第11話 “水”の流れ往く処は、“水”しか知らず

朝、目覚めてみると、そこには私しかいなかった。

そんな―――……私が眠りに就く前までは、あの人達はいたのに!


その時私は「らしく」なく、狼狽うろたえてしまっていた。 そう―――私は、こんなこと(周りの皆が突然いなくなってしまった)くらいで狼狽うろたえてしまう者ではなかったはずだ。

だけど私は不安に陥ってしまった、私が信頼する「友」は? 私が敬愛する「主」は? 私が期待をしている「後継」は? 私が愛する……「彼」は??

しかし判っていた事だったが、それは所詮無駄だと言う事だ。 何しろここは私が今までいた世界とは違っている様なのだから。


私が今、身を置いている「世界」は、どうやら身を置いていた「世界」とは違う事は、ここ数日で判って来た。

だから今、私がやるべき事は『元の世界への帰還』の模索なのだ。

それにしても、幼い身体とは不便なものだ。 どこをどうというわけてでもないのだが、どくことなく融通が利かぬ……


「あうっ。」


情けないものだ…歩く事も儘ならないとは。


          * * * * * * * * * * *

すると―――どう言う事なのだろうか、誰もいないこの住居に“誰”かが来た……雰囲気からすると「物盗り」ではないみたいだが、だとすると何かの用向きなのだろうか。


「お邪魔しまぁ~~…………よし、誰もいないようね。」


「だれ。 なによう?」


「うわひゃぁああ~!て、なんだ脅かさないで……よ?? あなた誰?」

「わたし…は、よくわからない、けどあなただれ?」


「あ゛~~~……ひょっとすると、報告に上がっていた「記憶喪失の子」ってあなたの事ね。 私は『混沌』の勢力に属するヴァンパイアの『シャルマン』、エメスよ。」

「う゛~~~? ?? こん…とん? しゃる…まん?? えめす???」


「あ゛ーーーゴメン、なんだか一度に話し過ぎちゃったみたいね。 まあ取り敢えず私の事は「エメス」でいいわ。」

「え…メス? メス―――」


「エメスよ、変な処で区切らないで、解釈が可笑しくなるから。」

「うん。わかったメス。」


だーーーから違うってのに! て言うか、何こんな小さな子を相手にムキになってんだか。 まあいいわ、取り敢えずの処は目的とは接触済み…あいつらが戻らない内に聴取済まさないとね。


ここでなぜ私(エメス)があいつ(アベルのヤツ)の「拠点の家ホーム」に来ているのかと言うと、同じ『混沌』勢力のアンデッド―――『リッチー』たるミリアム様に言いつかせられたからである。

それにしても……どこの子なんだろう、特徴としては「エルフ」には似通っているけれど、どことなく違う感じがするし………

「ねえ、あなたは一体誰?」

「……わからない、きがつくとここにいた。 ねえ、メス―――わたし、いったいなんなんだろう」


「だからねえ~私は「メス」じゃないんだってば。 けれどまあ、記憶を失ってているってことは確定でいいわね。 それじゃ私はお暇するとするわ、じゃあ―――」


「まて」

「ね゛っ!? て……急に後ろから髪引っ張らないでよ!」


「ひとりにしちゃ、いや」

「(あ゛~~~)一緒にお留守番しろ―――っての?」


「そだ」


え゛え゛え゛え゛~~~それ困るんだけどなぁ。 だって今回の事はあいつらがいない内に、報告に上がっていた「記憶喪失の子」の事を調査するだけだったしい。


しかし私は結局の処、断り切れずあいつらが戻ってくるまで待った。


       * * * * * * * * * * *

「―――おっ?エメスお前、オレ達がいない間に勝手に入り込んできやがって、いくらお前が怪しんだところで変なモノは出ねえぞ。」

「う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……仕様がないじゃない、ミリアム様に言われなきゃ私だってこんなところなんて来たくなかったわよぉっ! そーーーれに、いるじゃない。」


