第6話 私が一日専属メイド!?
メイド募集のチラシを見て、私はため息をついていた。
「私にメイドをやれっていうこと?」
「まあ、そうなんだが……クレアはそれに応募せず、僕専属のメイドとして1日だけ働いて貰う」
「それならこのチラシは……?」
何でそれを見せたのだろうかと、私は改めてチラシを手に取る。ぱっと見ても特におかしいところは無いように思う。
「そのチラシは、ハロルド殿下暗殺を企てている貴族が、暗殺者に向けて配った物だと思われている」
「暗殺!?」
確かによく見ると、下の方にはハロルド殿下周りの世話を主な仕事内容にすると書いてある。
普通のメイド募集要項ならばそんなことは書かないだろう。専属のメイドは本人の推薦がないとまず慣れないのだから。
「本来、王宮で暗殺なんて企てたらすぐにバレる。だから普通ならばそんな考えに至るはずがないのだが、今回はハロルド殿下がクレアと婚約破棄をした事、そして同時期に起きた事件でこちらの人手がかなり不足している為に、好機を得たとでも思ったのだろう……」
同時期に起きた事件が何かわからないけど、少しでも隙が出来たと思ったら、攻撃を仕掛けてくる貴族ばかりなのでそう言う事は大いにあり得る。
それよりも人手不足なのが気になった私は、ついその事を聞いてしまう。
「近衛騎士達は?」
「近衛達も今は手が空いていない。そして困った事に、その事件の調査へ赴く為に一日だけ近衛が半数になる日がある」
「成る程。その日が私にメイドをして欲しい日と言うわけね」
だとしても何故私にその話を持ってくるのか……と、ため息をついてしまう。
「理由は分かったけど、何で私なのよ?ジェッツは私が婚約破棄された当人だって、本当に理解して言ってるの?」
「わかっているさ。それにこれでも申し訳ないと思っているからな。だからこそ本当はクレアに謝ろうと思ってだな……」
ジェッツは気まずそうに視線を彷徨わせると、勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を呟いた。
「クレア、お前の婚約破棄を回避できなかった事、本当にすまなかった……」
お父様でも回避できなかった事をジェッツが謝る必要なんて無い。
「ジェッツは悪くないわ、謝らないで」
「だが……」
「もう良いの。私殿下に恋していた訳じゃ無かったみたいだから」
「……え?」
ジェッツが動揺するのは当たり前だ。だって前の私はどれ程ハロルド殿下の事を好きなのか、ジェッツがうんざりしてしまう程語っていたのだから。
「もし恋心が残っていたのなら、殿下の騎士になんてなろうと思わないわよ」
「クレアなら好きな人を守る為、気持ちは押し殺すとか言いそうなのにな」
「そこまで出来た人間じゃないわ」
じっと見つめてくるジェッツの瞳に耐えきれなくて私は目を逸らす。
だってもし恋心が残っていたなら、私は何もかも遮断して領地で大人しく暮らしていたかもしれない。
その結果、殿下がもし死んでしまったとしても、何とも思わなかったかもしれないのだ。
だから、そうならなくて本当によかった。
きっとこの選択は私にとって間違いではなかったのだと、私は少し安堵する。
これで私の本心は話した。今度はジェッツの本心を教えて貰う番だ。
「それで、何故私にこの話を持ってきたのか教えてくれる?」
「……わかった。一つは、お前が僕にとって信用できる存在だからだ」
「あと一つは?」
「もう一つは、僕が知る女性の中で一番強いから。それも一番ハロルド殿下の事を守りたいと思う気持ちが、人一倍強いと知っていたから……こんな事お前に頼むのは間違っているとわかっている。でもお前にしか頼めないんだ」
頭を下げるジェッツをじっと見つめ、考えてしまった。
確かに普通は婚約破棄された相手に、そんな事を頼んだりはしないだろう。そして頼まれても断るのが普通なのだろう。
でもそれは普通の元婚約者ならばの話だ。
「そんな事を言われて私が断ると思っているの?」
その言葉にジェッツがはっと顔を上げる。
「受けて、くれるのか?」
「そうね、私も丁度ハロルド殿下が狙われているんじゃないかと、気が気じゃなかったから寧ろありがたい話だわ」
私はジェッツに手を差し出す。
目を見開いたジェッツはその手をしっかり握り返してきた。
「交渉成立ね。私がしっかり仕事したらジェッツも約束を守ってよね!」
「ああ、勿論だ。詳しい事は当日、僕の専属メイドと共に話すし、準備はこちらで全て用意する。勿論バレないように迎えもこちらからよこすので、あまり目立たない服装で来てくれ」
「わかったわ」
これで話は終わったと、私はジェッツを送るために外に出た。
そして今、馬車までの道を歩きながらジェッツに言いたかった事を思い出し、それがつい口から出てしまう。
「それにしてもジェッツって本当、優しくないわよね」
「どこがだ?」
「だって婚約破棄された私が泣いていないのに気がついた癖に、慰めもしてくれないなんて本当に優しくないわよ。例えば、僕の前だけでも泣けば良いよとか言ってくれてもよくない?」
「なっ!!なんで僕がそんな事言わなきゃならないんだ!お前馬鹿だろ!!!」
私の言葉に、ジェッツは異常に動揺すると怒りだしてしまった。恋愛経験なんて全くないジェッツは、そう言う話が嫌いなのだ。
そして、ふと気がつけば私達の周りだけ雪が舞い散り始めていた。
今日は晴天だし、寒い季節でもない。
そして未だに「お前の考えは不潔だ!」とか言っているジェッツを見て、とりあえず感想を述べてみた。
「この癖、治ってないの?……相変わらずジェッツは綺麗な雪を降らせるわね」
「誰も感想を言えとは言っていない!!」
この雪は、そこのジェッツが降らせている。
魔法量が多いものなら誰でも起きる魔力暴走によるものだ。
ジェッツのは暴走というわりに、雪を舞い散らせるだけなんて可愛いものである。
「普通に羨ましいなと思っただけじゃない……」
口を尖らせて素直な感想を述べると、ジェッツはピタリと動きを止めて私を見た。
それと同時に舞い散る雪も消える。
「お前……あれから変わってないのか?」
ジェッツが心配そうに私を見る。でも、ジェッツが心配するのは無理もない。
何故か私の魔力暴走は、危険人物認定されるほど酷かったのだ。
過去にそれでジェッツを傷つけた事があるため、魔力暴走についてはあまり話したくなかった。
しかし私が先に聞いてしまったので、答えないわけにもいかない。
「心配しないで、昔に比べたらましだから。でも制御するのはまだ無理だから、私がもし暴走したらジェッツはすぐに逃げなさいよ」
ジェッツが顔を歪めるのを見ながら、私は暴走について考えるのをやめた。実際、魔力暴走には互いに嫌な思い出しかない。
それなのにジェッツはその歪んだ顔でボソリと呟いたのだった。
「変なこと聞いて悪かった」
殆ど私に謝ることのないジェッツが突然謝ったため、私は少し驚いてしまう。
「……でも、今回の件で何があっても動揺しないように気を付けろよ。まあ、マヌケなクレアではヘマをする可能性が高いからな」
「何ですって!?」
「ふん、事実だろ?」
「もう!本当に意地が悪いんだから!!」
その後言い合いになった私達は、馬車に乗る頃には互いに剥がされるように引き摺られていた。
でもそれはいつもの事なので、使用人も慣れた手つきで私たちを連れて行く。
私は引き摺られながら、ジェッツの専属メイドとか本当にやれるのか心配になりつつも、王宮侵入に少し胸を高鳴らせたのだった。
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