女神の娘。

いぶき

第1話 Prologue

可愛いピンクのランドセルは、お婆ちゃんに買って貰った1番大切な物。


お母さんがうるさいから、学校に登下校の時だけにしか使ってないけど、本当はどこへ行くにも持っていきたい程のお気に入り。





今日は仲良しの沙也加ちゃんのお家で、一緒に宿題する約束をしていた。


一度家に帰って準備して、さぁ出掛けようとした玄関先でママに呼び止められた。


耀ひかり! まーた忘れてる! コレ!」


小走りで玄関まで来たママが持ってるのは――重たくて黒いリュックサック。


「えぇぇ、沙也加ちゃんとこに行って宿題してくるだけだよ~?

し・か・も、こんなダサいのヤダ!すっごい重いし。色々入れすぎだよ。」


嫌がる耀ひかりに母親は眉間の皺を深くする。

こうなると絶対にお母さんは譲らない。


「駄目よ!絶対に持っていきなさい。

耀ひかりは一昨日、12歳になったのだから、もういつお迎えが来るかわからないの!

その時が来たら、お母さんの言う事を訊いておいてよかった!って、とっっても感謝するはずよ。」


耀ひかりは、頬を小動物の様にパンパンに膨らませ、無言の抗議をする。

まだ言い募りたいが、諦めて無言なのは、何を言ったって無駄だからだ。

母親がここまでしつこい時は、絶対に譲らない。

育てられて来た年数の経験則で、嫌という程に身に沁みていた。


「また耀はランドセル持っていこうとして…。

そうね、このリュックを持っていくなら、ピンクのランドセルを持っていっていいわよ。」


「ええー、じゃあランドセル置いてくって言ったって、持たせるくせにーー」


母はフフンと笑って、


「よーく分かってるじゃない。」とのたまって、いい笑顔をした。





「はぁぁーー……。もお、ヤダ……」


ぶうぶう文句を言いながら、片手で受け取ろうと掴んだ。

耀が予想を上回る重さにガクンと体が引っ張られ、取り落しそうになった。

今度は両手を使ってギュッと持ち上げて、何とか落とさずに済みホッとした。



「大事に持ちなさい!」

すかさずママが怒ってくる。

落とさなかっんだからいいでしょ~?なジト目を送っておいた。



…本当に何を入れたらこんなに重くなるのだろう。

手も指も持ち続けるのが辛い重さ。

目を白黒させながら、両手でリュックを持ち直し、ヤダヤダと言いながら家を出た。


背中にはピンクのランドセル、両手には黒いリュックサック。

重い重いとブツブツ言いながら、沙也加ちゃんの家まで歩く。


十歳を過ぎた頃から、学校以外の夕方に出かける時は、必ずこのダサいリュックを持っていかなければならなかった。

わざと忘れたフリして置いていこうとしても、さっきのようにママが血相を変えて持たせてくるのだ。

何故と理由を訊いても「すぐに分かるわ」の一点張りで教えてくれないし。



防災グッズとかかなー。

ママって防災グッズとか使用期限切らすタイプなのに。

夏休みに耀ひかりの住む街にやってきた台風で地域一帯が停電になった時があった。

川の近くの家は早々に避難警告が出され、近くの小学校や地区の公民館などな避難するように、何度も町内アナウンスが流れる。

川の近くに住んでは居ないが念の為と、押入れに入れたままの防災グッズが入ってるリュックを引っ張り出す。

中身を確認したママは「あー、この缶詰賞味期限が2年切れてるわー。まぁ食べれるよね缶詰だし。」と呟いていた……。

その後も「あ、コレ……駄目ねぇ。コレも……」と続く。


そんなママが必至に防災グッズなど持たせないだろう。



(じゃあ、何が入ってるんだろう?)



面倒だと毎回思う程に重いこのリュックの中身を、今確認してもいいのだけど――

やっぱり、立ち止まり開けて中身を確認するまでは気にはならない。


ただ中身を想像してぶつくさ思うだけで、実際の答えは求めてない耀だった。


バックの中身を考えながら歩いていると、時折、チリンチリンと鈴の音がした。


そういえば、家を出て少し歩いたくらいから鳴ってた気がする。


そういえばずっと鳴っていると思った。

こうやって気づくまで、気にも止めていなかった。


猫の首輪に付いてる小さな丸い鈴が、動きに合わせてゆらゆら揺れる時に鳴るような軽快な鈴の音。



(何処から聞こえてくるんだろう? 近くに猫でもるのかな?)



――ああ、持つ手も指も痛くなってきた…


ずっと力を込めて握っていたせいか、リュックを持つ手の力が少しずつ弱くなる。



此処らへんで一度コソッと隠せる場所に置いておいて、沙也加ちゃんの家から帰る時に取りに来ればいいんじゃない?と狡い事を思ってしまう。


『こら!』

ママがまた怒ってる姿が浮かび溜息が出た。


また手から外れそうだなと重たいリュックをしっかり持ち直し、さぁ………!と前を向いたら――



知らない場所に立っていた。

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