幕間Ⅱ ユカリ・チュートリアル・インフォレスタ

「やあ、ユカリさん」


 久々に聞く声に驚いて、立っていた枝から滑り落ちそうになった。

 地上は遥か100メートル下である。

 さすがの私でも無防備のまま落ちたら命が危ない。

 まあ、私が落ちる事は無いけれど。


「キングさん。前にも言いましたが、急に目の前に現れるのやめてください」


 いつの間に登って来たのか、彼は私より少し上の枝に垂れ下がっていた。


「やあ、ごめんごめん。忘れられてたら困るから、インパクト重視の登場をしてみたんだ」

「……忘れてないので普通で良いです」


 頭を押さえ、わざとらしく大きなため息を吐いた。

 呆れている振りをして目を逸らしながら、枝に腰を下ろす。

 彼との再会にホッとした自分と、後ろめたさを感じる自分とがいた。

 彼との最後の記憶は、自分の心に少し苦々しいものとして焼き付いている。


「また、私達の前に戻って来てくれたんですか?」


 あの時は、世界をどうにかしようと色々な事をした。

 しかしあまりにも世界は混沌とし過ぎていて、時に行き過ぎた手段を用いてしまったり、複雑さを紐解く必要性から目を逸らし極端から極端へ走ったりと、振り返ると誤った道を行ったり来たりしていたように思う。

 その中で、時々横から助けてくれては姿を消し、また困った時にひょっこり現れては助言をして消えて行く……そんなお助けキャラみたいな付かず離れずの位置から常に私達を見ていてくれたのが、自称スライムキングこと、通称キングさんだ。


「まあね。また時空を繋げた気配がしたから気になってさ」

「あー、ええと……それにはやむを得ない事情が、ありまして……」

「だろうね。あの勇者召喚絶対許さんマン軍団のトップがさー」

「やめてキングさん、その話は私にとても効いちゃう!」


 頭が痛い、胸に刺さる、胃がキリキリ痛むの三重苦が、私に一斉に襲いかかる。

 人の命が関わった話だ。

 忘れる事は出来ないが、出来る事なら思い出させないで欲しい。

 まだ中二病の黒歴史を毎日イジられ続けた方が遥かにマシだ。

 自分が恥ずかしいだけで済む。

 誰かが死ぬことはないのだ。


「あの後の事を調べてたから来るのが遅れたよ。まあ、何とか間に合ったから良かった」

「間に合った……という事は、ラストさんに会ったんですか?」

「それが目的のひとつだったからね」


 このスライム相変わらずチート過ぎる。

 なんで私の領域内で私が感知出来ないの?


「いやあ、油断してたのもあるけど、アイツ急に現れたから擬態出来なくてさー」

「えっ……!?」

「仕方ないから観念してスライム状態のまま話したよ」


 擬態……頭の中に黒歴史が蘇る。

 追い詰められて危機に瀕していた時、礼服に仮面を着けたイケメンがタロットカードを片手に詩的な台詞と共に現れ、度々助けてくれた。

 平成アニメ世代だったので、非常に見慣れた登場シーンに変な夢を見てしまった時期があった……いや、あったかも知れない……違う、やっぱり無かった!

 無かったことにするっ!


「うおほん! め、珍しいですね、キングさんが不意を突かれるなんて」


 咳払いをひとつ。

 黒歴史を振り払い、私は冷静さを取り戻した。

 ちょっとわざとらしかったかな?


「まあ、完全に油断してたよ。たぶん真っ直ぐ進めって言われてたはずなのに、急に脇の草むらに踏み込んで目の前に出てきたからね」

「え゛っ……!」


 ちょっと何やってんのラストさん。

 道なりに真っ直ぐって言ったら、当然脇道にも草むらにも逸れちゃ駄目なの!


