第2話 その給食は飢えを呼ぶ
「はい?」
営業部長は教育委員会主幹の発言の意味が理解できず、間の抜けた応答しかできなかったが、主幹は構わず話を続ける。
「その中学校の生徒だけでなく教職員も、お宅の弁当を食べると皆、元気もやる気もなくなるというんですよ。そのうえ、何をいくら食べても空腹感に襲われるそうで……。なかには、飢えに苦しむ妙な悪夢にうなされて、まともに眠ることさえできなくなる者も出ているそうです」
「……」
「ご存じのとおり、今年度からの給食制度導入に伴い、本市の中学校では給食の全喫食を原則としておりまして、家庭からの弁当持参を認めておりません。ですが、この事態がこれからも続くようであれば、いずれ認めざるを得なくなる。そうなれば、弁当持参を望む他校の生徒や保護者から不満の声が上がり、いずれ原則は瓦解するでしょう。それはつまり、学校給食法に定められた学校給食の普及に関する努力義務を、わが耶宮市が放棄するということになるのです」
「あの、良く意味が分からないのですが……」
「主幹がここまで申し上げたのに、分からないとは困ったもんだ」
再び口を開いた契約検査課長の冷たい言葉に、再び社長の顔面に血流が戻ってきた。
「ええ、分かりませんね! 元気が出ないってどういうことですか! 悪夢を見るってなんですか!? 腹が減るのがうちの給食のせいだって言うんですか!? ふざけたことを仰らないでいただきたい!!」
「弊社の社員は全員まかないとして、学校給食と同じものを昼食に食べていますが、そのような報告はございません。そして、給食と同じものに少々総菜を追加して、他のお客様にもお届けしております。しかしながら、そのようなお叱りは頂いたことがございません」
「課長さん。あなた、さっき、給食を召し上がったことがあるって仰いましたね。で、どうだったんですか。元気がなくなりましたか? やる気がなくなったから、こんな世迷い言を仰ってるんですか!?」
「あのねえ、社長! あんた失礼だよ! 仮にやる気がなかったら、誰が好き好んでこんなことをするものか! 私だってね、契約解除なんかしたうえに、また入札なんていう面倒くさいこと、やりたくはないんだっ!!」
契約検査課長はその本音を大声で吐き出すと、これ以上ないほどに不機嫌な顔で腕を組んだ。
「で、どうだったのかね、課長。弁当を食べて感じたことはあったのかね」
「いいえ、何も。まずい以外に何もなかったですよ。まあ、私が食べたのは、苦情の出ていない学校の分でしたけどね」
「それじゃあ意味がないだろう。あの中学の配膳分を食べないと――」
「それで、私の身に何か起こったらどうするんです? 総務部長は、それでも私に試せと仰るんですか」
「いや、そういうわけではないがね。だが、今日もあの学校の生徒達は給食を食べているんだから、もう少し言い方を考えたらどうかね」
総務部長は不機嫌な課長に少々意見をすると、あらためて給食会社の社長に向き直った。
「まあ、そういうわけで、御社との契約は再来月末で解除し、その後は来月行う入札で決定する別の事業者さんにお願いすることになります。この入札には、残念ながら御社には参加いただけませんが、そこはご了承願いますよ」
「いや、ちょっと待ってください。それでは、苦情の出ている学校だけ他社さんに納入してもらって、他の学校については弊社が引き続き受け持つというのではいけないのですか?」
「あんた方も分かってるだろう? 学校一つの生徒数だけでは利益が出ないってことぐらい。市内の全中学校を一括して受注できるスケールメリットがあるからこそ、あんた方も昨年の入札に参加したんだろうが。そんなことぐらい、うちでも初っ端に検討しているよ。そして、すぐに没になったに決まってるだろ」
「でも、あまりにも酷いじゃないですか! そんなはっきりしない理由で契約解除だなんて! そもそも、うちの給食が原因だって言う根拠なんてどこにもないでしょうが! その中学校に問題があるのかも知れないじゃないですか!!」
「なんとかお考え直しいただけませんか。弊社は仕様を満たすために、多額の融資を受けて設備投資をしております。弊社が給食事業から締め出されたと世間に知れたら、弊社の信用はがた落ちです」
「それはあんた方の問題で、市には関係のないことだ」
「分かったよ。それじゃ、うちは出るところに出るだけだ。契約違反なのは市の方なんだからな。うちにはやましいところは何もない」
「どうぞ、ご勝手に。どれだけ時間がかかるか知らんけどな」
「本件は会計検査院にも通告させてもらいます。不透明な理由による契約解除が行われたうえ、新たに入札を実施することで、公共の利益に反するおそれありと」
営業部長が会計検査院の名をあげると、途端に横柄だった契約検査課長の顔色が変わった。
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