きのこ たけのこ どっちの子


「──あははっ、くっだらねぇ~!」


 文学部の部室に青木の笑い声がこだまする。部室の窓際でグラウンドを眺めていた赤松は、その声に導かれるようにして、青木の所へと向かった。


「ん? なにを読んでいるんだ? 雑誌か? 面白いのか? 何が書いてあるんだ?」

「うおい赤松! なんで俺と、俺が読んでる雑誌の間に割って入ってくるんだ! 邪魔だろうが!」

「すまない。すこし気になったものでな」

「気になったとしても、このスペースには入らないだろ。猫かおまえは」

「アッハッハッハ! 俺が猫に見えるとは相当重傷だぞ、青木よ!」

「例えてんだよ、バカヤロウ!」


 赤松は笑いながら場所を移動すると、会議用テーブルの上に腰かけて続けた。


「──して、なにを読んでいたんだ?」

「ああ、これか? いまとある記事を読んでるんだけどよ、それがくだらなくて……へへへ……」

「どんな記事だ?」

「ああ、よくあるやつだよ。たぶんおまえも聞いたことある」

「ほう。そいつは興味深いな、読み上げてくれないか?」

「いや、自分で読めよ」

「すまない青木。この俺に活字は似合わない」

「逆に誰が活字が似合うんですかね!?」

「頼む。ここの所、夜にスマホばかりいじっていたから、目が痛くてかなわんのだ」

「早く寝ろ! おまえは!」

「くっ、俺はブルーライトが憎い……!」

「ブルーライトはおまえの何なんだよ。……たく、しゃあねえな……」

「大きな声でハキハキと頼むぞ!」

「注文が多いんだよ! ……てか、べつに読み上げる必要もねえよ」

「そうなのか?」

「まあな。赤松もたぶん食った事あるだろ? 〝きのこの山〟と〝たけのこの里〟についてだ」

「無論だ」

「それについての論争だとよ」

「ほう?」

「昔からあるだろ? きのこの山のほうが優れてるとか、たけのこの里のほうが美味しいとか」

「そうなのか?」

「あるんだよ。聞いたことないのか?」

「フム……ないな。ただ──」

「ただ?」

「そうやって企業の同系統の商品で消費者間の対立を煽り、購買意欲と信者性を高めるというマーケティング戦略は耳にしたことはあるな」

「それだよ! それの事を言ってんだよ! 何あえて難しそうなほうに言い直してんだ!」

「なんだ。それの事だったか」

「なんのことだと思ってたんだ、おまえは」

「それで、それがどうかしたのか?」

「いや、昔から事あるごとにこの論争が展開されてるだろ? その度にきのこの山派の言い分が苦しく聞こえてな。さっき赤松が言った通り、マーケティング戦略だから、実際、何もかもが劣ってるほうのきのこの山を、何とかして持ち上げようとしてるのが笑えるんだよ。……ははは、くだらねー」

「おい、青木よ」

「……な、なんだよ。そんな親の仇のように睨んできて……」

「貴様、〝きのこの山がたけのこの里より劣っている〟と、そう言うのだな?」

「あ、ああ……」

「こんの……バカ者ォォォォォォォ!!」

「ええっ!?」

「その逆だ! きのこの山が、たけのこの里より優れているのだ!」

「はあ? どこがだよ?」

「すべてにおいてに決まってるだろう!」

「いやいや、だって、べつにきのこの山って、きのこの山じゃなくてもいいじゃん」

「なんだとォ!?」

「他にも類似してる商品はいっぱいあるって意味だよ。あのビスケット生地とチョコレートの組み合わせなんて腐るほどあるし、わざわざきのこの山を選んで買う必要が無いじゃん」

