第23話 騒動の後
「まあ、良くやってくれた」
アルカンジェロ王子と共に、宰相の執務室に案内され、労いの言葉をかけられた。
接客用と思われる高級そうなソファーに座ると、テーブルには王子の為に用意されたであろう軽食とハーブティーが、俺の分も含めて用意されていた。
こういう事を忘れない性格は、宰相という仕事に良く合っているように思う。
あれから宰相は、俺の示した王子が本物である事を自身も確認したと宣言した。
偽者は逃げられないと観念したのか自ら変身を解いておとなしく捕まり、偽者騒動はひとまず解決した。
ゲームだったら偽王子が魔物の正体を現して初ボス戦に突入する流れだが、良いのか悪いのかそうはならなかった。
変身を解いた偽者の姿は、王子と同年代くらいの、未だ幼さが抜け切れていない黒髪の少年だった。
それが本当の姿かは分からんが、わざわざあの王子判別十番勝負に協力したり、抵抗せず素直に捕まったりと、改心の余地はあるそうな気はする。
ふと思い出して、俺の為にあの十番勝負をしてくれた事に礼を述べると、宰相は「何言ってんだお前?」みたいな顔をして答えた。
「アレは君への疑いが晴れない限り、君が本物だと主張する本物の殿下にも疑いが残ってしまう。だからまず君という人物を皆に認めさせる必要があった。君の為ではなく国と殿下の為だ」
そうか。
何とかしようとしていた俺が、逆に王子の足を引っ張る事になってしまったのか。
やはり凡人が余計な事をするべきじゃなかったのかな。
「不穏な動きがあったのでな。敵を炙り出すために、一度出立したように見せかけて隠れていたのだ……ところが、殿下が帰還したという報が二度も入り、慌てて向かえば、そこには殿下が二人。しかも、見知らぬ顔が場を仕切っている。あれは、さすがに想定外だったよ」
俺も全く予想していませんでした。
でも大体イヌイさんと陛下さんのせいです。
「君を追うような形で私も来た訳だが、あの場に出るには状況が難しい。はてどうしたものかと様子を見させてもらった。だが君の証明は強引過ぎると思ったのでね。まあ、見かねて出てきたという訳だ」
宰相は自身のハーブティーをすすり、吐息が漏れる。
その、とても深いところから出たような吐息は、彼の疲労感を如実に表していた。
宰相という立場を考えれば、察するに余りある。
「君から分かりやすい方法を提案してくれたおかげで早く済んだのは良かった。あそこまで妨害された上で全て迷い無く当てられれば、皆も陛下より殿下を託されたという君の言葉を、信じるに足るものと認めざるを得まい」
結果論だが、あの場面は宰相が俺より先に来ていればサクッと解決していた話だった。
それなのにどこの誰かも分からん俺が先に余計な首を突っ込んだものだから、それはそれは事態が面倒くさくなっただろう。
運よく切り抜けられたが、宰相があの状況を最も簡単に解決させようとしたら、俺と偽者を取り押さえて投獄または斬り捨てるという手もあったのだ。
たぶん……俺が王子達を判別出来ていなかった場合、そうなっていたのだろう。
ヘルマン宰相のお膳立てがあって、辛うじて乗り切れていたというのが実際のところだ。
漫画やアニメのように華麗に事件を解決するのは難しい。
推理作家の父も名探偵の祖父も、俺にはいないのだ。
「あの時は頭の中が滅茶苦茶で……誰も僕が僕だと言ってくれる人がいなくて……とにかく偽者をどうにかしようとしたら余計におかしくなって……でも、ラストさんだけはずっと僕が僕だと分かっていてくれていて……だから、ええと……僕はあなたを認めています!」
褐色の肌に映える碧く吸い込まれそうな瞳。
真っ直ぐ俺を見つめるその瞳は、煌めいているように見える。
言葉は上手く紡げなかったものの、そこに彼の気持ちが強く込められているのが理解出来て、素直に嬉しかった。
さて、ここで出来る大人を気取ってカッコイイ返しでもしようかと思ったが、残念ながら俺にそんなセンスは無かった。
「ふふ、ありがたいけど、それはそれで恐縮しちゃうな」
俺に出来たのは、気の利かない返事と、照れ隠しに彼の頭を撫でることくらいだった。
少しくすぐったがりながらも、頭を撫でられて嬉しそうに見える。
良い顔だ。
現代の独身中年には、子供の真っ直ぐな気持ちをぶつけられる機会なんてあまり無いから、いざ自分がそういう場面に遭遇すると戸惑ってしまうな。
「ゴホン。今は私的な場所だから良いが、他の者の目がある所では控えてくれ」
「おっと、失礼しました」
言われてようやく自分が誰の頭を撫でているのかを思い出した。
そういえば王子様なんだった。
なんとなく距離感近くて、つい兄の子といる感覚になってたよ。
「むう……」
頭から手を離すと王子は少し不満げに口を尖らせた。
この子をとても愛おしく感じる。
兄の子を初めて抱かせてもらった時に似た感情が込み上げてくる。
あの時、俺の中で子供に対する思いが大きく変わったのを今でも覚えている。
これが大人の心というものなのか、この子に明るい未来が訪れる事を心から願ってやまない。
「そういえば自分が聞いて良いのか分かりませんが、あの偽者はどうなるのでしょうか?」
「ふむ……」
俺の質問に宰相は逆三角形に整った顎髭を弄る。
王子に成り代わるという、国を欺き、乗っ取ろうとした大事件を起こしたのだ。
普通に考えれば国家転覆罪とかになるだろう。
その場で首を斬られても不思議はないほどの大罪だ。
「処分は保留だ」
「え……?」
意外な答えが返って来た。
王子を騙っただけでも即決で首が飛ぶレベルだと思うのだが、保留になってるのか。
「今回の件、あの偽者が一人でやれる事ではない。必ず裏で糸を引いていた者がいるはず。処分は背後関係を洗ってからになる」
なるほど。
話を聞いて行くと、どうやらその辺りを考えて、あの十番勝負に協力したら命は保証するという事を伝えていたらしい。
黒幕にとって偽王子はいつでも切れる尻尾でしかないと読んだのだろう。
ならば切らせず逆にそこから本体を探ろうという事か。
「……あれ? そうなるとまだ自分を疑った方が良いのでは?」
「なんだ、疑って欲しいのか?」
「いえ、そうではありませんが。偽者が窮地に立たされたら自分がこうしていかにもな貢献をして取り入る二段構えの計画……みたいな話にならないかと」
宰相は大きくため息をついた。
いや、だってこんな大きな権力の世界にいた事ないから解らんし!