「危うく《無限回楼》の歪みにハマりそうだったから、元の道に繋がるまで俺が空間を固定して時間稼ぎしておいたよ」

「そ、それは大変なご迷惑を……」

「久々にゲームの話が出来て面白かったから良いけど、だいぶ危なっかしいなアイツ」

「大丈夫……な、はずなんですけどね」


 そういう余計な事をしないよう私の《無限回楼》の説明をしたのに……これはチートスキルというの危険性がラストさんに正しく理解されていないようだ。


「あ、そういえばオレこの世界での正式な名前、ゼラチナマスターに決まったから」

「え……じゃあ今までの名前は?」

「ああ、あれ咄嗟に良い名前が出て来なかったからスライムキング(仮)カッコカリだったんだ」

「そ、そうだったんですか……?」


 久し振りに会ったのに、何だかいつも会っているかのような気さくな振る舞いは、どうやら相変わらずのようだ。

 複数の世界を渡って来た彼にとっては、十年も二十年も大した時間ではないのかも知れない。

 私が世界最強などと言われてはいても、所詮はこの世界という井の中に過ぎない。


 地球から異世界に転生して来たのだ。

 他に異世界がいくつあってもおかしくは無い。


 こうして彼が来るという事は、きっと私は他の世界の最強達に比べれば頼りないのだろう。

 でも、それでも良い。

 どんなに強くなったとしても、私はやっぱり誰かに助けてもらいたい。


 それに私は尽くす女!

 だからイケメンで包容力のある優しい頼り甲斐のあるお婿さん募集中!


「おーい、ユカリさーん。戻ってこ~い」

「……はっ!?」


 いけないいけない。

 また妄想が先走りそうになってしまった。

 あ、よだれ垂れそう。

 ずずずるる。


「相変わらずで、ちょっと安心したよ」

「お互いに、ね」


 お互いに笑みがこぼれる。

 そうだ。

 あの戦いの中でも、仲間達とこうして笑い合えることは何度だってあった。

 悲観ばかりしていても仕方がない。


 私達はこの世界の未来の為に犠牲になった仲間達、そして敵として戦い滅ぼした者達に、私達の目指した道は、あの戦いの向こう側には、胸を張れる世の中があった事を証明しなければならない。