「フン、所詮は青木もただの青木だったというわけか……」

「どういう意味?」

「浅い! 浅すぎる! 底が知れるのだ、貴様は!」

「じゃあ反論してみろよ」

「反論する必要がどこにある? 全てにおいてきのこの山が上を行っているのに?」

「だから、どこが優れてるのか言ってみろよ」

「フン。俺は今からきのこの山の良い所を一兆個言うが……、果たして貴様はついて来れるかな?」

「誰のギャグだよ。さっさと言え。十個ぐらいは聞いててやるから」

「よかろう! まずは……、ウマい!」

「……さっそく身も蓋もねえな」

「そして……生地がサクサクとしていて食感がいい!」

「だから、それべつにきのこの山じゃなくてもいいだろって」

「そんなことは……………………ない!」

「せめてちゃんと反論してくれ……」

「三つ目! 見た目が可愛い!」

「……もうネタ切れか?」

「何を言う! 食において見た目は重要だぞ! いくらウマい飯を提供されても公園の便所横では臭くて飯がまずくなるだろう!」

「いやいや……」

「逆もまた然りだ! 高級レストランで出されたものがたとえまずかったら、『あ、コレそういうやつなんだ。俺の口には合わないやつなんだ』……と納得してしまうだろ!」

「……まあ、たしかにそうなるかもしれないけど、極端すぎないか? 俺たちが議論しているのは、あくまでもキノコタケノコであって──」

「──四つ目!」

「お構いなしだな! もうちょっとかみ砕いてから先に行こうぜ!? 何? 一通り良い所を言ってから議論するパターンのヤツ?!」

「いや、おまえの戯言は聞いてられんからな。これ以上議論しても無駄だと思ったから、次へ行っているまでだ」

「なんという独裁者だ」

「ほう? 青木よ、貴様が俺を独裁者となじるか」

「俺の意見を全く聞かないで次々と話を進め、勝手に結論を出すのは独裁者のやり方だろ。何か文句でもあるのか?」

「ない! 以降、俺の事は独裁者赤松と呼べ! いいな!?」

「気に入ってんじゃねえか!」

「四つ目!」

「だから聞けって!」

「もちやすく、手が汚れづらい」

「……ま……まあ、それは重要だな。たしかにゲームとか漫画とか読んでる時って極力手は汚したくないからな……それはわかる。たけのこ食べてると、ほぼ必ず手が汚れるし」

「ククク……そうだろう? そうだろう?」

「まあでも、はじめてまともな意見を言ったんだから、これで一個目な?」

「五つ目! ……もちやすく、手が汚れづらい!」

「味を占めてんじゃねえよ! なに自信満々に同じこと言ってんだ! 一度採用されたからって次も採用すると思うな!」

「そ、そんなぁ……」

「情けない声を出すな!」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ……!」

「なんだ、もうネタ切れか? 案外呆気なかったな……」

「──では、俺からも訊こう!」

「なんだよいきなり」

「青木よ……貴様は本当に〝タケノコ〟派なのか?」

「は? ど、どういう意味だよ……」

「貴様は……いや、貴様らタケノコ派とやらは、本当にたけのこの里を好んで食しているのか?」

「そ、そんなの当たり前だろ……! 何言ってんだ!」

「フン、俺にはわかっているぞ青木。貴様らはな……ただ〝感覚〟で〝何となしに〟タケノコ派についているだけだ。もっと突っ込んで言えば、〝消去法〟で選んでいるだけに過ぎない。……なあ青木よ、おまえはこれまで一体幾つのたけのこの里を食べてきたんだ?」

「な、何を……!」

「青木、貴様は最初に言っていたな〝きのこの山を食べるなら、べつにきのこの山じゃなくてもいいんじゃないか〟とな」

「く……!」

「それは本当は、おまえ自身に言っているのではないのか? おまえはたけのこの里が好きで食べている……というよりも、〝キノコ派かタケノコ派か、どっち派かと訊かれたら、とりあえずキノコはあまり好きじゃないから、タケノコ派〟と惰性で答えているだけではないのか? ええおい?」

「そ、それは……!」

「いいか、俺は……俺たちキノコ派はな……! きのこの山が好きで好きでしょうがなくて、きのこの山を選択しているのだ! それをなんだ? 片手間で、他にも色々な菓子を食ったりしているタケノコ派おまえらが、どの面下げて〝派閥〟だなんだとのたまっているんだ!? ああン!?」

「ぐ……ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「いいか、よく聞けタケノコ野郎。二度と俺たちキノコに楯突くんじゃないぞ……! わかったなァ!」

「く、クソ……クソ……クソ……クソがァァアアアアアアアアアア!」

「フン、ザコめ」


 赤松はそう吐き捨てると、自身の鞄からきのこの山を取り出して、パッケージを破り、青木に手渡した。


「……ただ、俺たちキノコは懐が深くもある。青木がこれよりキノコ派につくというのなら、俺はそれを歓迎しよう。さあ、食せ! そして寝返るんだ! 青木!」


 青木は赤松からチョコを受け取ると、おそるおそる口へ入れ、ゆっくりと咀嚼し、言った。


「──やっぱべつにきのこの山じゃなくていいや」

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