第4話 悪夢再来

 翌月、みやたけ給食株式会社は事実上倒産した。


 耶宮やみや市のホームページ上で契約解除が公表されてから、みやたけ給食の資金繰りは急速に悪化した。主力銀行を含め、融資元の各金融機関は追加の担保を迫り、それが用意できないなら融資額を全額返済せよという。


 また、多くの取引先が、信用を失ったみやたけ給食が振り出す手形での決済を拒否したことから、食材の調達にも支障を来し、給食内容も仕様書に定められたものから大きく乖離した、非常に粗末なものになっていた。


 それは、本来の宅配弁当事業においても同様で、多くの顧客が離れていくのは当然だった。

 そして、みやたけ給食は資金繰りのため、消費者金融はおろか、闇金融にまで手を出すこととなり、ついに社長一族が夜逃げしたのだ。


 当初、契約解除の経緯については明らかにされていなかったが、市議会での質疑に対する答弁で、配送車を用いた回収の件が公となった。市民オンブズマンからは、「その程度のことで契約を解除して、再度入札を行うのは市税の無駄遣いである」との指摘があったものの、ことが衛生管理の話であることから、概ね妥当な措置であるとされた。


 だが、契約解除の期限まで、まだ間がある時期の倒産に、耶宮市も泡を食うことになった。つい先日、新たな給食事業者が決定したばかりのこの時期に給食事業が滞ることになれば、批判が集中することは目に見えている。そして再び、オンブズマンが騒ぎ立てることだろう。この事態に契約検査課長は頭を抱えた。


 そして、早急に手を打たねばと、次期給食事業者である「帝国フーズ」に業務履行期間の前倒しを打診すると、快い返事が返ってきた。


 東京に本社を置く、全国規模の給食事業者である同社は、今まで営業拠点のなかった耶宮市での足がかりとするべく、今回の入札に参加して落札した。

 そして、みやたけ給食の従業員をあらためて雇用するとともに、みやたけ給食の破産管財人から給食工場や配送車両等を購入し、新たに「帝国フーズ耶宮工場」として再生させることを約束したのである。


 地元の産業界や労働者団体からも、救世主として歓迎された帝国フーズ。その営業本部長が、今後の打ち合わせとして、市役所第二庁舎の教育委員会教育事務所を訪れていた。


「この度は、当市の無理を聞いてくださり、本当にありがとうございます。これで、子供達も安心して学業に励めることでしょう」

「そんなに恐縮しないでください。日本の将来を担う子供達の健やかな学習環境のために尽力させていただくことは、弊社の企業理念にも則しておりますので」

「ありがとうございます。それで給食業務はいつから始めていただけるのですか?」

「とりあえず、来週頭から耶宮新工場の体制が整うまでの間は、隣県の工場から配送致します。ですので、配送と回収は同一の車両を使用することになりますが、問題ございませんね?」

「ええ、もちろんです。今回の入札では、仕様内容を一部修正しましたので。そもそも、他の自治体では定めていないところも多いぐらいですしね」

「しかし、みやたけさんは、ついてなかったですな。今の仕様内容じゃ、全く契約違反にならないなんて」

「そこは申し訳ないとは思っているんですよ。でも、あの時点では契約違反には違いなかったんです」

「今回の入札は、プレゼンや試食会が省略された、純粋な価格競争入札だったのにもかかわらず、応札したのが弊社だけだったというのは、皆さん、みやたけさんの契約解除理由を恐れてのことだったのでしょうね。仕様内容が修正されたとはいえ、あの程度の話なら自分の所でもあり得るのではないかと」

「そうかもしれません。いやあ、本当に帝国さんが応札してくれて助かりました」

「ああ、そうそう、忘れておりました。実は耶宮工場の操業と同時に、耶宮市内への宅配弁当事業を開始する計画です。ついては、中学校への給食配送車の往路と復路において、他の顧客への弁当配送も併せて行いたいのですが、よろしいですね?」

「ええ、それは問題ありません。その点については従前より仕様書に定めておりませんでしたので、みやたけさんもそうされていましたよ」

「わかりました。いずれにせよ、私どもは仕様を遵守のうえ業務を遂行して参る所存です。ですが、一つだけ覚えておいていただきたい。弊社の法務部は、かなり優秀だということを」


 それから暫くは、どの中学校からも苦情はなかった。相変わらず冷めた弁当がまずいという意見は多かったが、そんなことはよくある話だ。次第に教育委員会の職員からは、不可解な苦情の記憶が薄れていった。


 ひと月ほどたったある日、教育委員会にあの中学校の校長から電話がかかってきた。それは、前回と同じような不可解なことが再び起きているというものだった。部下からその報告を受けた教育委員会主幹は、カレンダーの今日の日付を見た。そこには、“耶宮工場操業開始”とメモが記されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る