罠除けでパーティーの先頭に立ってるけど、なぜか逆らえない

FZ100

罠とダンジョン

 俺たちは巨大墳墓の地下通路を静かに歩いていた。ここに眠る王たちの副葬品として豪華な財宝が収められている。それを俺たちのパーティーは狙っていた。


 通路には石が敷き詰められている。地下特有の湿った空気が肌にじっとりとまとわりつく。


 俺は松明を掲げてパーティーの先頭を静かに歩いていた。自分で言うのもなんだが、屈強な戦士であると思う。このパーティに加わってから二年になる。俺たちはあちこちのダンジョンを探検し、日夜レベルアップに励んでいた。


 道が二手に分かれていた。俺は立ち止まる。すると、


「右だ」


 と仲間の声がして俺は再び歩みだす。と、そのとき、足元の石畳の一角がガコンと沈んだ。


「!」


 とっさに俺は鉄の盾で自分の身体を覆った。盾に衝撃が奔る。暗がりの向こうから仕掛け矢が飛んできたのだった。


 矢はトラップにかかった俺の身体を正確に狙っていた。幸い、飛んできた矢は盾に弾かれた。


「罠だぜ」


 仲間の一人が歓声を上げた。


「……ということは、こっちだな」


 もう一人の仲間が応じる。俺たちは再び歩き始めた。


 罠に狙われるのは、これが初めてではない。大抵のダンジョンには巧妙に罠が仕掛けられていて、それを未然に防ぐのが俺の役割だった。要するに罠の危険を一手に担っているのだった。


 理不尽な境遇だが、不思議と何の感慨も湧かない。俺はただ淡々と危険に身を晒すのだ。これでも、以前は感情めいたものがあったのだが。


 毎度のことだが、仲間たちは俺が罠にかかると歓声を上げる。


 宝箱を開けるのも俺の役割だ。


 しかし、それを嫌だとも思わない。俺は戦士であり、戦闘では真っ先に矢面に立つ。そういう役割なのだ。


 しばらくして、俺たちは王族が眠る地下墳墓の最下層に辿りついた。さあ、あと一息というところで不意に床が抜けた。


「!」


 落とし穴が仕掛けられていた。穴に落ちた俺は床に手を伸ばすと、穴の縁に片手で必死にしがみついた。


 穴の底を見ると、無数の槍ぶすまが俺を狙っていた。


「うは!」


 パーティの仲間たちが乾いた笑い声をあげる。


「ミアケがまた落ちたぁ」


 そんな声が耳に届いても、俺は表情一つ変えない。なんとか体勢を立て直して床まで這いあがらねば。


「!」


 そんなときだった。穴の向こう側から巨大な刃物がブランコの様にこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


 再び仲間たちの嬌声が上がる。


 鋭い刃は俺の身体を二分しようと、こちらに向かってくる。


 俺は片腕に装備した盾で身を守ろうとした。盾と刃が衝突した。その衝撃で俺は掴んでいた床から手が滑ってしまった。バランスを失った俺はなす術もなく穴の中、槍ぶすまの中へと落ちていった。


                  ※


 無数の槍に身体を貫かれ、俺は死んだはずだった。が、気づくと俺は暗がりの中に独り立っていた。身体に手をやると傷ついている。俺は確かに槍に貫かれたのだ。


「気がつきましたか」


 と女性の声がした。前方を見やると奇妙な衣に身を包んだ美しい女性が俺の前に立ってにっこりと微笑んでいた。


「……誰だ?」


 それには答えず、その女神と思しき女性は言った。


「あなたは死の淵に立っています」


 やはり、俺はここで死ぬのか。


「そこで、あなたに真実を教えましょう」


 真実? 何を教えるというのか。


「さあ、目をつぶりなさい」


 言われるがままに俺は両目を閉じた。すると、身体から意識がすっと抜けた様な気がした。気がつくと俺の意識は宙を飛んでいた。


「そこは裏世界です」


 俺はこれまでの人生で見たこともない異世界に飛ばされていた。


「ここは……?」

「あなたにも分かるように翻訳して差し上げましょう。さあ、真実を見るのです」


 俺は石でできているでもない木でできているでもない奇妙な建物の廊下を見下ろしていた。扉には「天文部」とある。


「……」


 扉をすり抜けると俺は部屋の中へ入った。俺の姿は誰からも見えないのか、誰も気づくものはいなかった。


 そこには数名の黒い服に身を包んだ少年少女たちが机を囲んでいた。彼らの一人がサイコロを振る。


三明みあけの奴、また罠にかかったぜ」

「それにしても、あいつ、どこに行ったんだ? もう一週間も来てないじゃないか」

「どうせ、彼女と仲良く下校してるんでしょ」


 少女がつぶやいた。


 これが俺の真実か。俺の世界は彼らがプレイするロールプレイングゲームの裏世界だったのだ。創造主たる少年プレイヤーを失った、いや見捨てられた俺というキャラはNPCとしてゲームに強制参加させられ、罠検知の役を負わされていたのだ。


 どうりで感情が湧かないはずだ。NPCなのだから……。


「真実は分かりましたか?」


 再び女神の声がした。


「ああ」


 俺はゆっくりと頷いた。


「あなたの仲間が蘇生魔法をかけました。再び生の世界に戻れますよ」


 と声がすると、目の前の教室はかき消すように消えてしまい、再び暗闇が戻ってきた。


「どうします? 元の世界に戻りますか。それともこのまま死を選びますか?」


 女神がそう俺の耳元で囁いた。


(おしまい)

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