第32話『学校のにおい・1』

滅鬼の刃 エッセーラノベ    


32『学校のにおい・1』   





 この暑いなか、武者は回転焼きを持ってやってきました。



「昔は、たこ焼きやってる店やったら回転焼きもやってたけどなあ、いまは回転焼きやってる店はめったにない。それが、M駅の近くで見つけてなあ、嬉しくなって買うてきた」


「このクソ暑いのに、元気なじじいだ」


「もう年やねんからさ、一期一会やろ。涼しくなってからなんて思てたら命がないかもしれへん」


「ハハ、まあいいさ、茶でも淹れよう」


「うんと熱いやつな(^▽^)/」


「はは、なんだか我慢会になりそうだ」


「そういやなんやなあ、夏場は冷やし飴とか冷やしコーヒーとかもやってたなあ」


「うんうん、でっかい氷をいくつも入れたとこに入ってて、柄杓ですくってコップに注いでくれるんだ」


「そうそう、二口目か三口目で、こめかみのあたりがキーーンと痛なってきよるんや」


「夏の風物詩だったなあ」


「冷房とかは無かったけど、昼過ぎになると、近所のおばちゃんらがホースで水撒いとったなあ」


「うんうん、小さな虹が立ったりして、水のニオイがしたっけなあ。水なのに、ちょっとかび臭くってさ。あれは一種の化学反応なのかなあ」


「あれは、飛び散った水滴が地面の砂やら埃を含んでて、それのニオイやて話やぞ」


「そうなのか?」


「ああ、せやから、アスファルトやコンクリートの道は匂えへん」


「なるほどなあ……そういや、昔の学校ってニオイがしたなあ……」


「ああ、そうやなあ……」




 回転焼きから、ジジイ二人の話は学校のニオイになってきました。




「昔の学校って床も廊下も板張りだったから油のにおいがしたなあ」


「うん、学期に一回ぐらい油引きしてたなあ、登校して油のにおいがすると、なんか新鮮な気持ちになった」


「あの油びきって、子どもがやってたっけ?」


「ああ、技能員室でバケツに入った油とモップをもらってさ、やってた」


「え、そうかぁ、それってワックスがけと勘違いしてないか?」


 わたしたちが現場の先生になったころは、どこの学校も教室は木のタイル張りで、これは油では無くてワックスでした。どちらもモップを使いますがにおいも見た目も全然違います。


「子供にやらせてたかなあ?」


「武者はやってないのか?」


「どうやったかなあ……生徒といっしょにやったことはあるけど、自分が子どもやったころはやってないかなぁ。先生らの仕事やったんやないのか?」


「低学年は先生がやってたけど、高学年は児童がやってたぞ」


「え、あ、そうかぁ……」


「おまえ、ずっとサボってたんじゃないのか?」


「あはは、よう逃げてた(^_^;)」


「それで、現職になってからは主に生徒にやらせてた?」


「ああ、教育の一環や。最初とか、時どきはいっしょにやってたけどなあ」


「女子とだろう」


「ああ、制服汚れたらかわいそうやからなあ」


 思い出しました。武者もわたしも学校の先生をやっていましたが、同じ学校に勤務したことがありません。


「武者、おまえの最後の勤務校はKだったと思うんだけど、その前は、どこだ?」


「あ、ああ、NとH」


「イニシャル合わせたら、NHKか」


「え、あ、ほんまや。あははは」


 ちょうどお湯が沸いたので、話題をもどす昼下がり。


 ついさっきまで喧しかった蝉の声が、いつの間にか止んでいました。


 


☆彡 主な登場人物


 わたし        武者走走九郎 Or 大橋むつお

 栞          わたしの孫娘 

   武者走                   腐れ縁の友人

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