第62話 もしも、私が魔王ではなくなったら

“それ”当然だった―――“それ”当然だった……。

今の私は、「エルフの魔王」であって、「エルフの魔王」ではない。 言うなれば「裁判の判決を待っている被告人」のような存在だ。

私の罪なるところは、この世界の根底から揺るがしかねない事を主張し、私の種属であるエルフはもとより、この世界を混乱に導いてしまった事にある。

そこで、私が所属をしていた『秩序にして善』の勢力の統括であるエンジェルが、どうにかこの私の暴走を食い止めるためにある世界から「召喚」を行った。

そしてこの世界に呼ばれた者こそ、こうした混乱時の為に最適任の人材を見極める為に幅広く散布してバラまいていた「プログラム」なるもので強さを極めた者、「アベル」だったのだ。


しかしこの「アベル」は、基本召喚主である『サンダルフォン』の言う事は聞いているが、実に「やりたい放題」……まあそこが彼らの言う処の「悪」と言う事なのだそうだが。

そう……「悪」、この世界の混乱を救う為に召喚された者こそ「悪」そのものだったのだ。 そんな彼に保護され、彼の仲間達とも仲良くなり、やがて私は元の地位「エルフの魔王」としての座位くらいを取り戻せたのだが、一方で私が「エルフの魔王」の座位くらいに返り咲いた事を快く思っていない者達もいたのだ。


それが、まだ私が「エルフの魔王」の座に君臨していた時、私のやる施政をその傍らで補佐し、よく扶助けてくれた者―――官僚達を良くまとめ、そのトップに就いていた者。


「宰相」、『イースレイ』たるウインスレット。


私にとって彼は幼い頃からの馴染みで、私のやりたい事を一番に理解してくれている―――はず…だったのに。


「どう言う事!『イースレイ』―――これは一体何の冗談?!」

「『イラストリアス』、もう現実を見つめるべきです。 いつまでも浮世の世迷い事を標榜しているだけでは、この国は自然消滅してしまう。」


「何を言っているの……?いつもは私の主張を受け入れてくれてたじゃない。 それがどうして―――」

「それが『浮世の世迷い事』なのです。 魔王の座位くらいに就くまでは、それは「夢見がち」で済ませられる事でしたが。 ですが……もう、私の処理能力では追い付かなくなってしまったのです!千人長―――速やかに拘束、捕縛を……」

「畏まりました―――ウインスレット卿。」


その後の顛末は、もう語らなくても判っている通り。

そして今―――なぜこのような事を取り沙汰しているのかというと…


         * * * * * * * * * * *

「えっ―――どう言う事です?」

「たった今、レクチャーしたはずだが? ナウを以てユゥーは魔王ではなくなったと……」


「だから―――どうしてなんですか!」

「今までは、暫定的に君を据え置いていたに他ならない。 君が混乱に招き、一度『混沌』に変わりそうだった君の国を、では誰が責任を持って『秩序』にしてくれるか。」


「え―――っ…それって……」

「ま、そゆ事や、こんな貧乏くじみたいなんを引き受けてくれる~っちゅう、言うたら気の毒な人がおらんでなあ?」

「だが、我々の粘り強いネゴシエイションの甲斐あって、引き受けてくれる者が出てきたのだ。」


「ま―――まさか……」

「そう、お察しの通り、君が魔王だった時、宰相としてよく君を補佐してくれていた『イースレイ』……ウインスレットだ。」


その事実を知らされてしまった時、私はしばらく考えがまとまらなかった……

私が魔王だった時、私の事をよく補佐してくれた彼が―――…なぜ私の後釜を??

その時の私は―――私の内では憤っていた……憤りを越してもはや憎悪さえしていた。


なんだ……所詮、綺麗事を、美辞麗句を並べた処で、同じじゃない―――あなたも所詮は!!