 あの戦いも、彼らの死も、意味があった事を……いや、私達が彼らの命に意味を持たせなければならないのだ。


 もっと前向きに、もっと穏やかに、もっと朗らかに。

 気持ちを切り替え、私は意識して口角を上げた。


「そういえば、キ……じゃなくて、ゼラチ……マスター?」

「ゼラチナマスターだよ」

「ちょっと呼びにくいですね~? 私としては今までの方が呼びやすいんですが?」

「ええ……せっかく決まったのに……」

「それにゼラチナマスターって種族名っぽくないですか?」

「確かに元ネタはそうだけど……」

「そうだ。ゼラチナマスターを苗字にして、ここで名前を決めちゃいましょう。今まではスライムキングだったから……スラキンさんで!」

「そんな有名動画投稿者みたいな……」

「スラキン・ゼラチナマスター……良いじゃないですか!」

「……思ったより語呂は良いね」

「じゃあ決まり。キングさん改め、スラキン・ゼラチナマスターで!」

「まあ、それで良いか。じゃあ、これからはスラキン・ゼラチナマスターだ」


 なんだか勢いで彼の名前を決めてしまった。

 我ながら強引だった気はするけど、ちょっとゼラチナマスターさんでは名前が長くて気軽に名前を呼び辛い。だから、これで良いのだ。


 たくさんの恩があって、こんな程度では利子にもならないが、それでも彼には何かをしてあげたいという気持ちは以前から持っていた。

 ようやくまた私の前に現れてくれたのだ。

 もう恩を返すまで逃がすまいと、私は密かに心に誓った。


「それで、スラキンさんはラストさんをどう見ましたか?」

「たぶん……いや、かなり大変だろうなあ……かな?」

「どういう意味で、ですか?」

「アイツさ、分類的にはたぶんスローライフ型だと思うんだよ」

「ああ、そういえばありましたね。懐かしい……無双型、ハーレム型、スローライフ型でしたっけ?」

「そうそう」


 この世界には、勇者の辿る運命には大きく分けて三つのルートがあるという説がある。


・最強勇者、または最強を目指す無双ルート。

・人望や恋愛事情が、勇者に偏重して有利に働くハーレムルート。

・未開地や小さな村を勇者が開拓・発展させていくスローライフルート。


 ……確か、こんな感じだったはずだ。


「スローライフ良いじゃないですか。私達みたいな無双ルートは絶対オススメ出来ませんし……」

「ユカリさんは良いんだよ。無双ルートでも、ちゃんと無双型の資質があったからね。才能もあったから世界最強にまでなれた訳だし」

「むう、なりたくてなった訳じゃないし。それでラストさんはどうなの?」

「全ルートを進むように見えた」


 ハッとして、息が止まった。

 彼はラストさんをスローライフ型だと言った。

 それが示すところは——


「どのルートがメインになるか定まっている様子はないけど……もし無双ルートがメインになったら、たぶんアイツ詰むぞ」


 かつて私達三人は、三人とも、メイン資質が無双型だと言われた。

 スラキンさんは、ラストさんが無双やハーレムの資質があるとは言わなかった。


 無双型の資質が無いという事は、戦闘力は途中で頭打ちになる。

 ハーレム型の資質が無いという事は、周りに集まる人数にも限界がある。


 そんな人が無双ルートに進んだ場合、どうしても乗り越えられない壁が現れる。

 あの戦いで亡くなった仲間の多くは、無双型の資質が低かったという事実を今の私は知っている。

 しかし——


「でも、私達はもう世界を救えません。何をどうしたら良いのか、神にまでなったあの子でさえ見つけられなかったんです。だからもう私達はあの人に賭けるしかないんです」

「アイツ、スキルもパッとしないし、持ってたスキルからどんなS級シングルスキルに目覚めそうかもある程度予想つくけど……どう考えても無双ルートになったら乗り越えられるとは思えないなあ」


 胸が苦しくなる。

 自分の中の自分が、私を責め立てる。

 何も分からない彼に責任を放り投げ、自分はただ逃げているだけじゃないのかと。


「やっぱり私達も動くべきですか?」

「ああ、それはやめてくれ。ユカリさん達が動くと可能性が滅茶苦茶に揺らいじゃって、先が全然分からなくなる」

「……ですよね」


 私達は可能性という湖のほとりに立つ巨人のようなものだ。

 私達が動くと水面が激しく乱れ、収拾がつかなくなる。

 そして一度乱すと安定するまで時間もかかる。

 だから私達は可能な限り大人しくし、湖面に浮かぶラストさんという小船が行く先の見通しを良くしておく必要がある。


「でも、あいつしか引っかからなかったんだろ?」

「そうみたい」

「たぶんだけどさ、力とかチートとかで世界をどうこうする段階はユカリさん達で終わったんだと思うよ」

「え?」

「だからパッとしない能力だとは言ったけど、それはチートの力で強引に解決してきた今までから言えばの話だ。もしかしたらアイツは全然違う角度から何かするヤツかも知れないよ?」


 そうだと良いな。

 あんな、犠牲を前提にしないと何も話が進まない時代なんて、来ない方が良い。

 私達は、私は、あんな解決しか出来なかった。

 後悔は、たくさんある。


 でもその犠牲の先に、力やチートで解決……いや。

 原因を根絶やしにするなどという狂った手段を必要としない世界が来たのであれば、その過去をこれからも背負っていける力になる。


「……そうですね。私達も、そうあって欲しいと、思っています」


 大樹の下には、小さな村が息づいている。

 たくさんの人を殺めた、たくさんの人を失わせた、私が出来る小さな贖罪の村。

 私達の選択が、ラストさんが、これからどうなっていくのか。


「だね。良くなる事を願うしかない」

「願う……か」


 その言葉は、私達には重い。

 それでも私は口角を上げ、小さく微笑んだ。


 しかし、それがどんな顔になっているのかは、残念ながら私には分からなかった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る