第30話 狼ゾンビ男爵(前半)
「あっ! レイスじゃないぞ!」
「はっはっはっ! この狼ゾンビ男爵様が、お前ら全員の首を食い千切ってやるぜ!」
「油断したわね? アーノルド」
「それは否定しないけど、ローザは予想外のことは起るものってよく言ってたじゃん」
「こんな腐った臭いがプーンと漂う、狼男に襲われるなんて嫌よ。それにしても臭いわね。リルル、脱臭剤はないの?」
「アーノルド様が錬金したものならあります」
「急いで撒いてよ。本当に臭いわね」
「ローザ様、大半のアンデッドはそうだと聞きます。レイスは肉体がないので臭わないのです」
「ビックスも、リルルが脱臭剤を撒くのを手伝いなさい」
「わかりました」
「でも、結局臭いの元を絶たないと駄目なのよね。アーノルド、対策はあるのかしら? ああ、臭い」
「お前ら……言いたい放題だな……」
「僕はなにも言っていないけど……」
狼男に言いたい放題なのは裕子姉ちゃんだ。
俺じゃない!
「言っていなくても、アーノルドと私は一心同体なのよ!」
「ローザ、僕まで狼男ゾンビの敵意の対象に巻き込まないでほしいな」
「どうせそいつは皆殺しにするって言っているんだから、そんなのどっちでもいいじゃない。ねえ、狼男ゾンビ?」
「俺は、狼ゾンビ男爵だ!」
「爵位低っ!」
「この女、マジで殺す!」
今夜もレイス討伐のために墓地に向かうと、どうも昨日とは様子が違う。
結界から出ようとするレイスたちが一体も存在せず、不思議に思って墓地の入り口まで移動した瞬間、俺たちの足がまるで地面に縫い付けられたように動けなくなってしまったのだ。
この技は確か、一部のモンスターが使用する『影縛り』という魔法であった。
これで標的を動けなくし、一気に攻撃して倒すわけだ。
ゲームだと、逃走が不可能になるんだよなぁ……。
「とはいえ……これがあれば大丈夫」
今日はもうレイス退治はできそうにないので、俺はビックスに対し樽の聖水を全部ばら撒けと命じた。
足は影縛りのせいで動かないが、手は動くので実行可能なはずだ。
「了解です! アーノルド様!」
ビックスが樽に入った聖水を派手に撒くと、すぐに足が動くようになった。
これで逃げることもできるはず……と思ったら、腐った狼男が俺たちに攻撃を仕掛けてきた。
狼男の両腕には鋭い爪があり、それを振りかざし、襲いかかってきたのだ。
「なにっ!」
「間に合ったな」
狼男の最初の標的はリルルだったので、俺は強引に二人の間に割って入り、狼男の爪をチタンの剣で防いだ。
時間をかけて、基礎ステータスをカンストさせておいてよかった。
「しかし! 防ぐだけだは勝てぬぞ!」
狼男は俺に向かって両腕の爪を交互に振り下ろしてくる。
これも剣で防いでいくが、確かにこのままだと攻撃に転ずるのは難しいな。
「アーノルド様!」
とそこに、ビックスもチタンの剣を構えながら参戦してきた。
狼男は一旦標的を俺からビックスに切り替え、こちらの数を減らす戦法に出たようだ。
父親であるイートマンよりも剣の腕に優れていると聞くビックスであったが、なんとか狼男からの攻撃を防げているものの、俺よりも余裕がないように見える。
基礎値をカンストさせた俺と違って、ステータス値が低いからであろう。
そういえば、俺はビックスのレベルを知らないんだよなぁ……。
他人に教えないのが常識なので、別におかしなことではないのだけど。
「アーノルド、どうするの? 対策はあるの?」
「対策はある」
実は、この狼男のアンデッド。
俺には見覚えがあるのだ。
シャドウクエストにおいて序盤の半ばくらいで戦うボスで、確か名前は『狼ゾンビ男爵』……さっきの自己紹介と同じ名だな。
つまりこいつは、シャドウクエストのボスキャラというわけか。
「私たちのレベルでも大丈夫なのかしら?」
「大丈夫」
今の俺はレベルが30を超えているので……普通にプレイしていたら討伐推奨レベルに届かないけど、俺は基礎ステータスをカンストさせているので、狼男のアンデッドを余裕で倒せることになっていた。
ただ、ローザは基礎値の中の運がカントスしていないという理由でレベル上げをしておらず、いまだレベルは1。
