第67話 決意

「私たちって、厳重に警戒されているわね」


「仕方がないよ。また魔王軍が狙ってくるかもしれないのだから」




 翌日、俺たちはいつもどおり錬金工房で作業をおこなっていた。

 俺は命を狙われたのだが、『ブラックイーグル公爵、低レベル攻略法』のおかげで大した負傷をしていない。

 何度も負傷しては傷薬で治療していたビックスとシリルも一緒に作業しているので、俺が休むわけにいかないのだ。

 俺がブラックイーグル公爵に狙われたということは、今のホルト王国軍を含むマカー大陸派遣軍の戦略が間違っていない証拠となった。

 しかも今回、俺の暗殺未遂によって魔王軍は先駆けであるブラックイーグル公爵を失った。

 戦力の立て直しはさらに遅れ、こちらは戦力を増強する時間的余裕ができた。

 彼らに生産した錬金物を補給するのが重要となり、こうしてみんなで錬金を頑張っているわけだ。


「アーノルド君、そういえば義妹さんが来るって聞いたわよ」


「ええ。今回の事件で父が心配しまして、ちょうどセーラもこの錬金工房を見たかったそうで」


 所用で王城に来ていた父からは、三日後だと聞いている。

 とはいえ、特になにかしなければいけないわけではない。

 セーラがこの錬金工房を見学し、俺が元気なのを確認するだけであった。

 勿論俺は無事なのだが、今回の件では両親とセーラに心配をかけ過ぎた。

 俺の無事な顔を見せておいた方がいいわけだ。


「義妹さんかぁ」


「突然、そういうことになりまして……」


 俺はなぜかアンナさんに対し、答えを少し言い淀んでしまった。

 彼女のことだから、なにか情報を掴んでいたのでは?

 そういう風に思ったのだ。


「可愛いのかな?」


「はい」


 セーラはローザとはタイプが違うけど、将来美人になるのは確実であった。

 だからこそゲームの主人公なのだと考えるのは、俺がゲーム脳だからかもしれないけど。


「なるほど。ローザさんも気を付けないとね」


「そうね」


「あははっ……」


 アンナさん!

 裕子姉ちゃんを炊きつけるようなことを言うのはやめて!

 確かに俺はセーラが可愛いと思っているけど、それは客観的にそう思っているだけで、彼女と付き合いたいとか、結婚したいなんて微塵も思わない。

 だって彼女は、もしかしたら王子様と結ばれるかもしれない人だ。

 その恋路をたかが子爵公子程度が邪魔をしたら、ローザじゃなくて俺が破滅するかもしれない。

 マクミラン様は性格もイケメンな王子様だけど、女性が絡むとどうなるか……というのがこの世の常と言いうやつだ。

 俺は、セーラの優しい義兄ポジを貫く。

 万が一没落しても大丈夫なように準備はしているけど、没落しないに越したことはないからだ。


「それは三日後として、外出が困難になったのには困ったな」


「シリル君だったかな? それは仕方がないのだ。なにしろアーノルド君の錬金工房は、重要軍事拠点扱いなのだからね」


「あっ、あの……」


「デラージュ公爵様!」


 まさかのデラージュ公爵の登場に、俺もシリルたちも驚きを隠せないでいた。

 もっともシリルはデラージュ公爵の顔を知らないので、『なんか、もの凄く身分の高い人が来た!』くらいの感覚なのだろうけど。


「僕の錬金工房が、軍事重要拠点ですか?」


「少なくとも、魔王軍側はそう見ているな。だから二度も刺客が送られた」


「魔族側の勘違いだと思いますよ」


 確かに、俺の錬金工房はこの規模にしては錬金物の生産量はかなり高かった。

 だが他にもっと、生産量が高い錬金工房など世界中にいくらでもあるのだから。


「品質AとSの傷薬を八十パーセント以上の確率で生産できる錬金工房など、世界中でここだけだ。歴史ある高名な錬金工房が、苦心して平均Bの品質を保っているのが現状なのだから」


 俺が品質AとSの錬金物ばかり作れるのはシャドウクエストの知識のおかげだけど、平均Cくらいにしようと思って手を抜くと失敗してしまうので、全力で品質AとSの傷薬を量産し続けていた。

