とある学生たちのしょうもない会話

水無土豆

おっぱいの話


「青木。おっぱいってさ……、どう思うよ」


 放課後。

 文学部の部室にて読書に耽っていた俺に、赤松が話しかけてきた。

『おっぱい』という不穏なワードを発した割に、ひどく悲壮感漂う声だ。

 俺はなんとなく今読んでいる本から、視線をチラリと持ち上げた。

 赤松は某新世紀なんとかゲリヲンにでてくる、司令のようなポーズをとっていた。


「どうでもいーよ……。その漫画、黙って読んどけ」

 俺がそう言うと、赤松は漫画を窓から放り投げた。

「青木ぃ。おっぱいってさ……、どう思うよ」


 俺はため息をつくと、読んでいたページにしおりをはさんだ。

 つぎにすこし腰を浮かせ、制服を整え、ネクタイをしめ直して赤松に向き直った。


「何の話だ」

「乳だよ乳。俺たち思春期男子の視線をガッチリ掴んで離さない、女子達の胸にぶら下が

っている脂肪の塊の話をしてんだよ」

「わかってるよ。それがどうしたって聞いてんだ」

「どういうのが好みか、を聞いているんだ」

「俺は……大っきいのが好きさ」

「フン、青いな青木。だからお前は青木なんだよ」

「なんだと? お前の画像フォルダの中にある乳も99パーセント大きいやつだろ」

「……貴様、もしかして見たのか青木?」

「…………………」

 墓穴を掘ったようだ。

「……まあいい。俺が思うに、おっぱいは『大きければいい』なんてほざいているのは、

幼稚園の年長さんまでだということだ」

「どういう事だ」

「つまりだな……理性によって律された健全な思考を持っていれば、巨乳が好きなどとい

う、本能剥き出しの本能寺のような思考などはしないって事だよ」

「………………」

 本能寺は関係あるのか?