リルルはレミーから護身術を習っていたが、そのレベルも実力も不明である。
ビックスも狼男の攻撃をなんとか防げるだけの実力はあるようだが、やはりレベルがわからない。
スタータスの数値やレベルは、そう簡単に他人に教えるものではないので仕方がないか。
シャドウクエストは基本的に四人パーティなので、ボス討伐推奨平均レベルから考えるとかなり足りないが、やれないことはないはずだ。
「全員が俺と同じくらいのレベルなら、余裕で勝てたんだけどなぁ。今の状態でもなんとかイケるか」
リルルと裕子姉ちゃんを守りつつ……どうせ女性二人は前衛には出せないか。
「ローザ、リルル」
「はい、なんでしょうか?」
「なに?」
「作戦を伝える」
このままだと、一人で狼男の攻撃を防ぎ続けるビックスが危ないので、俺はリルルと裕子姉ちゃんに俺が考えた作戦を小声で伝えた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫」
この狼男がシャドウクエストに出てきたボスなら、実は全員がレベル1でも倒せます。
なんて裏技もあったので、上手く弱点を突けば勝てるはずだ。
「これを」
俺は、腰に下げた布のバッグから、いくつもの小瓶を取り出して二人に渡した。
「二人は後衛で、俺の指示でその瓶の中身を使ってくれ」
「傷薬と……これは『火炎瓶』でしょうか?」
「リルルはよく知っているな」
火炎瓶は、錬金で作れる武器の一種である。
アンデッドは、聖と火に弱い。
ただ、聖は神官にしか使えない属性なので、ここは炎でアンデッドを焼くに限るというわけだ。
俺たちの中に『火魔法』が使える者はいないが、その代わりを務めるのが火炎瓶といわけだ。
念のため、作っておいてよかった。
「傷薬も?」
「これもアンデッドに効果があるんだよ」
アンデッドに、『治癒魔法』と傷薬をかけるとダメージが与えられる。
パーティの中で俺以外に『治癒魔法』を使えるメンバーはまだいないので、俺の治癒魔法が間に合わない時、仲間の傷の回復にも使えるというわけだ。
「そのバッグ、今夜からいきなり下げてきたけど、随分と物が入るのね」
「『収納カバン』は、錬金術師の必須アイテムだもの」
錬金術師といえば、錬金器具や大量の素材、完成した錬金物に、材料の採取であちこち出かけるので、野営に必要なものなどを収納するバッグを持つ者が大半であった。
というか、これを作れないと錬金学校を卒業できないのだ。
このバッグには倉庫一棟分ほどの品が入り、バッグの中に入れた品は自由に取り出せる。
食料なども経年劣化しないので、これと同じ仕組みの『道具袋』などが冒険者にも愛用されていた。
とても高価だがあると便利なので、錬金術師に制作依頼が出されることが多いアイテムであった。
「もう収納カバンを完成させるなんて、さすがはアーノルド様」
リルルは、俺がもう収納カバンの製造に成功したことを褒めてくれた。
美少女に賞賛されると気分がいいものだ。
「ねえ、ビックスが苦戦しているわよ」
「おっと忘れていた。まずは、合図したら火炎瓶からだ」
俺は改めてチタンの剣を構えると、ビックスの加勢に入った。
「ふんっ! 二対一でも同じことだ」
「負け惜しみを!」
二対一になって余裕ができたビックスは、狼男の隙を突いて袈裟斬りを食らわせることに成功した。
「やったぜ!」
「ビックス、残念だが効果がないんだ」
「アンデッドに通常の武器は効果がない。そんなこともわからぬ未熟者め!」
狼男の体にできた傷はすぐに消えてしまい、狼男はアンデッドに通常の武器が通用しないことを忘れていたビックスを、小バカにしたような顔で見ていた。
「アーノルド様、どうしましょうか?」
「こうする。ビックス、下がれ!」
俺の合図で、二人は一斉に狼男から少し距離を置いた。
「いきます!」
「いくわよ!」
同時に、後方のリルルと裕子姉ちゃんが火炎瓶を投げつけ、狼男は自分の倍はあろうと思われる火柱に包まれてしまう。
「やったの?」
「まさか」
下級のゾンビならともかく、ノーダメージではないにしてもボスクラスのアンデッドが火炎瓶ごときで倒せるはずがない。
それでも確実にダメージは与えられるので、これを何度か繰り返す予定だ。
俺とビックスは、狼男の攻撃を受ける係となる。
残念ながら俺の剣技はイマイチで、ビックスによる攻撃も普通の剣なのでアンデッドには通じない。
二人で挑発と防御に徹し、狼男の興味が後衛の二人に向かないようにする。
シャドウクエストにおける、低レベルで中ボスアンデッド狼を撃破する方法の実践というわけだ。
「やってくれたなぁーーー!」
自分を包む火柱を払いのけた狼男は、俺たちに対し憎悪の視線を向けた。
容易に殺せると思っていた俺たちから予想外の反撃を食らい、プライドを傷つけられて頭にきたのであろう。
「ビックス!」
「はいっ! アーノルド様!」
再び、俺とビックスは剣を構えて狼男に接近した。
一見攻撃するように見せているが、どうせアンデッドに普通の剣で攻撃してもダメージを与えられないので、狼男を挑発しているだけだ。
「二人してちょこまかと!」
激高した狼男は、俺に噛みつこうとした。
シャドウクエストでも、アンデッドの狼男は爪と牙による攻撃をランダムに繰り返す。
やはりこいつは、ゲームの中ボス狼ゾンビ男爵で間違いないようだ。
狼男に噛まれて牙がその身に突き刺されば大ダメージを受けるうえ、五十パーセントの確率で毒を受けてしまう。
腐った体なので、なにか生物にはよくない雑菌とか、病原菌の巣なのであろう。
毒を受けるのは嫌なので、チタンの剣を横に構えてわざと狼男に噛ませて防御した。
実は、アンデッド狼男の牙攻撃は、予め予想して防護しておけば防げてしまう。
防御が成功すると、ゲーム上のナレーションでは『剣を横に構えて噛ませた』と表示されるので、そのままそれを実行したのだ。
「うぐぐっ!」
狼男は噛みついた剣を噛み砕こうとするが、チタンの剣は折れなかった。
木剣や青銅製の剣だとランダムで折れるのだが、事前に剣をチタン製に『置換』しておいてよかったな。
「ビックス、わかったな?」
「はい」
俺を噛むことを諦めた狼男は今度はビックスを標的にするが、彼はすぐに俺の真似をして狼男の噛みつき攻撃を防いでしまった。
ステータスは俺の方が上なのだが、戦闘センスに関してはビックスの方が完全に上だな。
多分、剣技と格闘技のスキル持ちなのだと思う。
それも中級以上のはずだ。
「リルル!」
「はいっ!」
そして、俺たちが狼男と距離を置くと、またも後方から火炎瓶が飛んできて、狼男を火柱に包んだ。
「またかぁーーー!」
俺たちが狼男を挑発し、狼男は俺たちに攻撃を仕掛けるが、防御されてしまう。
そのあと俺たちが狼男と距離を置くと、後方からリルルと裕子姉ちゃんが火炎瓶を投げ、狼男は火柱に包まれる。
狼男は火柱を振り払うが、次第にダメージが蓄積されていく。
「クソッ!」
ヤケクソになったのか、狼男が全速力で突進してきた。
またも剣で防ぐが、そのまま背が低い俺を力で地面に押し倒そうとしたので、咄嗟に『治癒魔法』を狼男にかけた。
すると、狼男の全身から白い煙が噴き出し、彼の体の表面を焼いていく。
『治癒魔法』も、アンデッドからすれば火魔法のようなものなのだ。
「ガキがぁーーー!」
狼男は俺に激高しながらも、次の攻撃相手にビックスを選んだ。
彼も上手く剣で彼の攻撃を防ぐが、大ダメージと怒りで狼男の身体能力のリミッターが外れたのであろう。
ビックスは、狼男の爪で腕を負傷した。
「ビックス!」
「ありがとうございます、アーノルド様」
すぐに俺の『治癒魔法』で治したので問題はなかったが。
今のような攻撃パターンを何度か繰り返していくうちに、次第に狼男の体中が黒焦げになっていく。
蓄積されたダメージのせいで、狼男の外見はボロボロであった。
「やりましたね、アーノルド様」
「ビックス、まだ倒したわけではないんだ。油断するなよ」
とはいえ、このまま戦えばほぼ負けることはないはずだ。
あと一つだけ、これはすでにみんなに伝えてあるが、対策を怠れば負けるので注意しなければいけないことがあるのだが……。
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