「ではなんだ? 殿下が戻って来ない方が良いのに、わざわざ戦い慣れない中で帰還に尽力し、二人の殿下を前にして逃げず偽者を追い詰め、私に止められながらも出された難題をやり遂げ、殿下や他の貴族に認められる――そこまで計算していたと言うのかね?」
「申し訳ありません。無理でした」
「よろしい」
改めて言われてみれば、確かにそれは無いわ。
予知能力者でもない限り無理だし、そもそも予知能力者ならもっと良い計画作るだろう。
…………あれ?
なんで宰相は俺が戦い慣れない事を知っているんだ?
「閣下、もしかして分かっていて言っています?」
「なんだ、気付いてしまったのか」
「参考までにお聞きしますが、どこで気付かれました?」
「チュートリアル村のラスト・マッキーデン」
「ああ、なるほど……理解しました」
眉間を押さえる俺の横で、事情の分からない王子がオロオロしていた。
宰相は俺の正体に気付いているようだ。
自分からわざわざ伝えるつもりは無いが、最初から正体バレまくってるのマジなんなの?
女神の加護とは一体……あまり役に立ってなくね?
「私の記憶では、あの村にラスト・マッキーデンという者は居ない。しかし身分証が本物なのは見て判った。という事は、少なくともチュートリアル村の承認を得ている者という事だ」
「ええと……一応足掻いてみようと思うのですが、それだけでは最近村送りになった者という可能性もあるのでは?」
「自分で説明しただろう?」
説明?
俺、何か余計な事を言ったか?
おそらく宰相は高位の鑑定スキルを持っていると思われるが、ゼラが言うには加護の有無は自分から見せない限り確認出来ないはずだ。
だから鑑定から見破られた訳ではない。
一体俺はどんな余計な口を滑らせたんだ?
「旧式の転移門だよ」
「ああ……」
これは言い訳できない。
旧式の転移門を使用したという事は、帝国皇家の滅亡により失伝した起動パスワードを知っているという事だ。
それはつまり起動パスワードを設定した者と同じ知識を持つ者という事に他ならない。
誰が設定したかは知らないが、あれは間違いなく異世界人が設定したものだ。
そして陛下さんでさえ知らないそれを起動させたのだから、俺の正体は推して知るべし。
「参りました」
「まあ、私が出て来たのもそれが確信出来たからだ。殿下のみならず、君も助ける必要があると思った」
そうか。
改めて考えてみれば、あそこであの十番勝負への流れは確かに強引だった気がする。
それを承知の上でやってくれたのか。
「そして伝えるのが遅れたが、処分保留なのは君もだ」
「え……?」
「まあ、君の場合は殿下の証言もあるから罪に問われる可能性は限りなく低い。だから君の扱いを今後どうすべきか、という意味での処分保留という事だ」
「少しだが罪に問われる可能性があるのか……」
おかしいな。
まだ旅立って二日も経っていないのに、いきなり国家レベルの前科持ちになる可能性が出てきたぞ。
「だ、大丈夫です! 僕が証言します!」
小さい手に精一杯の力を込め、アルカンジェロ王子は必死に俺を励まそうとする。
この子、ほんと仕草がかわいいなあ。
実は王子とされているが本当は王女だったとか、そういう話じゃないよな……まあ、分かっているけど、それすら疑いたくなる。
大人なら骨格で判別出来るのだが、子供だとまだ未発達で判別しにくい。
「まあ、君の件については後だ。それよりも前にしておかねばならない話がある」
「……そうですね」
今日だけで俺は何度覚悟覚悟と言ってきただろう。
覚悟しなきゃならないイベントの数が多過ぎる。
もう十年分くらいの覚悟はしただろうか。
これがまだ旅立って二日目の話なのだから始末が悪い。
元の世界に帰るまでには人生百回分くらいの覚悟をしてそうな気がする。
「君には陛下の救出作戦に協力してもらう」
「まあ、そうなりますよね」
予想はしていた。
きっとまた旧式転移門と地下水路を使うはずだと。
そうなれば、起動コードを知り、地下水路のスライムを協力者に出来る俺は必要不可欠になる。
また、新たな覚悟が必要になる。
目を閉じる。
胸の奥で何かが震える。
目の前に迫ったナイフの記憶が蘇る。
それが恐怖だと、俺は知っている。
怖い。
不安が、膨れ上がってくる。
膨れ上がった不安で恐怖を包み、奥へと押し込める。
残った不安は緊張の鎧で閉じ込めた。
手に、足に、身体に、全身に、緊張が根を伸ばす。
不安は、ある。
だが、恐怖の輪郭は霞んでいった。
少しだけ、息苦しい。
ゆっくり、深く、鼻から息を吸う。
細く、長く、静かに、口から息を吐く。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
「自分のやるべき事を、教えてください」
覚悟の準備はできた。
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