 シリルたちにしても、さほど苦労しなくても平均品質Bは出せるようになった。

 毎日賄の食事にステータス万能薬を混ぜるという方法で基礎ステータスを増やし、俺とシリルは『純化』が使えるので、純水タンクを設置して常に使えるようにした。

 他にも、作業場のレイアウトの改造、作業手順のマニュアル化など。

 できる限り工夫してみたら……この辺のことは俺は不得手なので、すべて裕子姉ちゃんの功績なのだけど……とにかく労働量の割には儲かるようになっていた。

 現代日本でいうと、『生産性の上昇』というやつか。

 ただ、とにかく錬金物の依頼が多くて、しかも二度の暗殺未遂事件以降、俺たちは王国軍の護衛下に入ってしまった。

 金は稼げるが、自由はなくなってしまったのだ。

 シリルたちも、今では俺の家で寝泊まりしているくらいなのだから。


「品質AとSの傷薬、クズ鉱石や石から作る『石材』、『レンガ』、『コンクリート』。魔王軍の四天王であるアンデッド公爵や暗黒魔導師は知恵が回る。それを供給するアーノルド君を危険視しても当然というわけだ」


 そうか。

 残った四天王は、どちらも策を弄したりするのが得意な参謀タイプだ。

 俺を暗殺するよう、プラチナナイトやブラックイーグル公爵を唆した可能性は否定できないか……。


「その二人が定期的に仕掛けてくる可能性が否定できず。つまり、魔王が倒れなければ僕たちへの警備はこのままということですか?」


「申し訳ないがそうなる」


 まさか、魔王軍のせいで外出すら儘ならないなんて。

 こんなことになるとは……俺の頭では想像できなくて当たり前か……。


「デラージュ公爵様にお聞きしたいのですが……」


「なにかな? アーノルド君」


「バルト王国のみならず、マカー大陸に派遣軍を送り出している世界中の国々の上層部の間で、どのくらいで魔王を倒せるのか、大まかな計画などはあるのでしょうか?」


 それがないと、俺たちはずっと警備され続けることになる。

 仕事が沢山でお金を稼げても、毎日息苦しい生活となるわけだ。


「お父様、私もですよね?」


「あの……私もですか?」


「当然だ。ローザも含め君たちは、もう魔王軍に顔と名前を覚えられていると、私も陛下も認識している。アーノルド君、ビックス君、リルル君、シリル君、アンナ君、エステル君。アーノルド君の錬金工房の重要メンバーである以上、全員が警備対象だと思ってくれ」


 裕子姉ちゃんとアンナさんの問いに対し、デラージュ公爵はそう言い切った。

 俺だけならともかく、ビックスたちやシリルたちまでもか……。

 俺一人ならまだ我慢できるのだが……。


「(これはなんとかしないと……やるしかないか?)デラージュ公爵様、一つ提案があります」


 俺はデラージュ公爵に対し、この状態を解決する唯一の方法を提案した。


「アーノルド君! 君がか? しかし、君は冒険者ではないし、戦闘に慣れているわけでもないぞ。魔王を倒すなど無理なのでは?」


「策はあります。自分なりに計算して、かなり勝算が高い方法です」


 こういう時は、自信満々に提案するのがいい。

 このまま錬金工房で警備されながら錬金に勤しむ生活もどうかと思うので、俺は行動の自由を得るべく覚悟を決めたのだ。


「しかし、今君を失うわけにはいかない」


「本当にそうでしょうか?」


 確かに俺は、AとS品質の傷薬を沢山作れる。

 だが所詮は、学生グループが経営する小規模な錬金工房でしかない。

 俺からの錬金物の供給があれば大分助かるのは事実のはずだが、ないと致命傷というわけではないはずだ。

 このまま何年、何十年と魔王軍と膠着状態が続くのであれば、ここは思いきって攻勢に出た方がいいはず。


「デラージュ公爵様、もしこのまま数十年。魔王軍との戦いが続くとします。ホルト王国は大丈夫ですか?」


「……実は厳しい。将来どの国も経済的に詰む可能性がある。陛下も、他の国の指導者たちも頭を抱えている」


 それはそうだ。

 魔王軍に半分以上の領地を占領されていて、多数の難民に、国家財政が破綻寸前であるバルト王国は当然として、かなりの規模の派遣軍をずっと送り出している他国も同じくらい辛い。

