戸惑う青年 ⑤

 クロが眠りやすいように、音魔法を家全体に流すことにした。

 とはいってもずっと私が音を鳴らし続けるわけにもいかない、というわけでずっと奥にしまい込みっぱなしにしていたオルゴールを取り出した。






 水色の箱にいくつもの貝殻模様が刻まれ、白いワンピースをした乙女のイラストが中心部に描かれている。

 ――美しい乙女。特別な乙女。

 そう信じられている少女の絵。






 このオルゴール、もう取り出すことはないだろうと思っていたのだけどなぁ、と思いながらもオルゴールにかぶっていた埃を取り除く。

 このオルゴール、『救国の乙女』だとして王都に連れられてきたときに出来た婚約者がくれたものである。






 当時は私も夢見る少女で、自分が『救国の乙女』としてこの国のために力になるんだ。そして婚約者とずっと一緒にいて、幸せになるのだと夢見ていた。

 思えば婚約者との仲は悪かったわけではなかった。表面上は優しくしていて、実は内面では私を嫌っていたということがあったかもしれないが、少なくとも表面上はとても仲よくしていたと思う。

 ……私がちゃんと預言通りに『救国の乙女』になっていたのならば、そのまま結婚していたことだろう。今では考えられない未来だ。








 そのオルゴールを取り出して、クロのために音楽を鳴らす。

 心を落ち着かせる効果のある音魔法の込められたオルゴール。




 ……私は他に音魔法の込められた音を鳴らすものを持ち合わせていないのだ。








「……オルゴール?」

「ええ。気持ちを落ち着かせるオルゴールなの。私はこのオルゴールの音が好きで、よくかけているのよ」






 本当はずっとしまいっぱなしにしていたオルゴールだけど、クロのためにかけるなんて言ったらクロは遠慮しそうだったからそんな風に言った。

 この優しい音色を聞いて、クロが穏やかな気持ちになれたらいいとそんな風に思ってならない。








「良い音だな」

「でしょう? ふふ、クロが気に入ってくれて嬉しいわ」








 もしかしたら『魔王』の側近と言われて大変な目に遭ってきて、音楽をゆっくり聞く暇もなかったのかもしれない。

 私がハーブで音魔法を行使した時はクロは眠っていたし。








 音楽を聞いて少しだけ心穏やかになったのか、クロの表情が柔らかい。

 それだけで私は何だか心から嬉しくなった。








 オルゴールの音を流しながら、クロに待っていてもらう。








 私はその間に先ほどとってきた猪の魔物で料理を作ることにした。








 魔法を使って下処理をしていく。魔法や魔法具がなければもっと時間がかかる工程だけど、幸いにも私は魔法が使えるし、便利な魔法具があるからあまり時間をかけずに終わることが出来る。








 下処理を終えたら、お肉を細かく切って、別皿に分けておく。その間に庭から収穫した野菜を準備して切っていく。

 鍋を用意して、まずは猪の肉から炒める。






 生のままだとお腹を壊してしまうから、ちゃんと火を通しておかないと。

 ただ魔力量が多くてこの世界でも英雄と呼ばれるような強靭な肉体を持っている人たちは、毒とかお腹を壊すようなものとかを食べても平気だって聞くけどね……。私はそのあたりも普通だから、体壊しちゃうよね。本当に『救国の乙女』なんて言われる要素が皆無なんだよなぁと改めて思う。

 それを考えるとクロってすごく強いだろうし、ちょっとぐらいそういうの食べても平気なのかもしれない。






 お肉をきちんと焼いた後は、野菜類も炒めて、水を加えて味をつけるために調味料類を色々と入れる。完全に目分量だ。

 何度か作っているから、私にとって一番美味しいと思っている量を入れている。






 人によって好みも違うからクロが気に入ってくれるかは分からないけどね!

 でもとりあえず美味しいもの食べて笑顔になってくれたらいいなと思っている。








 そして出来上がったのは、猪の魔物の肉を使った鍋だ。

 私はとても美味しくて気に入っている。香りもとても良い。食欲をそそるような香りなので、クロもきっとお腹をすかせていることだろう。においがかげる位置にいるしね。










 パンと鍋を机の上に移動させ、クロと一緒に食事を取る。








「クロ、どう? 美味しいでしょ?」

「ああ」






 クロがちゃんと返事をして、美味しいと言ってくれた。




 それだけで心が温かい気持ちになるなんて私は単純なのかもしれない。けど、オルゴールの音色を聞いて、美味しいご飯を食べてクロが少しでも心穏やかになってくれることが嬉しかった。








「どうやって狩ったんだ?」

「罠をしかけていたのよ。この森の中でお肉を取るためにも私は罠を使った方が楽なの」

「そうか」






 クロが何かを聞いてくれるのも嬉しかった。少しだけほっとしてくれたのだろうか。私に質問を聞くだけの余裕が出来たのなら、それだけでよかったと思う。






 すぐには無理かもしれないけれど、このまま少しずつクロの事をほっとさせられたらいいなとそればかりを感じていた。

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