「ははぁ~ン、するってことはお前が住居不法侵入してまでいるってことは、あのおこばあちゃまに言われてなのか。 クックック、同情するぜえ~?箱入りおぢょう様。」

「くぅ~っ!あんたねえ言ってなさいよ! この侮辱は報告がてらミリアム様にしてあげるからね。 それより、この子は一体どうした事?」


「本人自体がワケ判ってねえんだ、オレ等が判るわけねえだろ。」

「まあ、それはそうね……。 それって言うより他の人達はどうしたの、まだ戻ってこないの?」


「ああ……まあ―――ちょっと今日は居心地悪くってな、早引けしてきた。」

「なんかあったの?」


「うるっせぇな。 なんでそんなことまでお前に言わにゃならんのだ。」

「悪かったわよ……だからと言ってそんなに怒ることないじゃない。」


今の私を保護してくれている者達の“長”と見られる男が帰って来た。 しかしどうやら2人のやり取りを聞いてみると、彼だけ早めに戻ってきたようだ。

その原因を尋ねる知人らしき女―――すると男は少し怒ったようだった、どうやら男は自分の事をあれやこれや詮索される事は嫌うみたいである。

それにこの女も―――他人である私の視点から見ても、“嫌”とは言ってはいるものの本質的な処ではがっている様には見えなかった。

その事に、この女に命を下した者は、この女の心情をよく掴んで捉えているように思える。 そこまで頭が回ると言うなら、現状の私の苦境を解決してもらえるかもしれない。

そう思い、私はある行動に出る事にした。

「おい、メス―――つれてけ」


「(あ、喋った……)てより、なんだあ?『メス』って。」

「ああっ!こっ、コラあ~! 私は『メス』じゃなくて『エメス』なの! もお~~ちゃんとしてよねえ!?」


「おやおやおや、「メス」ちゃんはこんなちっさいお子ちゃまにもバカにされてるんでちゅかあ~?」(クケケケ)

「あ・ん・た・ねええ~!」

「おい、おまえたちの、なかむつまじきはよくわかったから、いまはわのいうことを、きけ。」


「このお子ちゃま……急に喋り出すようになってからは、ずいぶんとキツイ言い方してんなあ。 ま、お前頼られているみたいだから後の事頼んだぞーーー」

「え?? ちょ、ちょっ……この子ってあんた達が拾って来たんじゃないのぉ?」


「まあ正確に言うなら、イザナギのヤツが連れてきたんだがな。」

「そ、それじゃそのイザナギって人の意見を聞かなくちゃ……」

「はやく、しろ。 かのものがもどるまで、おまえにしめいをあたえたもののところまで、わをつれてゆくのだ」


こうして私は、半ば強引強制的に、この高圧的な子供をミリアム様のところまで連れて行くことにした。


        * * * * * * * * * * *

「な、なんだと? あの子を『シャルマン』に引き渡したと言うのかあ?」

「ああ……いや実はな、あの子が急に喋り出して、あの子自身がエメスに指令を下したミリアムちゃまに会わせろと言ってきたんだよ。 まあオレとしてはそっちの方がこの奇妙な疑問が解決するんじゃないかと思ってな。」

「団長様がそこまでお感じであれば、私としては何も言うべくもございません。」

「しかし、旦那様が機転を利かせて「録音ボイス・レコード」を発動してくれましたから、その時のやり取りが鮮明に分かりますね。」

「それにしても高圧的……と言うより最早、支配階級の座にいる様な人達の様な喋り方をするものですね。」

「そうね、どことなく旧い言い回しが気になるわ。 ―――それよりどうしたの?アベル。」

「うん―――? いや……こいつを見てくれ。」

「ああっ! 水……水ではないか! ああああ~~~っ…折角床を綺麗に拭いているというのに……。 一体誰なんだっ!こんな悪さをしでかすのは!」


「この位置……って、イザナギが拾ってきた子がいたところですよねぇ。」

「なにっ?そ……そうか、それは致し方のない―――」

「お前……いや、もういいわ。」

こいつらがいない間、オレの一存のみでエメスに引き取られた(と言うより、あの子供自身からエメスに『連れて行け』と言っていたようなもんだしなあ)事に、あの子供を拾ってきたイザナギが珍しく強めに咬み付いて来た。

