奴で色んな場所で働いてるのぜ!」


「なるほど……これだけお互いに色々な場所で働いているのに、仕事中に中々遭遇しないのも珍しいですよね」


「渋谷区のマンションで一回だけ会ったきりなのぜ!」


「ああ、そんな事もありましたね、お懐かしい……」


「えへへ……」


初めてである気さえする、瀬名さんと二人きりになれた貴重な時間……お互いの事を知れて、急激に距離が縮まっていくのを感じる。


かつての瀬名さんは本当のホームレスのような生活をして、ゴールデン街の路地裏で暮らしていた。


それから俺と初めて会ってから黒百合の存在を知り、そこで働き始めて金を手に入れてから、ネットカフェに寝泊まりしながら一日中働く事で、毎日の生計を立てている今の生活を送れるようになったのだ。


大都会新宿で毎日外食を含める生活をするとなると、大量の金がかかる事になるのは必然的……その為には仕事の掛け持ちも必須であり、そんな瀬名さんと二人きりになれる時間は本当に貴重だ。


……しかし、仲良くなっていくのを感じると、どうして瀬名さんはそのような生活をしなければならなくなったのかという、彼女の過去までも知りたくなってしまう。


いやダメだ……今の瀬名さんは楽しむ為にここにいる、いい思い出では無いと思われるそれなど聞いて、心の傷を再発させたらどうする。


「……とにかく、今日はお互いにいい趣味が見つけられるといいのぜな!」


「そうですね……楽しみましょう」


「あっ、皆来たのぜ〜」


「ごめ〜ん、お待たせ〜」


「ふむ、もう皆揃っていたか」


「皆……おはよう……ふわぁ……」


「……まさかの三人同時に来られましたね」


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「……では改めて、お前の趣味探しの旅に出るとするか」


「よ、宜しくお願いしますのぜ!」


それから黒百合に集合した俺達……真緒さんがその宣言をすると共に、瀬名さんは真緒さん達に対してお辞儀をした。


「そんなに固くならなくていいのよひとみ、趣味探しの旅と言っても、今日は皆の行きたい場所に行くだけだから」


「リラックスよ……」


「う、うん……」


そしてそんな緊張気味の瀬名さんに、真緒さんの隣に立っていた飯田さんと長内さんは、頭や肩を撫でたりして瀬名さんを励ましていた。


「……それで、まずはどこから行かれますか?」


「ふむ、ここは私が先陣を切らせてもらおう」


「あんたの趣味ねぇ〜、一人の時だとタバコ吸ってるイメージしか無いんだけど」


「そこまでヘビースモーカーでは無いぞ私は」


それからいつものように飯田さんと漫才のようなやり取りをしている真緒さんに続き、俺達は黒百合から離れていく……


そして真緒さんに導かれて、俺達が最初にやってきたのは……


「ふんっ!!」


「はぁっ!!」


……バットを用いて、次々と飛んでくるボールをリズム良く跳ね返している真緒さんと飯田さん。


そう、真緒さんに連れて来られたのはバッティングセンター……その二人だけでは無く、俺も長内さんと瀬名さんと共にバッターボックスに立っていた。


「やはりストレスが溜まった時は体を動かすのが一番だ! 上手く打ち返せた時は気持ちが良いだろう?」


「でもこれって……趣味って言えるのかしら!」


「趣味というよりは! ただ単に私が行きたかっただけかもしれんな!」


ボールを打ち返しながら会話をしている真緒さんと飯田さん……


「バットって、結構重い……」


一方長内さんは力無くバットを振りながらも、ヒットとまでは行かずともボールを打ち返してボールをゴロゴロと転がしていた。


「なのぜーっ!!」


……そして肝心の瀬名さんは、元気良い掛け声と共に、飛んでくるボールを次々とホームランで打ち返して、ネットに突き刺していた。


アウトドア派という印象で、元々から運動も出来そうな容姿であった彼女。