 多額の経費を出して遠征軍を出しているのに、なんの成果も得られず、犠牲者ばかり増えていくのだから。

 モンスターがドロップするアイテムと魔石はあるが、この程度では国家財政の危機に対し焼け石に水のはず。

 戦には金がかかる……裕子姉ちゃんから教わったのだけど。

 しかし、ここで見捨てるという選択肢も取れない。

 なぜなら、もしマカー大陸が魔王軍により失陥したら、次は我が身かもしれないからだ。

 もし自分の国がマカー大陸を見捨てたがために、魔王軍によりマカー大陸が失陥。

 次の標的が自分の国だった場合、誰も救援に来るわけがなく。

 まともな指導者なら、派遣軍の撤収など口が裂けても言えなかった。


「退くも地獄。残るも地獄。だからこそ、先日の大勝であそこまで大きく盛り上がったのだ」


 同時に俺の評価も爆上がりして、魔王軍に目をつけられる羽目になったけど。


「城塞都市を奪還し、ここで防戦態勢を取れるようにはなったが、魔王軍も戦力の回復期に入った。勇ましい侵攻論を口にする者たちが一定数存在するが、それをしたら魔王軍の二の舞であろう。無理はできない」


「となると、今の状態で膠着状態に陥るわけですね」


「そういうことになる」


「ならば、ここは先手を打ちましょう。今が大きなチャンスです」


 とにかく、今魔王討伐を行う利点をできるだけ多くデラージュ公爵にする。

 これも裕子姉ちゃんのアイデアだけど、デラージュ公爵は考え込むようになった。

 俺が魔王に挑むのだ。

 すぐに却下すれば済む話なのに、それをしないということは、少しずつ迷いが出てきた証拠であった。


「今が有利と言ったな、アーノルド君」


「はい。現在両者は、お互いに戦力の増強、立て直しに忙しい。だから、俺が少人数で動いても対応しにくいのです」


 片方が軍勢を動かせば、もう片方も軍勢を動かさなければならない。

 今はまだそんなことはしたくないはずなのだから。


「しかし、少数の精鋭を動かすはずだ。アーノルド君が敵地に孤立して討たれるのを座視できないな」


「少数なら対応できますよ。それは、プラチナナイト、ブラックイーグル公爵への対応を見てもあきらかです」


 これまでに出てきたモンスターたちだが、シャドウクエストで見たことがない奴は一体もなかった。

 強さも、倒し方も、ドロップアイテムもすべて同じで、俺がちゃんとしたパーティを組んでいれば、少数のモンスターたちに不覚を取る可能性はほどないはずだ。


「倒せるのか」


「当然、少数ながらちゃんとしたパーティを組みますよ」


 それは当然だ。

 シャドウクエストでも四人パーティを組んでいるのだから、一人で魔王に挑むわけがない。

 たまに一人縛りプレイをしている奴はいたし、できなくもないが、ここはゲームの世界に似ているだけで、本当のゲームというわけではない。

 勿論、勝率を上げるために準備は万端整えるつもりだ。


「なるほど……陛下に相談してみよう」


 デラージュ公爵は、俺の提案を陛下に取り計らってくれるそうだ。

 王城へと向かい、一時間ほどで戻ってきた。


「陛下より許可が出た。頼むぞ、アーノルド君」


「ありがとうございます。では、この工房は僕がいなくても動かさないといけませんね。みんなは留守番を……」


「私は、アーノルドについて行くわ」


「ローザ?」


「当然でしょう、お父様。私は、アーノルドの婚約者なのだから」


 裕子姉ちゃん、婚約者だから将来の夫の魔王退治について行くなんて、そんな人はいないと思うけどなぁ……。

 デラージュ公爵も、わけがわからないといった表情を浮かべているし。


「私もアーノルドのおかげで強くなったわ。だから、ブラックイーグル公爵の討伐にも参加した」


「それはそうだが……」


「未来の妻は、未来の夫の手助けをするものよ」


「……仕方がない。認めよう」


 デラージュ公爵が折れて、俺に同行することが認められた。

 ローザは三女だから……というのもあるのかな?