とは言え、まだ子供とは言え自分の主張をはっきりと言ってきたのだ、ここはその子供の主張を受け入れるべきだろう。


それよりもまだ過敏に反応したのは、この「拠点の家ホーム」の床に、なぜか水が落ちていたのである。

日頃オレ達の現実世界では、自分ちの道場の床の乾拭きを徹底的にしているイザナギからすれば、寧ろそちらの方が大事おおごとのようで、尻に火が着いた猪の如くに怒り狂っていたのであるが、いつも定位置にいたあの子供の事を記憶していたノエルからの一言に、途端に矛先を納めやがったとは……オレは呆れる一方で、益々あの子供の事に興味が惹かれていた。(とは言っても、「性的」な意味ってなわけじゃありませんよお?)


        * * * * * * * * * * *

それはそうと私(エメス)は、この謎の子供の言われるがままに、今回私に調査を依頼したミリアム様の処に戻っていた。

すると―――開口一番……


「(……)エメスよ、仕方のない奴だ。 我はそなたに『対象を調査して来るよう』言い付けただけ……なのに、まさか対象そのものを連れてきてしまうとはな。」

「あ……あぁ、すみませ―――」


「そう、このものをせむるでは、ない。 ひとえに、このわがおどしつけたがゆえ、いうことをきかねばならなかったまでの、はなし…」

「(……)望まれぬお客人よ、本来は歓迎してやりたい処なのだが―――」


「よい、じじょうはどことなくわかる。 だが、わがしりたいのは、わのことなのだ。」

「そのご様子ではお客自身、自身の事を知らぬのでは? 自分自身の事を判らぬ事を、赤の他人の我に訪ねられてもな。」


「わかっておる、そのようなこと。 だが、わは“みず”をあやつることにかんしては、すこしばかりこころえがある。」

そこで私は、簡易的な「水操」の術を見せてみた。 それは本当に基礎的で簡易な事、けれど彼女達の“私”を見る目が、変わった……。


「(そ……そんっ、な?!)」

「(……)そなた、それほどの術が扱えるか。 不思議なモノだな、それで尚そなた自身の記憶コトが失せている―――と言うのは。

まあよい、少しばかり我の方でも調べてみる必要があるようだな。 それでお客人、お客人を保護したのはイザナギなる者で間違いないかな。」

「あのものは、なかまうちからもそうよばれておったみたいだ。」


「判った。 エメスよ、我は用向きの為にあやつらに会う事にする。 それまでの間お客人の世話を頼んだぞ。」

「あっ、お待ちください、ミリアム様! 今単独でお動きなるのは危険かと、現に「あの者達」は……」


この期に及んで『あの者達』等と言うような意味ありげな言葉を……しかしなるほど、この状況好ましからざるようだ、ならば少しの間大人しくしておいた方がいいみたいね。

「わのじじょう、くんでくれてなにより、かんしゃいたしたまはる。 それに、ここにきたらば、いかばかりかわかるものとおもうたのだが……」

「済まないな、お客人―――」


「ぜひにあらず。 まあなみをたてるのも、いまはりのないはなし。 ゆえにわはたちもどりておとなしくしておろう。」


この子、なんて大人びた発言を―――それにあの“水”の術にしたって、初期ながらもよく操作できている……そうまるで自分の手足を操るかのように。

それに私は、お父様からの話しにより、「ある存在」の事に気付き始めていた。

それも皮肉な事に、この子供と同じ様に水を手足の如く操り、古き時代のこの世界を恐怖のドン底に落した“厄災”によく似ている……

けれど不思議な事に、同時にその者の存在や所在はこちらで把握済み―――で、あるのに……??



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