帰宅 ③
クロの問いかけに、それを聞きたくて私の事を真っ直ぐに見ていたのかと思わずくすりと笑ってしまう。
やっぱりクロは全然、噂されているような『魔王』の側近なんかじゃない。そんなにひどい人でもなく、人に対して何か悪いことを起こそうとしている人なんかでは決してない。
私が笑ったことが気に障ったのか、クロは変な顔をする。
「なんだよ」
「クロは、やっぱり噂されているような人ではないだろうって思ったのよ」
私がそう言えば、クロは益々変な顔をする。
クロは綺麗な顔をしているから変な顔をしていても様になっている。
「何で私がクロに聞かないかって。私は人が聞かれたくないって思っていることを聞こうとは思わないの。私だって聞かれたくないことが沢山あるもの。
人にされたらいやなことを人にしようとは思えないのよ。だから私は貴方が『魔王』の側近って言われていても何か聞こうとは思わないわ」
私は聞かれたくないことを人から聞かれるのは嫌だと思う。
人にされて嫌なことを人にしようとも思えない。だから私はクロに聞こうなんて思わない。
それにクロにはきっと何か大変な出来事が起こって傷つき、生きる気力さえもなくしているように見える。そんな年下の男の子の傷口を広げるような真似を敢えてするなんてことは私には出来ない。
「俺が『魔王』の側近と呼ばれていることを知っていても聞かないっていうのは、普通じゃないぞ……。そもそも俺を家に置くのも……」
「あら、普通じゃなくても結構なのよ。私は私がやりたいようにしているだけだもの」
そもそも『救国の乙女』になるだろうと預言された日から、私はとっくに普通の村娘として生きるはずだった日々を失っているのだ。
『救国の乙女』になるだろうと預言され、そのくせ『救国の乙女』にはなれず、こんな場所に一人捨て置かれている存在なんて私ぐらいではないだろうか?
そんな私にもちろん、普通の感覚なんてあるわけがない。
王都にたまに顔を出した時も、馴染みの商人に変わっているなどと言われたこともあるし、私はかわっているのだろう。
「クロ、私は貴方が聞かれたくないことを聞こうとは思わないわ。クロがどうして『魔王』の側近と呼ばれているか、気にならないわけではないけれど――、それでも貴方が話したくないと思うのならば私は聞かないわ。
もし、クロが私に話してもいいと思った時にだけ、私にその話を教えてね」
「……ああ」
クロはやっぱりまだまだ私にクロの過去を話していいなどとは思っていないのだろう。
まだ出会って間もないし、それも当然なのだ。だから私はゆっくりクロが落ち着いた生活が出来るように、クロが話したらいいと思えるように待とう。
クロがこうして自分から私に質問をしてくるのも一つの進歩だもの。良い傾向だと思って、もっとクロが心穏やかに暮らせるように私は行動をしよう。
「ねぇ、クロ。聞きたいことは他にもある? 私が話せることなら何でも答えるわよ?」
「………あのポーションは」
「ポーションのこと? 何か聞きたいの?」
そういえば、王都に商品を卸すようの商品を容器に詰めている時、クロは何か聞こうとしていたっけ。
もしかしたらそのことを聞こうとしてくれているのだろうかと、期待してしまう。
「……優秀な流れの錬金術師が作っていたと聞いていた。何処に住んでいるかもわからない錬金術師が、使いをやって売りに来るのだと」
「クロは私のポーションを使ったことがあるの?」
「……ああ。世話になった。これはジャンナが全て作っていたのか」
「そうよ。生活費のたしにね」
クロは想像していた通り、私の作ったポーションを使ったことがあったらしい。
私のポーションがクロの助けになれたというなら良かったと思った。私の言葉にクロは何とも言えない顔をする。どうしたのだろうか。
「あれだけのものが作れれば、どうにでも出来る」
「そうね。でも私は此処での暮らしでいいのよ」
「……そうか」
クロはまだ何か聞きたそうな顔をしていたけれど、それ以上何か問いかけることはなかった。
「ねぇ、クロ、私は今から部屋で本を読もうと思うの。クロも何か読む?」
「……いや、いい」
「そう。なら、自由にしていていいからね。何かやりたいことがあったら私に言って、この家は色んな事が出来る設備が揃っているから」
『救国の乙女』と呼ばれ、色々な挑戦をさせてもらっていたから、本当にこの家には沢山の設備が揃っているのだ。
クロの趣味がどんなことなのか、クロがどういうことに楽しさを見出すのか。そのことも私はまだまだ知らないけれど、クロがやりたいと言ってくれたのならばすぐに提供できるだけの場所はある。
私は部屋へと戻ると同時に、クロも客室へと戻っていった。
このままクロはぼーっと過ごすのだろうか? 何もやることがないという穏やかな日々を過ごしていけば、そのうち何かをしたいときっと思うだろう。
クロが何かを自分からやりたい、とそう言ってくれたらいいなと私は思うのだった。
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