「一言断っておくが、彼は私達からの提言をすぐに受け入れたわけではない。 彼なりに逡巡をし、長らく悩み抜いた上での結末こたえだったと言う事を言っておこう。」


―――何を言っているの?この人達……そんなはず、ないじゃない……

所詮彼も、成ってみたかったのよ……魔王という存在に。

―――そうよ……きっと、そうなんだわ……


「余談になると思うが、伝えておこう―――

『私は、あなたの大切なものを奪う事になるが、それもあなたの為を思っての事……恨むなら恨んでくれても構わない』

……と、言う事だ。」


―――そうよね、彼なら……

そして私の所為で傾いてしまったこの国を、元に戻してくれるのも……


それは、この日を境に、本当に私が魔王ではなくなってしまった瞬間だった。


        * * * * * * * * * * *

「ただいま。」


「おう、戻ったか。 それよりどうしたんだ?何かあったのか。」

「そう言えば今日は、例の一件での裁決が下りる日でしたね。」

「まさか、その事が原因で?」


ああ、鋭い処を衝いてくるなあ。 けれど、どうしよう……なんて言おう。

いつもの様にお道化どけた感じで煙に撒いてしまおうか、それとも真に迫って真剣に言おうか……

この際に至っても、私は迷い惑っている。 だけど、私が魔王ではなくなってしまった事を伝えて、この人達はどういう反応を示すのだろう。


きっと―――……

私が今日こんにちもって魔王ではなくなったことを知ってしまえば、今まで私を構ってくれたこの人達も……


「あら、シェラフィーヤ戻っていたんですの? 何でも町はあなたの噂で持ちきりよ?」


ああ―――最悪なタイミングで最悪な人が外から戻って来てしまった。

しかもおあつらえ向きに、私に関しての“噂”を知ってしまったらしい。


まずいわ、このままでは―――その“噂”はクローディアさんの口よりもさきに、私自身の口で言わなければ。

「あのね、皆聞いて。」


その私からの言葉に、皆の視線が集中する―――耳が集中する。

その「注目された」事に対し、私は一瞬躊躇たじろいでしまう。

いけない―――ちゃんと話さなくちゃいけないのに……


「どうたんだ―――おい、何か言いたい事でもあるんじゃないのか。」

「ないのでしたら、わたくしが―――」

「クローディア。」


その、イザナミさんの言葉で、私は理解をした……

ああ―――なんて私はバカなんだ……私が、なんて話そうかと惑っていることなんて、この人達には判っていたんだ……そう、この私が、今日こんにちもって魔王ではなくなってしまった事など―――

「あの……ね、笑っちゃうような事なんだけど、さ。 私もう、魔王じゃないの、魔王じゃ……なくなっちゃったの。」

「ふうーーーん、そ、か。」


「あの、ね。 だから私の事を見捨てないで?私はもう魔王じゃなくなっちゃったけど、迷惑掛からないようにするから! だからこれからも一緒にいさせて?!!」

ああ……っ、何言っているんだろう私―――また自分の都合の好いように、自分勝手な事ばかり言って……


だけど、私のアベルから返された答えモノは、私の予想とは違っていた。


「あ?お前……オレ達から外れてこれから一人でやっていくつもりか? ヤメとけヤメとけ、そんなん『これから周りに迷惑かけます』ッて言うフラグじゃねえか。

それよりもよ、そんなお前を放り出した責任ツケが、巡り巡ってオレの処に来るってのが判ってるのに、何でそんな事をしなけりゃならない。」

「ま、そうですよネーーーなにか私ら、いい感じシェラフィーヤのストッパー押し付け……おおっと、任されてるってかんじだし。」

「それよりも、クローディア殿が聞いた噂とはなんだったのだ?」

「ああ、なんでも新たな「エルフの魔王」就任の儀が執り行われるのだとか……だから、わたくしの娘でもあるシェラフィーヤが魔王ではなくなったのが判ったのですが……」

「それにしても、あなたが魔王ではなくなったことで一党から追い出すだなんて。 そんな鬼畜外道にもとる行為をなぜ私達がしなければ?」


「それに、よ。 悩みに悩んだ末にお前自身が出した答えなんだろ。 だったら尚更笑いやしねえよ。」

「ええーーーそうですとも、笑いはしませんよ。 なにせうちのDTは、『1/4魔王シェラフィーヤフィギュア(キャストオフ仕様)』(お値段10万円也)買うかどうか迷いに迷った末、貯金全部はたいてしまったエロ河童なのですから!」(ゲラゲラ)


「の゛あ゛ーーー!ノエル、手前ェこのヤロウ!! そんなん本人いる前で暴露するんじゃねぇえ!頭にキたぜぇ……さすがに温厚で「お釈迦様」の再来と呼ばれているオレも、頭にキたぜ!!

いいかノエル、オレは今からお前を徹底的に、そして一方的に凌辱してやる! いいか、オレは本気だぞ?割と本気だぞ? だ、だから今、な、泣いて赦しを乞おうと言うなら、許してやらんこともない。」

「どうぞ、私の方の準備は出来ております。 さあーーーーさあさあさあ、さあああ!!」


「あの……ね?ちゃんとオレの言う事聞いてた? オレ割かし怒っちゃってんだよ?これからお前をあられもない辱めに遭わせようって言うんダヨ??

それを……ねえ?なに、なにしてんの? 2人して仰向けになって……まるで「私は無抵抗ですから気の赴くままに襲って下さい!」しちゃってんじゃねえよぉお!」

「う゛ふ♡ 旦那さまったら……そうは仰らずに。 このクローディア、旦那様の筆おろしと同時に、乙女の純潔をここで散らしたとしてもそれが本望!いやそれこそが本望!! それにこの際です、どちらが先でも構いません、えええ構いませんとも!!」

「クローディア、でしたらあなたには私の「天之尾羽張あめのおはばり」を突っ込ませてもらいましょうか。」


私が本気で悩み抜いてた事を、一笑に附している人達……けれどなんだろう、なぜかその時は悪い気なんて一つとしてなかった。

もし本来であれば、私の本気の決意を笑いものにしてくれた事に、激しく怒っても不思議ではなかったのに、なぜかその時の私は、そんな気は起こらないでいた。


けれども……そのお蔭で判ってしまった―――今の私は、この人達と長く付き合ってきたお蔭もあって、「悪」に染まってしまったって事に。

「皆―――ありがとう。」


「ふふふ、まるで憑き物が取れたかのように、晴れやかな表情をするものね、シェラフィーヤ。」

「イザナミさん……うん、だけど不安もあったの、さっきも言ったように私が魔王じゃなくなっちゃった途端、あなたたちから棄てられないかと。」


「あらあら、わたくし達がそんな薄情な事をするように見えてしまいまして? それにあなたはもう、わたくし達の団員ではありませんの。」

「クローディアさん……それよりも、『わたくし達の団員』って??」


「これまでの間、シェラフィーヤは私達と行動を共にしてきたのだ。 今更仲間ではないと言うのも可笑しい話しだろう。」

「イザナギさん……じゃあ私、これからも一緒にいていいのね?」


「まあ、その方が兄ちゃんの機嫌が好いってこともありますしねえ~~」(ニヤニヤ)

「ノエル??それってどう言う事なの??」


「お゛い―――この腐妹くされいもうとがぁ……余計な事をしゃべるんじゃねえよ。」

「アベル……」



その瞬間―――判ってしまった事があった……

日頃は、「幼女魔王」となってしまった私に冷たく、素っ気ない態度をし、比較対象として『魔王シェラフィーヤ』だった頃の私に想いを馳せているばかりだと思われたのに……

その彼の想いと言うのは色褪せる事はなく、一途なままだった。

幼女魔王こんな」になってしまった私を、もう魔王ではなくなってしまった私を、今の今まで保護してくれたひと……


ならば私は、そのひとの想いに答えなくてはならない。



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