3話 くそでかケーキが余った件


 クリスマス。バイト後。


「いや〜でかいなぁ……このサイズのケーキが余るなんて……」ほくほく顔で琴音はケーキの箱を腕に抱えていた。首にはマフラーを巻いていて、それがよく似合っている。


 唯一売れ残ったのは販売している中で最大のサイズで、ファミリー用と書いてある。


「よかったね。途中、売り切れそうで半べそになってたもんね」


「それは言わない約束っス。あとセンパイの分のケーキなくてすみません」


「それはいいよ。僕はもし余ればって感じだったから。それに……その量は一人で食べ切れる自信ないし」


「めっちゃわかるっス。これしかなかったからもらったっスけど……流石の私でも食べ切れるか………」ぐぬぬ、とケーキの箱とにらめっこしている。


「2日にわければいいんじゃない? でも日持ちしないか……だから貰えるんだし」


「フルーツ使ってるんで厳しいッスね……あ! いい案思いついたッス!」自信満々のドヤ顔で琴音は僕を見る。あ、これはめんどくさいこと思いついた表情だ。


「センパイ、ケーキ好きッスよね。それにクリぼっちっすよね?」


「だからクリぼっちいうな! まあ、余ればほしい程度だけど」


「じゃ、これ一緒に食べません?」


「えっ」急な提案に戸惑う。


「ほらこれ持ってくださいっス! 落とさないでくださいね」そう言って琴音はケーキの箱を腕に押し付けてくる。


「いやまだ食べるとは何も」


「いーからいーから。後輩を助けると思って」そう言って僕の背中をぐいぐいと押してくる。


「転ぶって! わかったわかった、一緒に食べるから!! 押すなって!」


「分かればいいんスよ。いやー後輩のためにひと肌脱いでくれるセンパイかっこいいなー。ほれちゃうなー」あからさまな棒読みで彼女は言う。ムカつく。


 しばらく琴音に連れられて歩く。


「……ところでこれどこで食べるの?」


「そりゃもう決まってるじゃないッスか。私の家っス」彼女はなんとなしにいう。


「えっ」それを聞いて足が止まる。


「どしたんすか?」


「女の子の家に行くってあんまり……それにクリスマスだし」


「……女の子として見てくれてたんスね。ちょっと嬉しいっす。まあまあ、ケーキを一緒に突っつくだけの関係ですから」


「たしかに? いやでもな……」


「あ、センパイもしかして私の部屋まで来るつもりっスか? いやらし〜」にやつきながら彼女はからかってくる。


「ち、違う! そういうつもりでいったんじゃ」


「ま、居間までならいいじゃないっすか。今日は誰もいませんし」


「それならなおさら…」


「気にしなくていいですって。あ、あっちの公園にめっちゃきれいなイルミあるんで寄ってきましょ」琴音はグイグイと僕の腕を引っ張る。


「わかった! わかったから引っ張るな! ケーキが落ちる!!」


 ……本人がいいと言ってるし、まあいいか。ちょっと緊張するけど。


「ほら、めっちゃきれいっしょ」公園の広場についた琴音はドヤる。


「……おお」僕は思わず感動してしまった。


 その公園にはこの街の象徴と呼べる巨木があった江戸時代からあるとか聞いた気がする。

 高さも相当なもので、自分の学校からでも先端が見える。

 その木全体にイルミネーションが飾ってあった。クリスマスツリーと同じ見た目になるように緑色のイルミネーションで彩られている。頂点には金色の星が飾られている。


「いいっスよね〜! 昨日見つけたんすよ」彼女はそう言いながらスマホでぱしゃぱしゃと写真を取りまくっている。楽しそうだ。


 そんな彼女を横目に僕もその輝きを堪能する。


 ふと、気づく。木の周りにはたくさんの人がいるのが分かる。そして見渡す限り……身を寄せ合っている男女の二人組だ。


「……はぁ」つい、ため息をついてしまう。

 

「あれ? どしたんすか? 私のイルミ楽しめなかったスか?」


「君のじゃないでしょ……。いや、イルミはとてもきれいだよ。でもカップルがたくさんいるからさ……はぁ」


「クリスマスですし、ここ街一番のデートスポットらしいッスからね。辛いっス?」


「うん……」そう答えて、クリスマスまでに告白できなかった自分を呪う。


「しょうがないっすねぇ……じゃあ手でもつなぐっス?」


「は?」突飛な提案に僕はまた混乱する。


「色々わがままきいてもらってるし、ちょっとだけ恋人の代わりしてあげるっスよ。ほら」彼女は僕の方に手を差し出す。


「なんスか? 私じゃ不満スか?」彼女は少し頬を膨らませる。その表情が可愛くて少しどきっとしかける。


「そ、そうは言ってないけれど。それにケーキで手が塞がってるから」僕は目をそらしながら言う。


「たしかに? なら腕組みッスね」伸ばした腕をそのまま僕の右手に絡ませる。


「ほらこれで周りと同じ恋人っぽくなったじゃないッスか」軽く頭を寄りかからせてくる。


「……うん」何言っても無駄な気がしたので諦める。

男子の性か、どきりとしてしまう。


「いやーキレイっすね〜」


「……そうだね」


(ほらここで『君のほうがキレイだね』っスよ)小声で彼女は耳打ちしてくる。


「……キミノホウガキレイダネ」言われるままに僕は台詞を口にする。棒読みで。


「えへへ……好き……」と甘えたような声で言う。そんな声出せるのか、とちょっと驚く。


 すっ、と琴音は絡めていた腕を解いた。


「自分でやってて恥ずかしくなったっス……」マフラーで口元を覆い、照れを隠そうとしている。そんな可愛い反応されるとやられたこっちまで恥ずかしくなってくる。


 お互いそっぽを向き、沈黙が流れる。


「……ケーキ食べに行くか」沈黙を破り、僕は言う。それに、ちょっと腕が疲れてきた。


「そっすね……」琴音は歩きだす。僕もそれに着いていく。


 ……あれ、なぜ僕は琴音の家に行くことを自ら言っているのだろう?さっきまで躊躇していたのに……。

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