第239話 グレイの才能
「死ねぇぇ!」
ナッシュは手に持った短剣を盗賊に突き刺す。
「ふざけんなガキが!」
だが腐っても戦闘職の盗賊。不意をつかれたとはいえ紋章を持たない子供にやられるはずはない。
「あうっ!」
ナッシュは短剣ごと盗賊に蹴り飛ばされ、地面に転がさられる。
「くそがぁ! てめえごときにやられるかよ!」
盗賊は倒れたナッシュの下へと近づいていく。
「こうなったらてめえを人質にしてあの冒険者どもを脅すとするか。だが俺を殺そうとした代償として指の一本くらいは切り落とさせてもらうぜ」
「や⋯⋯やめ⋯⋯」
盗賊は装備していた剣を地面についたナッシュの手に向かって振り下ろす。
「「「ナッシュくん!」」」
リアナ達の悲痛の叫びが辺りに木霊するが、盗賊の剣はナッシュの指へと一直線に向かう。
ナッシュは迫ってくる剣に対して恐怖で声を出すこともできず目を閉じてしまう。
ガッ!
何か鈍い音がしてナッシュは指を切り落とされたと思ったが、痛みがないことに気づく。
恐る恐る閉じていた目を開くとそこには1人の男の背中が見えた。
「グ、グレイ兄ちゃん⋯⋯」
グレイは振り下ろされた盗賊の腕を掴み、ナッシュの指に向かっていた剣から守ることに成功する。
「やれやれ⋯⋯余計な手間をかけさせやがって」
倒れたナッシュを横目に、グレイは軽口をたたく。
「まさかてめえも冒険者か!」
「気づくのがおせえよ!」
グレイはがら空きになっている盗賊の鳩尾めがけて蹴りを放つと、盗賊はその場に崩れ落ちる。
「大丈夫かナッシュ。すぐ終わらすから、そのまま動かずに待っていろ」
「う、うん」
ナッシュはグレイの手によって一瞬で倒される盗賊を見て驚きを隠せない。
「今のって⋯⋯グレイ兄ちゃんがやったのか?」
グレイに倒された者がリーダー格だったのか、盗賊達は慌てふためき騒ぎ立てる。
「くそっ! 最初にあいつから殺るぞ!」
「ガキを人質にするんだ!」
その声のとおり、残りの者達は一斉にグレイの下へ向かってくるが、盗賊達の表情は村に現れた時と違い、焦燥感に駆られている。
「グレイくん私も戦うよ!」
リアナが直ぐ様状況を見てグレイの所に駆けつけ、ルーナとティアリーズは盗賊から村人達を護れる位置に移動している。
「いや⋯⋯ここは俺に任せてくれ。リアナちゃんはナッシュを頼む」
「了解だよ」
リアナはナッシュを抱きかかえ、後ろに下がっていく。
「俺なら自力で逃げるからリアナ姉ちゃんはグレイ兄ちゃんを助けて上げて! このままじゃ殺されちゃうよ!」
遊び人の紋章を持つ人が強いはずがない。さっき盗賊がグレイ兄ちゃんの前で倒れたのは何かの間違いだ。
ナッシュの中では遊び人=弱い、人を騙すというイメージがあるため、グレイが盗賊を倒すことは不可能だと決めつけていた。
この時までは。
グレイは盗賊達が迫る中、先頭を走る者の胸部をおもいっきり蹴り、後方へと吹き飛ばすとその背後にいた2人は巻き添えを食らって地面に倒れてしまう。
「くそっ! 邪魔だてめえ!」
蹴り飛ばした者は気絶し、2人が体勢を崩している間にグレイは残りの6人の下へと全速力で迫る。
「あっ⋯⋯えっ?」
グレイのスピードの速さに盗賊は驚き、短剣を構える前に顎を右手で打ち抜かれてその場に倒れた。
「な、なんだよあれ? グレイ兄ちゃんって本当に遊び人なの?」
ナッシュは目の前で起きている信じられない光景についてリアナに問いかける。
「そうだよ。昨日ナッシュくんも紋章を見たでしょ?」
「それは見たけど⋯⋯でも遊び人って戦闘職の紋章の中で最低のステータスでしょ」
「そうだね⋯⋯確かにステータスだけで見たら遊び人は低いかもしれない。けどね、グレイくんには誰にも負けない才能があるから」
「才能? そうだよな⋯⋯遊び人がそんなに強い訳ないよな。グレイ兄ちゃんは何か特別なスキルとか持ってるんだ」
「ううん⋯⋯全然特別じゃないよ。それはナッシュくんも⋯⋯誰もが持ってる才能だよ」
「俺も? そんなわけないじゃん! 俺にはそんな特別な才能もスキルもないよ! だから俺は弱いままなんだ⋯⋯リアナ姉ちゃん達がこの村に来なければミド姉ちゃんはきっと盗賊達に⋯⋯」
ナッシュは己の無力さに嘆き、その場に崩れ落ちる。
「もし⋯⋯もし俺に何か才能があるなら教えてくれよ」
リアナは地面に膝を着いているナッシュの手を取り起き上がらせ、言葉を口にする。
「努力だよ」
「ど、努力⁉️」
「そうだよ。ルド⋯⋯じゃなくてグレイくんのお爺ちゃんに私も聞いたけど、幼い頃から想像を絶する鍛練をしてたみたいだよ。そしてそれは今も続けられているの」
「努力⋯⋯か」
「それに見て。グレイくんの戦い方を」
ナッシュとリアナは盗賊達と戦っているグレイに目を向ける。
「最初の盗賊さんを倒した時もそうだけど」
襲いかかってきた盗賊を敵がいる方に蹴り飛ばしたことだ。
「こういう数が多い時の戦いって、後ろから攻撃されることが一番嫌なんだよね」
ナッシュも同年代の子供複数とケンカした時、背後からの攻撃は避けられないし、ずるいと思っていた。
「だからグレイくんは走ったり上手く障害物を使って、1対複数の状況を作らないようにしているの。これは相手の位置だったり仲間の位置を把握してないとできないことだよ」
「リアナ姉ちゃんに言われて気づいたけど確かにグレイ兄ちゃんはそういう風に戦ってるね」
「だから強いと言っても色々な強さがあるの。剣が強い人、魔法が強い人、状況判断に優れた人、他にも色々な強さがあるの」
「うん」
「え~と⋯⋯何が言いたいかというとね、もしナッシュくんが冒険者を目指すなら、紋章は重要ではあるけどそれが全てじゃないってこと。自分の能力を把握してどれくらい頑張ることができるかが重要だと思うの。だから紋章だけを見て人を判断するのはやめてほしいかな」
リアナはこの時グレイのことを話していたが、心の中では迫害されたことがあるヒイロのことも思っていた。
「ごめんね」
「えっ?」
「勇者の紋章を授かっている私が言っても説得力はないかもしれないけど⋯⋯グレイくんの⋯⋯グレイくん
正直ナッシュは、この戦いを見る前だったら、努力で強さが変わる訳ないと反論したが、実際に遊び人の紋章で盗賊を倒すグレイを見たことによって素直に頷く。
「わかった」
そしてナッシュが頷いた時、グレイが最後の盗賊を倒したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます