第40話 還元発見の報酬

「ゴミから素材を還元しただと! 君は天才じゃな!」




 シルビア先生に連れられて校長室に行くと、彼女はレブラント校長に俺がやったことを報告した。

 それを聞いたレブラント校長は、俺の両手を握って絶賛している。


「ですが、大半はヒール草への還元です。ゴミの元の素材は関係ないようですね」


「それでも凄い! それに、二割は金属類に還元できた。運よくミスリルまで還元したというではないか。ゴミが素材に戻るのだから、失敗が日常の我らには福音となるのだぞ」


 錬金はとにかく失敗が多い。

 高価な素材がいとも簡単にゴミになるので、錬金の進歩には多額の金がかかった。

 苦労して入手したミスリルを高名な錬金術師が錬金しても成功率が半々だったりするので、錬金はとにかく金がかかるのだ。


 ゴミは地面に埋めるしかなく、それは例え大半がヒール草でも素材に戻れば利益率に大きな違いが出る。

 長い目で見れば、世紀の大発見なのだとレブラント校長は語った。


「それで……レシピなんじゃが……」


 錬金術師にとってオリジナルレシピは、命の次に大切なものだ。

 著作権の管理がいい加減な世界のため、レシピを秘匿する錬金術師は多い。


 だが、自分だけで秘匿すると実は利益などたかが知れている。

 魔力量の関係で一日に錬金できる回数に制限があり、当然失敗もあるわけだから、いくら錬金物を高く売っても限度があった。


 俺の場合、国内の有力者であるデラージュ公爵と関係が深いバレット商会がパテントを管理しているので上手く利ザヤを稼げていた。

 権利を守るため、明確な力が必要な世界なのだ。


 もっとも、せっかくレシピが公表されてるものでも、一般人に作れる物ではないので、錬金物の相場は高止まりしているのが現状であった。


「レシピですか? 公表しますよ」


「いいのかね?」


「ええ、僕は他の研究もしたいので、いつもこればかりしているわけにもいきませんし……」


 たまに出るレア素材目当てに運試しで行う。

 ソシャゲのガチャみたいなものだよな。

 俺も、これをメインにしようとは思っていなかった。

 運の基礎値がカンストしている俺でこの割合なので、普通の人はゴミを還元してもほぼヒール草なのだから。

 それでもやれば、利益率は全然違うだろうけど。


「錬金学校でレシピの管理を行う。アーノルド君には代価を支払う。そんなもの凄い金額は出せないが……それでいいかの?」


「はい」


 レブラント校長はそう言ったが、契約書をかわすと即金で一億シグを支払うと言ったのは凄かった。

 もう一つ、一枚の紙ももらっている。

 これは任命書であった。


「アーノルド君はまだ学生じゃが、もう卒業論文もなしで卒業できる状態じゃな。そこで、君を臨時の教授に命じておく。義務で行う仕事はない。死ぬまで給金を支給するので、これもゴミの還元レシピに対する代価じゃな」


 あとは、今の内にこの錬金学校で抱え込むためか。


「将来成人したら、講演や臨時講義くらいは頼むかもしれぬ」


「成人したらですよね?」


「そうじゃの。残念なことに、錬金術師を目指す者にはプライドが高い者が多くてな……」


 子供に教わるのが嫌な人は多いわけだ。

 プライドとは非常に厄介なものだが、理解はできる。


「四年間で、また君が新しいレシピを発見してくれることを期待しよう。ところで……」


「はい?」


「ゴミは学校の所有物なので、残念ながら金属類は学校の所有物となる決まりなのじゃ。さすがに無料では気が引けるので買い取るが、ちょっと相場よりも安いのは我慢してくれ」


「はい……」


 そういえば、そういうルールなのだった。

 ゴミは、俺が学校の購買から買い取った……元々価値などないので無料だったけど……ことになっているので錬金物を没収はされなかったが、せっかくのミスリルが惜しいと思ってしまう俺なのであった。





 ご機嫌な表情をしたレブラント校長に見送られ、俺はシルビア先生と教室に戻った。


「アーノルド、お前卒論なしで卒業できるじゃないか。羨ましいな」


「卒論なしでいいの?」


「アーノルド君は、在学中に新しい錬金レシピを開発したという条件に合致していますからね」


 シリルの代わりに、シルビア先生が教えてくれた。

 錬金学校を卒業するには、どちらかの条件を満たす必要がある。

 まずは、新しい錬金レシピを一つ発見する。

 これは、既存のレシピの改良でも構わないそうだ。


 ところが、そう簡単に新しいレシピが発見されるはずもなく、というか卒業した錬金術師でも滅多に発見できないのだ。

 この条件で卒業するのは、数十年に一人であった。


 もう一つは、卒論を提出すること。

 これは最低でも、ページにして四百ページ以上。

 入学前の面接後に行った図書館に置かれていたものだ。

 レブラント校長の卒論が、特技の書に変化していたのは驚きであったが。


 それにしても、あのミスリルは惜しかった。

 この世界がゲームの設定に準じているとすれば、序盤でミスリルが手に入る機会などそうはないのだから。


「ミスリルぅーーー!」


「五千万シグで売れたんだからいいじゃないの」


 裕子姉ちゃんはそう言って俺を慰めるが、ミスリルには相場があっても、すぐにお店で購入できる代物ではない。

 極端に在庫が少なく、店で売っているかは完全に運次第であった。

 そのため、ゲームだと頻繁にお店に出入りして在庫があるか確認するのが、シャドウクエストのお約束でもあったのだ。


「五千万シグって……とんでもない大金だな……」


 シリルは、ミスリルの売却代金の凄さに驚きを隠せなかったようだ。

 学校価格で、これでも相場より大分安いのだが。


「シリル君、錬金素材ではミスリルよりももっと高額の素材がいくつもありますからね。あくまでもミスリルは、金属の中で最高峰の価格というわけです。これら高額の素材を使用した錬金物など、中には天井知らずのものもありますからね」


 シルビア先生の言うとおりで、シャドウクエストには多数の錬金物が登場し、中でも換金アイテムの中には売価が数億シグなんて代物も多数あったからだ。

 それら換金用の錬金物が、ゲームクリアに直接役に立たないところが、シャドウクエストの変な部分であったが。


「私なんて、アーノルドから貰ったヒール草で作った傷薬(小)を全部没収よ」


「それは、小娘がこの学校のルールを完全に理解していなかったから悪い」


「ううっ……言い返せないわね」


 裕子姉ちゃんは、俺から貰ったヒール草で作った傷薬(小)をすべて没収されてしまった。

 俺がゴミから作り出したヒール草を買い取る権利は学校側にあったので、それを無断で俺から貰って傷薬(小)を作ったのが問題視されたわけだ。


 裕子姉ちゃんは完全な無料奉仕となり、学校が買い取った傷薬(小)の代金は俺のものということになった。

 それでも、傷薬(小)の買い取り代金分プラスの評価はもらえたので、裕子姉ちゃんも完全に損をしたわけじゃないんだけど。


 でも、あとでお菓子とか買って機嫌を直してもらおうかな。


「今日の講義はもう終わりです。アーノルド君にはこれを」


 レブラント校長に続き、シルビア先生も俺に一枚の紙を渡した。


「振り込み証明書ですか」


「ゴミ再生のレシピ代金に、ミスリルの売却代金もあります。大金ですし、給金などもそうですが、この学校の支払いは銀行振り込みなのです。アーノルド君は、王国銀行の口座をお持ちですか?」


「はい」


 この世界には銀行が存在する。

 恋愛シミュレーションの方はわからないが、シャドウクエストには存在するのだ。

 王都に本店が、一定以上の大きさの町に支店が存在し、経営は国が行っている。

 利息はないが、大金を家に置くのは危険なので人気があった。


 国は、客からの預金を利用して貸しつけや新規事業を行い、銀行にかかる経費を賄っている。

 銀行の経営陣は貴族であり、赤字になると責任が発生する。

 経理を誤魔化したりすると最悪死刑だし、金を借りて返せなくなった人を極限まで追い詰めるわけにはいかず、その経営は意外と堅実であった。


 勿論、商人やアウトローな方々が経営するサラ金のような商売もあり、こちらで返済に滞ると、男は鉱山送り、女は花街に転落というパターンである。


 銀行の口座は、一定の収入か地位がないと作れない。

 俺は貴族家の跡取りで、錬金で稼いでいるので作ってもらえたというわけだ。


「カードも持っていますよ」


「ゴールドカード……さすがですね……私はお情けでシルバーですから」


 銀行に口座を持つとカードが渡され、それを持っていけばどの支店でも預金額の照会が可能である。

 錬金術と魔法を利用した技術で、カードを発行するのもコストがかかる。

 カードを渡しても利益になる人でないと、銀行に口座が持てないというわけだ。

 なお、カードの盗難と、持ち主になりすまして預金を下ろそうとする行為はお勧めできない。

 カードの位置は銀行側が容易に探知できるし、カードの不正利用は終身強制労働か死刑だからだ。


「収入で考えるとブロンズですが、錬金術師は社会的な地位が高いですからね」


 カードにはランクがある。

 ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナがあり、大半の人はブロンズだ。

 シルビア先生は錬金術師で、しかも錬金学校の講師までしている。

 社会的な地位が高いので、シルバーというわけだ。

 ゴールドはよほどの金持ちしか認められず、俺は錬金物のパテントで稼いでいるから認められたのであろう。

 預金を使う機会がなく貯まる一方なので、預金額がゴールドの基準に達したわけだ。

 プラチナは、王族とか、極一部の大貴族とか、商売で大成功した人物とか。

 まあ、例外ってことだ。


 ただ、カードの色が違うからといって、そうサービスに差はないんだよな。

 持ち主のステータスを、世間に教えるために存在しているという説が根強かった。


「俺なんて、卒業してようやくブロンズだろうな。まあ、卒業できたらだけど」


「シリル君が落ちこぼれる心配はないと思いますよ」


 最初の課題を、俺たちと同じく一日でクリアーしている。

 彼も、入学生の中ではトップエリートなのだ。


「じゃあ、これを銀行に持っていけばいいのですね?」


「はい。手間を取らせて申し訳ないのですが、本人でないと銀行が受け取らないのです」


 成りすましによる犯罪を防ぐためであろう。

 面倒だが、仕方がない。


「あっ、私もつき合う」


「ローザも口座を持っているんだろう?」


「私は公爵家の人間でも三女だから、シルバーしか持っていないわよ」


「ゴールドだと思ってた」


「ゴールドなんて、よほど預金額があるか、貴族家の当主くらいしか認められないないわよ」


「そうなんだ」


 じゃあ、父上はゴールドなのかな?

 ローザの父親であるデラージュ公爵は、王族でもあるからプラチナだろうな。


「この国で銀行の口座が持てるのは十人に一人。その中でも、ゴールドは1パーセントくらいね。銀行が閉まらないうちに早く行きましょう」


「俺も見学に行っていいか?」


「いいんじゃないの」


 裕子姉ちゃんは、意外にもシリルの同行を許可した。

 どうせ卒業後には銀行口座を持てるから、連れて行っても問題ないと思っているのであろう。


「シリルは途中で落ちこぼれなければ、卒業後に口座を持てるんだから、別について来ても問題ないわよ」


「どこか引っかかる言い方だな」


「いやね。そういう穿った考えだと、女性にモテないわよ」


「(シリルは普通にモテるけどなぁ……デボラさんも狙ってたし)」


 こうして初日の授業が終わり、俺たちは銀行へと向かうのであった。

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