「『乳が飲みたいなら、牛乳でも飲んどけ幼稚園児が』ってな。……いいか、真の文明人

はな、貧乳をこよなく愛する者のことを指す」

「なっ、ひ……貧乳……ッ!? もういちど言ってくれ。おまえは今、何と言った!?」

「ああ……、『貧乳』だ」

「お前、貧乳のどこに魅力があるって感じてるんだよ。さてはロリコンか貴様! 寄る

な! ケダモノ!」

「結論を急ぎすぎるな幼稚園児。俺がロリコンだという事は決してない。……それは、お

前も知ってるだろう?」

「……なら聞こう。お前は貧乳のどこに惹かれてるんだ」

「形さ!」

「形だと?」

「そうだ、フォルムだよ。あの洗練され、無駄という無駄を一切排除したかの様な美しい

フォルム。駄肉の様に無駄に揺れることの無いあのフォルム! まさに文明人の理想を具

現化し体現させたものだ。……貧乳とは! いいか、よく聞け、貧乳とは! 神が我々に

授けてくれた、一対の宝玉といっても過言ではない。さらにだな――」

「もう……、いいんだ赤松」

「………………なにがだよ」

「自分を誤魔化すのは、もうやめろって言ってんだ。いくら仕方がなかったとはいえ……

お前の彼女は世間を欺き、お前まで欺いていたんだ。許されるハズがない」

「はあ? 欺くだと? 俺は欺かれたつもりなど、毛頭無いッ!」

「なら……お前達が付き合い始めてたとき、お前は彼女の乳ばっかりを俺に自慢してたじ

ゃねえか! あれはなんだ? あの気持ち悪い舞はなんだったんだ?」

「そ、それは……ッ!!」

「先週、お前の彼女がカミングアウトしてきてから、悲しい自己暗示ばっかりかけてるよ

な。今だって、頬がこけてるじゃないか。いいかげん素直になれ。赤松よ。お前は巨乳が

好きなんだ」

「やめろ! 俺は、彼女の……彼女の、貧相な乳を愛しているんだ!」

「目を覚ませ赤松。俺たち思春期男子のアホ共は、あの無様にぶら下げられた駄肉の大き

さで女子の価値を決定づけているんだ。いくら理性でそれを抑え込んだって意味無いんだ

よ! 抑え付けられた理性は時として、堰を破壊し、鉄砲水のように理性を呑み込む、お

前が今流している涙がその証拠だ! その涙が心の鉄砲水だ! 貧乳好きは二次元だけに

しとけ!」

「う、うるせぇ! おまえなんかに何がわかるッ! バーカバーカ! お前の母ちゃんデ

ベソ!」

「テメェッ! 俺のカーチャンを!」

「なにをする! ポケットに手を突っ込むな!」

「ほら、これを見ろ! お前の携帯にある画像フォルダだ! しこしこ集めたお前のフォ

ルダを彩る、このいかがわしいピンク色の画像群はなんだ! 全部、巨乳じゃないか! 

あとでください!」

「ぐ……っ! それを俺に向けるんじゃあ……ないッ!」

 赤松は己の携帯を取り戻そうと、俺に飛びかかってきた。

 しかし、所詮は混乱しているだけの淫獣。その動きは見切りやすく、俺は華麗にサッと

いなした。

「いいか、お前はこれを削除し倦ねている! お前が本当に貧乳好きなら、今ここで、お

前の未練を俺の携帯に移したあと、俺が断ち切ってやる!」

「や、やめろ、やめてくれ……それだけは……っ!」

 赤松は膝から崩れ落ちると、ガックリうなだれた。

「ここには……お前の愛が詰まっている。巨乳への愛だ。それはまさに、何人たりとも侵

すことはできないサンクチュアリだ。おまえが貧乳好きだからと言って、簡単にかなぐり

捨てられるものじゃない。俺は確かにここに、お前の愛を感じたッ! ……いい加減目を

覚ませ、赤松。お前は巨乳が好きなんだ」

「あ……、青木ぃぃ……っ!」

「そして、俺のカーチャンは決してデベソではない!」

「ぐ……、うわぁぁああああああああん!!」



「目が覚めたよ青木。清々しい気分だ。……俺は巨乳を愛している! 脂肪の塊を愛して

いる! 走れば揺れる駄肉を愛している! 貧乳などくそくらえだ!」

「そうだ。それでこそ赤松だ。変態紳士という名の汚名を被るに相応しい漢だ」

「フッ、ありがとうな青木。またおまえに救われたようだ。……俺はこれから、真実の愛

を探求するよ!」

「赤松君、いますか?」


 突如、部室のドアが開くと女子生徒が顔を覗かせてきた。

 彼女が赤松の彼女である黄瀬女史だ。世間を欺き、赤松をも籠絡させた悪女だ。


「……行ってこい、赤松。おまえの思いの丈を、彼女にぶつけて来い」

 赤松はコクリとうなずくと、颯爽と悪女の元へと向かった。


「あ、あのさ……、黄瀬さん……悪いんだけど……」

「赤松君! ごめんなさい!」

 黄瀬女史はいきなり体を折り、赤松に謝罪をした。

「え、……え? 何が?」

「私、嘘ついてて……赤松君かっこいいから不安で……」

「……え? ……え?」

「あの、怒らずに聞いてね」

「う、うん」

「えっとね、友達が『赤松って巨乳好きだから、貧乳って事カミングアウトして、それで

も別れなかったら本物だよ』って言ってきて……そんなことはないって思ったんだよ? 

でも私、やっぱり不安で……、それで赤松君を試してたの。ごめんなさい」

「え、てことは?」

「あ……うん、あの写真はニセモノなんだ……」

「……マジ?」

「ごめんなさい。こんな私だけど、これかも付き合ってくれますか……?」

「あ、あたりまえじゃないか! ……やったぁ! やったよー! 青木! 俺は真実の愛

と巨乳。その両方を手にいれたんだ!」

「爆ぜろぉぉおおおおおおお!!(おめでとう赤松)」

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