その期待を裏切らず、汗を飛び散らす瀬名さんの様は、見ているこちら側まで元気を貰うぐらいに生き生きとしていた。


「ひとみ、随分と楽しんでいるな」


「張り切るのはいいけど、張り切りすぎて筋肉痛とかにならないようにね〜」


「大丈夫なのぜ! まおまおの言う通り気持ちいいのぜ〜!」


「……はっ!!」


「仁藤くんも、上手……」


「ここには一度来た事があったので……」


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「楽しかったのぜ〜!」


「うむ、皆中々のバッティングだったぞ」


「たまには、運動するのもいいかも……」


「……そしたら次は私の番ね」


その後、バッティングセンターの外のベンチで休憩をしながら、自販機で買った飲み物を飲んでいた俺達……


飯田さんはそう言うと、ベンチから立ち上がった後に空になったペットボトルをゴミ箱に捨ててた。


「なーなの趣味なのぜか〜」


「前にアニメを見たり、ゲームをするのが趣味だと仰っていましたよね」


「そうだぞ、こう見えても凪奈子は結構のオタクという奴なのだ」


「意外……」


「そこまでガチ勢じゃないけど……アニメの紹介は好みの押しつけになっちゃうし、ゲームは色々揃えるのにお金がかかっちゃうから、今回はナシ」


「じゃあどこに行くのぜ?」


「それはね〜……」


そうして次に、飯田さんの案内で俺達が連れて来られた場所とは……


「きーじのっ♪ キャンバスに〜♪ クリームとイチゴ〜乗せて〜♪」


「「「ケーキ!!」」」


「一個〜だけじゃ♪ 足りないかーらっ♪ まとめて食べたいなぁ♪」


「「「ホール!!」」」


……マイクを握り締めた瞬間に人が変わり、モニターの歌詞も見ずに、俺達の前でノリノリかつあざとく歌う飯田さん。


そのキャラクターには、どことなくキャバ嬢のナナコの成分も入っているような気がした。


そんな彼女の歌に合わせて、俺達は飯田さんに合いの手をするように指示をされていた。


「何だこの絶望的にセンスの無い歌詞は……」


「でも凪奈子ちゃん……楽しそう……」


「なーな、アイドルみたいなのぜ〜!」


「最早別人ですね……」


「……ふぅ、いい運動になったわ。カラオケも久々に来るとたのしいわね」


それから飯田さんは最後にポーズを決めて、最後までアイドルモードで貫いたまま、曲が歌い終わると満足した様子で瀬名さんの隣に腰掛けた。


「さぁ、次はあんたの番よ。きゃぴきゃぴに決めてきなさい」


「えーっ、でもあたい上手く歌えないのぜよ……」


「上手い下手なんか関係ないわ、こういうのは楽しんだもん勝ちなのよ」


そうして瀬名さんは飯田さんに背中を押されて、先程の飯田さんと同じく、よく目立つモニターの横に立った。


「うう……」


足をそろえて直立し、マイクを両手で握って下を俯き、瀬名さんは明らかに緊張しながらも容赦無くイントロは流れ始めている。


「ひとみちゃん、頑張って……」


「大学のスピーチとかじゃないんだから、そんなに緊張しなくてもいいのよ」


「〜♪」


長内さんと飯田さんの応援に頷きながら、瀬名さんは歌い始める……。


瀬名さんが選曲した曲調は静かなものであり、彼女はいつもより声を低くして歌っている。


……その内に緊張も解れてきたのか、瀬名さんは体制を崩して片手を胸に当て始めた。


普段から八重歯を見せてニコニコと笑っている瀬名さんとは一変、その声も相まって真剣に歌っている姿はギャップ萌えそのものであった。


「ひとみちゃんも……上手……」


「意外とこういう曲聴いてんのねひとみ」


「本来は男が歌っている曲を、上手く歌いこなしているな」


「瀬名さん自体、結構男の子みたいなお声されてますもんね」


「……うう、恥ずかしいからその解説やめて欲しいのぜ〜」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「楽しかったのぜ〜!!」