 それと、貴族は大物ほど綺麗事は言っていられない。

 もし俺がしくじってローザと共に死んでしまったら、ホッフェンハイム子爵家に一族から養子を送り込めるからマイナスではないと思っているはずだ。

 俺の他に兄弟はいないし、ローザの死の責任は俺にあると言い張ればいいのだから。

 大物貴族は養わなければいけない人が多いから大変だと思う。


「当然俺は行きますよ!」


「私も、アーノルド様付きのメイドですから」


 ビックスとリルルも、俺たちに同行することを宣言した。

 二人は、ホッフェンハイム子爵家の使用人だけど、俺付き扱いなので、ついて行かない選択肢はないというわけだ。


「俺も行くぞ!」


「私も!」


「私も行きます!」


「三人は駄目だよ」


 ビックスとリルルは一家でホッフェンハイム子爵家に仕えているから、俺について行かないという選択肢が取れないので仕方がない。

 もし彼らが死んでも、他の一族が取り立てられる。

 そういう立場だからこそ、主君と一緒に命をかけることもあるのだから。

 でもシリルたちは別だ。

 各々が優れた錬金術師でもあるので、俺の判断で命の危険に晒すわけにいかないのだから。


「すでに巻き込まれているし、こうなればもう一蓮托生だろう。魔王軍にアーノルドの仲間扱いされて外にも出られないんだ。なんとかするには魔王を倒すしかない。倒せれば、妹にお店を出させてあげられるからな」


「私もシリルと同意見ね。私もいつまでも閉じ込められるのは嫌だし、こうなったら魔王退治に協力して沢山褒美を貰うわ。目指せ! 卒業後の独立よ!」


「アーノルド君にお任せすれば、なんとかなりそうだものね。私も参加するよ」


「……わかりました」


 実はパーティメンバーなんだが、現時点で優れた評価を与えられている冒険者は除外するつもりだったので、錬金術師としての才能がある三人でもまったく問題なかった。

 むしろシャドウクエストの成長システム上、下手に育っていない方がよかったのだ。


 三人とも、本職は錬金術師なのでさほどレベルは高くない。

 俺付きの二人も、ビックスは剣術、リルルは意外にも格闘技の才能があるが、冒険者として高い評価を得られているわけではない。

 本業があるのでそこまでレベルが高いわけでもなく、やはり俺からすると都合はよかったのだ。


「デラージュ公爵様、もう一つお願いがあります」


「わかっている。アーノルド君たちは、ずっとここにいる。魔王軍側の動きが怪しく、優れた錬金術師であるアーノルド君を厳重に警備しなければならない、だろう?」


「はい、お願いします」


 魔王軍に通用するかどうかわからないが、一応アリバイ工作をお願いした。

 公式には、俺たちはこの家でずっと軟禁されたような状態というわけだ。

 俺たちは密かにホルト王国を出てマカー大陸へと渡り、魔王の首を狙う。


「その準備に一週間ほどかかると思います」


 マカー大陸に上陸する前に、みんなの基礎ステータスを強化する必要があった。

 例のステータスが上昇する魔法薬を大量に作らねばならず、さらにセーラも遊びに来る。


「その時は、普通の錬金をしているところを見せないと」


「家族にも秘密かね? アーノルド君」


「家族だからこそですよ。心配されてしまいますし」


 信じていないわけではないが、単純に秘密は知る人が少ないほど漏れにくい。

 ただそれだけだ。

 そしてなにより、その情報を知っているがために魔王軍に狙われないようにしたいというのもあった。


「君は若いのに冷静だな」


「子供らしくなくてすみません」


「いや、いいんだ。逆に大いに安心できた。君はちゃんと計算して魔王を倒せると踏んだ。それがわかったからね。では一週間後に」


「はい。一週間後です」


 一週間で、マカー大陸に渡る準備をしなければならない。

 その前に、セーラが遊びに来るからちゃんと出迎えなければ。

 彼女には、俺が真面目で優秀な錬金術師だとということを見せなければ。


「……セーラねえ……」


 その前にもう一つあった。

 裕子姉ちゃんとセーラが仲良くできるか。

 これも、この世界での将来の分岐点になるかもしれないんだよなぁ……。

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