第8話 聞き耳を立てます!
咄嗟の起点で天井に飛び退いた私は、天井に張り付きながらバレないように息を潜めていた。
体勢は辛いが風魔法を微量に使う事でどうにか安定を保っている。
そんななか、下ではメイドが声を発していた。
「誰ですか、私の後をつけているのは」
その声に心臓が飛び出そうになったが、何とか冷静を取り戻す。ここで動揺して魔力暴走でもしたらすぐにバレてしまう。
じっとその場を見ていると、私が来た方向から男性がゆっくり歩いて来るのが見えた。
「私の後をつけていたのはミラルド殿下でしたか、大変失礼致しました」
そこにはこの国の第3王子であるミラルド殿下の姿があった。
まさか本当にミラルド殿下が暗殺を?
可能性が大いにあるからこそ、慎重に聞き耳を立てないと……。
ミラルド殿下は、私と婚約破棄をしたハロルド殿下の一つ下の弟でもあり、なによりハロルド殿下の暗殺を企てている本人ではないかと、いつも疑われているような人物なのだ。
そして私はミラルド殿下が苦手なため、落ちそうになるのを踏ん張って耐えていた。
「ごめんね~、最近怪しい動きをしている者がいると聞いたから尾行させてもらっちゃったよ」
ミラルド殿下は黄緑色の髪をかき上げながら、まるで誘惑するように藍色の瞳でメイドを見つめていた。
「申し訳ありません。私はまだ半人前なものですから……」
「僕は雇い主じゃないから、文句は言うつもりないけど気を付けてね~」
どうやら今回はミラルド殿下が計画をしたのでは無いようだ。それなのにこの距離でも感じる程、ミラルド殿下からは嫌な感じがする。
それは私が、ミラルド殿下の事を苦手としているからなのか、よくわからなかった。
「は、はい。その言葉、重く受け止めさせて頂きます」
「まあ、いいけど……。それで、誰の指示だったっけ?」
突然犯人の情報をゲットできるチャンスに、私は身を乗り出しそうになるのをぐっと堪えていた。
「え……」
「言えないなら言わなくてもいいけど……?」
「いえ、ミラルド殿下の要望には答えよと指示が出ております……。えっと、私が指示を頂いたのはプロンプト伯爵でございます」
「ああ、財務の副官ね」
犯人はプロンプト伯爵?確か財務の副官でもかなり不正をしているのではと噂がある人物だ。
これが嘘だとしてもかなり信憑性が高い情報だ。一応ジェッツに伝えておこう。
「で、殿下が接触して下さったと言う事は……」
「ああ、確か図書館の入館許可証だっけ?」
「まさか!」
「もちろん、はいどうぞ~。ゆっくり閲覧してらっしゃい」
「ありがとうございます!!」
メイドは頭を下げると凄い勢いで図書館の方へと走っていった。
それなのにミラルド殿下は全くその場から動く気配が無い。
早くそこから動いてくれないと私の腕がそろそろ限界なのだけど!!
私の腕はプルプルと震え、もう限界を超えている。
そんな私を嘲笑うかのように、ミラルド殿下はゆっくりと此方を向いた。
「!?」
完全にこっちを向いてるし、目がバッチリ合ってるんだけどどうしたら!!
「クレア嬢、会いたかった」
「ヒッ……」
ミラルド殿下が妖艶に笑うその姿に、私は心臓を鷲掴みにされた気分になる。
そして私はその恐怖に耐えられず、天井から落下したのだった。
床に落ちた瞬間、私は薔薇の香りに包まれていた。しかし一瞬で消えたその香りは、どこからしたのかわからない。
でも今の私には、その匂いを追いかける余裕なんてなかった。
「い、いたた……」
「クレア嬢、大丈夫?」
「はぇ!!?」
気がつくと、落ちた私をミラルド殿下がしっかりと受け止めていた。
「し、失礼しました。離してください!!」
「このまま離したくないんだけど~。まあ、今は仕方がない」
不吉な言葉が聞こえた気がするが、ミラルド殿下は私をゆっくりと離してくれた。私は急いで立ち上がり距離を取る。
それを残念そうに見つめていたミラルド殿下は、ゆっくり立ち上がろうとして少しふらつく。
「っミラルド殿下!!」
「大丈夫さ、クレア嬢を庇うときに少し足を痛めてしまっただけだから」
上を見上げれば先ほどまでいた天井はとても高い。あそこから落ちたのを受け止めたのなら、少し痛めた程度で済むとは思えない。
「で、でも……」
「じゃあ、こうしよう」
ポンと手を叩くと、ミラルド殿下の藍色の瞳が楽しげに笑った。
「僕の執務室までクレア嬢が送ってくれないかなぁ?」
そう言われれば嫌です。と言えるわけもなく、私はミラルド殿下を支えながらゆっくりと歩いていた。
凄くさっきの事聞きたい。
でもミラルド殿下は敵かもしれないのに、簡単に聞くわけにもいかないし……。
「さっきの話、気になる?」
「えっ??」
じーっとこちらを覗き込むその瞳は妖しげで、私はなるべく目を合わせないように、頷いてしまった。
「クレア嬢は本当にわかりやすいよね~。だから一つだけ教えちゃう!」
「え、それってどういう……」
「さっき渡した図書館の入管許可証ね、あれ偽物なんだ」
「ええ!!?」
ついつい大きな声を出してしまい口を手で塞ぐ。その様子にミラルド殿下は楽しそうに笑っている。
そんな簡単なノリで言って良いものなの?
それにわざわざ偽物を渡すなんて、ミラルド殿下はあのメイド達の仲間というわけじゃないのかしら?
「それ、私に言って大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。でも、早くしないとバレちゃうから執務室に戻らないとね~」
「いや、バレたら問題になるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫!ほら僕今怪我人だから、執務室に戻ったらその後は寝室に引きこもる予定だからね」
いやでもさっきのメイドさんは大変な事になる、というかすでになっているかもしれない。
そんな事に巻き込まれたくはないので、急いでミラルド殿下の執務室に向かう事にする。
なによりミラルド殿下は怪しいけど、完全に黒とは言えない。でもミラルド殿下が苦手な私は、この存在から早く離れたかった。
そう思いながら、階段を上り切る。
「階段は流石にキツいです……」
「大丈夫、少し休憩する?」
私は息を落ち着かせようと深呼吸する。
すでに先程の階では、騎士達が何人かパタパタと走っていく音が聞こえてきていた。きっとさっきのメイドか持つ偽物に気がついたのだろう。
こうなったらゆっくり休憩してる時間はない。
「いえ、そんな時間はなさそうなので……」
そう一息ついて顔を上げた私の視界にとある人物が目に入り、私は固まりそうになってしまった。
そしてその存在に気づかれる前に、私は咄嗟に頭を下げる。
そして私は願った。どうかこちらに来ないでと。
しかしその男性は、ゆっくりとこちらに来るとその口を開いた。
「ミラルド、何故メイドに抱えられて……何かあったのか?」
その声に私は震えそうになってしまう。
それは仕方のない事だった。
だって目の前には、私に婚約破棄を突きつけた張本人である、ハロルド・グランシールが立っていたのだからだ。
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