「ええ、いいストレス解消になったみたいで良かったわ」


その後、激しくポーズを取りながら瀬名さんの言うアイドルのように歌っていた飯田さんだけが汗をかいた状態で、俺達はカラオケから出てきた。


「やまちゃん上手だったのぜ! でもやまちゃんもアイドルの歌を歌うなんて意外だったのぜ〜」


「自分は流行りの曲しか知らないので……誰かの前でカラオケで歌ったのは初めてです」


「でも真緒や千夜も歌えば良かったのに」


「私は音痴だからな、誰かに聞かせられる程の歌声では無いのさ」


「私は……喉の調子が……」


カラオケに来て、合いの手やタンバリンを振るだけで終わった二人……真緒さんは仕方無く笑うように、両手を上げて首を横に振っていた。


そして声は全くガラガラでは無く、いつもと声も変わっていないのに、断る際のありきたりの嘘をついた長内さん……


「後は千夜だけね」


「お前は一体どのような趣味なのだ?」


「私も……あるにはあるけど、皆が楽しめるようなものでは無いと思う……」


「そんな事気にしなくていいのぜ!」


「長内さんが行きたい場所に行きましょう」


「分かったわ……」


俯く長内さんの顔を上げさせて、最後に彼女の後をついていく……


そうして俺達が連れて来られた場所は……


「ついた……図書館よ……」


「なるほど、千夜の趣味は読書という事か」


「何とも千夜らしいわね」


「本は……ひとみちゃんのお家にもあるわよね……」


「そんな事無いのぜ! あたいのとこなんて雑誌かマンガしか無いからこっちの方が面白そうなのぜ!」


「ありがとう……」


様々な本が並んでいる棚の森をかき分けて、引き続き俺達は長内さんに着いていく……


「ついた……」


「ここは……児童書のコーナーですね」


「要するに絵本ね」


「うん……私、最近は絵本を読むのが好きで……」


「小説とは違って……話が分かりやすいから、ひとみちゃんでも好きになれると思う……あと、絵がかわいい……」


「この本の犬とか、何だかお前にそっくりでは無いか?」


「えーほんとなのぜー?」


そう言って瀬名さんは苦笑いをして、真緒さんから二足歩行の犬が主人公の絵本を手渡されて、読み始めた。


その中身は、自分と同じ森に住む様々な動物達の家にお邪魔して、それぞれが食べているご飯をご馳走して貰うというストーリーであった。


柔らかいタッチかつ、色鉛筆で描かれたような綺麗な背景……何も考えずに図書室でそのような本ばかりを読んでいた、小学生の頃を思い出させる。


「……確かに面白いのぜ!」


「ふむ、子供向けだからと言って侮れんな」


「そう……だからここには、よくお料理の本と絵本を借りていくの……」


「ってあんたいつの間にそんなに本持ってきてたの?」


「これ……全部借りるの……」


「借りたら一回黒百合に戻った方が良いかもしれませんね」


「ごめんなさい……」


「ああ、いえ……そういう訳では」


「確かにお金がかからないって意味じゃ、こういう所に来るのが一番いいかもしれないのぜ!」


「本当……?」


瀬名さんの意見により、十冊程の本を抱えている長内さんの頬が染まる。


「借りるのもタダで、入るのもタダ、新宿でこんなにもお金が取られない場所も珍しいかもね」


「そのような場所は、今まで公園にしか無いと思っていました」


「逆に我々のいる歌舞伎町が、金を使わないと楽しめないような場所ばかりであるからな」


「折角だから、あたいもちーちーと同じくらい本を借りてくのぜ!」


「ありがとう……でもその前に、図書カードを作らないと……」


「あっ、そうなのぜな……もしかして作るお金だけはかかるとかなのぜ?」


「作るのも無料よ……」


「良かったのぜ〜」


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「楽しかったのぜーっ!!」


それから長内さんと瀬名さんが、借りた本をそれぞれの家へと置いてきた後……


夕方……俺達は靖国通りのゼストにて、少し早い晩飯を食していた。


「瀬名さん、どの場所でも本当に楽しそうでした」


「実際ひとみ、何でも出来そうだしね」


「私達も勧めて良かったという物だ」


「ひとみちゃん……運動する方が好きだと思ってたから……本を読むのも楽しんでくれるのは、意外だった……」


「皆が紹介してくれた趣味が、たまたまあたいに合ってただけなのぜよ〜」


また自身の頭を撫でながらえへへと笑い、恥ずかしげな素振りを見せる瀬名さん。


「でもどれも楽しかったから、どれから始めればいいのか迷うのぜな〜」


「完璧に真似をする必要は無いと思います」


「そうそう、参考程度にってやつ、カラオケなんか毎日行ったらとんでもないお金かかるから」


「それはバッティングセンターも同じだ……ならばこの中では、千夜の図書館で読書が一番良いかもしれないな」


「何だか、照れるわ……」


「……それはそうと、仁藤の趣味はまだ聞いていなかったな」


「えっ……」


その唐突な真緒さんの質問により……俺達の中で一瞬だけ静寂が訪れる。


そして瀬名さんは何かを思い出したようなはっとした顔をした後、俺の事を心配そうに見つめていた……。


「……仁藤くんは、趣味が無いんじゃなかったっけ」


「えっ」


「そうなのか?」


「うん……あれから何か変わった?」


「いえ……特には何も」


そう言えば俺に趣味が無い事を知っていたのは、瀬名さんだけでは無く飯田さんもそうであった。


かつて黒百合にて飯田さんのマネージャーを務めていた事、仕事終わりに二人きりで新宿中央公園を訪れた際に、俺は飯田さんにその事を話していたのだ。


「……なので俺だけ、瀬名さんに何も趣味を紹介する事が出来なくてすみません」


「あっ、謝らなくていいのぜ〜」


「別に趣味が無いのは、悪い事では無いと思うわ……」


「逆に今日の仁藤くんも、ひとみと同じされる側で着いてきてたって事ね」


「……では行きたい場所だとどうなのだ」


「えっ?」


「お前自身が千夜に言っていたでは無いか、自分の行きたい場所に行けば良いと」


「趣味関係なく、仁藤の行きたい場所に行けば良いだろう」


「俺の……行きたい場所……」


誰かへの意見は、本当は自分の為になる事でもあったというのはよくある事だ。


瀬名さんの表情が一変、俺の事を期待しているわくわくとした眼差しでこちらを見つめている。


皆で行けばどこに行っても楽しい……その台詞は、今は言うべきでは無いだろう。


「では……」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


午後十七時過ぎ……新宿中央公園。


夏とは違い、徐々に日が短くなっている現在……太陽が遠くに見えるビル群に沈み始めても尚、広場ではまだ様々なスポーツを楽しんでいる人々がいた。


「どこに行くの……仁藤くん……」


「我々もあそこの者達のように、サッカーでもするのか?」


「嫌よ私は、今日運動出来るような格好じゃないし」


「バトミントンでも楽しそうなのぜ!」


その者達を眺めている瀬名さん達を付き添わせ、俺は敷地内を歩き続ける。


「……実は、もう既に始まっています」


「えっ、そうなのぜ?」


「俺の趣味というか……俺は歩く事が好きです」


「ふむ、ウォーキングという奴だな」


「随分とシンプルなものがきたわね」


「はい……なので仕事からの帰り道とか、普段は通った事の無い道から帰ったりするのも好きです」


「でも仁藤くん……ここには皆でよく来ているわ……」


「今回はもうそういう道を探す時間が無いので……仕方無くこの場所で妥協をしています」


「悪かったわねぇ、私達の方で時間を使いすぎちゃって」


「いえ、そういうつもりでは……」


何気なく俺がこれまでに楽しいと思った中で選んだ、散歩という行為……


よくよく考えてみれば、平日に体力をフル消費をしているであろう瀬名さんに、休日にまでジワジワと体力が削れていく散歩を紹介していいのだろうか。


「どうでしょうか瀬名さん、今まで皆さんがご紹介してきた中では、一番地味な物になってしまうのですが……」


「地味なんかじゃないのぜ! あたいも知らない場所でのお散歩は好きなのぜ!」


そう言うと瀬名さんは先頭にいた俺を通り越し、るんるんと腕と足を大きく降ってご機嫌そうに歩き始めた。


「あらいいじゃない、好きな人同士、今度の日曜日に二人で何処かお出かけしてくれば?」


「えっ、二人きりでなのぜ?」


「だってなるべく汗はかきたくないもの」


「私も……元々体力無いし、歩くのも遅いから……二人に迷惑がかかってしまうわ……」


「では私も二人に合わせるとしよう。 来週は私達は私達で集まるだろうし、お前達のウォーキングが終わり次第、時間があったら私達と合流すればいいさ」


「分かったのぜ〜、じゃあ来週はやまちゃんとデートなのぜな!」


「は、はい……」


俺の好みは瀬名さんには的中したが……残りの三人には合わなかったという訳か。


そうして来週の日曜日は、真緒さん達三人は別の場所で過ごす事になり、俺と瀬名さんの二人だけで東京の何処かを探訪しようという事になった。


そして瀬名さんの口から放たれたデートという言葉……しかし特に深い意味は無く、瀬名さんの場合はどのような関係でも二人きりで出かける意味をさしているような気がした。


「それで? 来週は何処に行くのだ?」


「遠くに行き過ぎて、迷子とかになるんじゃないわよ〜」


「気をつけて……」


「まだ直ぐには決められませんよ……瀬名さんは、何処か行きたい場所とかありますか?」


「うーん……来週までに決めればいいのぜ?」


「勿論です。ごゆっくりお考えになってください」

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