第135話 裏切り
「勇者を差し出せ? ふざけないで!」
ラナはボルデラの言葉に怒りを露にする。
そして近くにいた民衆達も、魔族の要求に対して騒ぎだす。
「勇者様を差し出すことなどできませぬ」
「だが、その場合俺達が殺されるぞ」
「あの魔物の大群に騎士団や勇者は勝てるか? それなら俺達が助かるためにも、魔族に従うしかないじゃないか」
初めは魔族の意見に反対する者が多かったが、犠牲になった人達の死体を見て、自分が、兄弟が、妻が、子供が、家族がこのような姿になったことを想像し、次第に賛成するものが増えてきた。
「ちょっとこれはまずくないですか」
「段々と魔族の意見に賛成する人が増えてます」
マーサとルーナの言葉通り、この辺りの民衆は全て勇者を差し出す意見へと変わってしまう。
「勇者はどこだ!」
「騎士団達は何をしている! 早く疫病神を捕らえろ!」
「勇者がいたから妻が魔物に⋯⋯」
誰が言い始めたかわからないが、1人が勇者のことを口にするとそれが連鎖となって、皆勇者を捕らえろと叫ぶ者が増えていく。
「ここから離れるぞ」
このままでは何をされるかわからない。そう考えたグレイの意見に従いこの場から離れようとするが、1人足が止まっている者がいる。
「リアナ行くわよ」
「⋯⋯」
「リアナ!」
「あっ⋯⋯うん」
どこか目の焦点があっていないリアナの手をラナが掴み、一同は冒険者学校の寮へと走り出した。
寮にたどり着き、そのままルーナの部屋へと向かう。
乱れた呼吸を整えるため、各自椅子や床に座るが皆無言のままだ。
全員なんて声をかければいいのか、考えがまとまらず時間だけが過ぎていく。
そんな中最初に口を開いたのはラナだった。
「リアナ⋯⋯あなたは何も悪くないわ」
「⋯⋯ラナちゃん⋯⋯でも⋯⋯魔物が攻めて来たのは私を狙ってのことだったら⋯⋯死んだ人達は⋯⋯私のせいで⋯⋯」
リアナの目から涙が溢れる。
「魔物は私達を滅ぼそうとしているのです。遅かれ早かれ攻撃してきました」
「マーサちゃん⋯⋯」
マーサの言うことは一理ある。だが心優しいリアナにとって、それで納得することは到底できなかった。
「ヒイロくんが⋯⋯こんな時にヒイロくんがいてくれたら⋯⋯」
ルーナがポツリと、ラナ以外の者が考えていたことを代弁する。
「ヒイロ? あいつがいた所で、この状況をなんとかできるとは思えないわ」
仮面の騎士はヒイロだからと皆思ったが、それを話した所で何かが変わるわけではないので黙っている。
「仮にヒイロが必要だとしてもどうやってメルビア方面まで行くの? ここは今、6000の魔物に囲まれているのよ」
そう⋯⋯王都は今6000の魔物に包囲されている。暗闇の夜ならまだしも、日中で魔物の大群を突破し、ヒイロの所に行くのは不可能だろう。
ラナの正論の答えによって、またこの場に静寂が訪れる。
「そ、それでしたらマグナス理事長にお願いしたらどうでしょうか?」
勇者パーティーの一員であり、拳帝の職を持つ彼なら、確かにこの包囲網を突破することは容易だろう⋯⋯だが⋯⋯。
「マグナスおじさまは今王都にはいないわ⋯⋯一昨日街を出ていくのを私が見送ったから」
「そうですか⋯⋯」
万策が尽き、これかどうするかの方針が決まらず、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
「あのさあ」
ルーナの部屋に来て、一言も喋らなかったグレイが口を開く。
「外は6000の魔物、理事長はいねえ⋯⋯これはもう詰んでるだろ」
「なんですって⁉️」
「いや、冷静に考えてみろよ⋯⋯全員が助かる方法はもう1つしかねえだろ」
ここにいる者達が考えた最悪の結論をグレイは口にする。
「あなたまさかリアナを犠牲にしろっていうの! これだから人間は信用できないのよ! 特に軽薄なあなたわね!」
ラナの問いかけにグレイは答えない。
「グレイさんはヒイロさんに⋯⋯リアナさんとルーナさんを頼まれていたんじゃないの?⋯⋯その約束を破るのですか?」
「それは状況による⋯⋯さすがにこれは無理だ、どうしようもねえよ」
「グレイさんは最低ですね」
マーサは悲しげな表情で、目に涙を浮かべる。
「とりあえずここにいると、俺まで仲間に思われて、街の人に何されるかわからねえから出ていくわ」
そう言ってグレイは部屋から出ようとするが、その前にルーナが立ち塞がる。
「退いてくれよ」
しかしルーナは動かない。そしてポツリポツリと言葉を紡いでいく。
「私⋯⋯グレイくんはヒイロくんの親友だと思っていました⋯⋯2人でバカなことをやって⋯⋯私達といる時よりすごく楽しそうに見えて⋯⋯そんなグレイくんだから私も仲間だと⋯⋯そして将来⋯⋯きっとここにいる人達でパーティーを組んで冒険するんだって⋯⋯」
「それはどうも⋯⋯でもどうせなら俺のハーレムができるパーティーがいいな⋯⋯ルーナちゃんも加わる? そうすればここに残ってもいいぜ」
ビシッ!
ルーナは仲間に裏切られたショックで涙を流し、心ないことを言うグレイの頬をはたく。
「最低です⋯⋯もうどこへなりと行けばいいです」
「言われなくても行くよ。あばよリアナちゃん」
そう言ってグレイはルーナの方を振り向くことなく、部屋を出ていってしまった。
「う⋯⋯うぅ⋯⋯グレイくんのこと信じていたのに⋯⋯」
「ルーナちゃん⋯⋯ごめんねごめんね⋯⋯私のせいで」
リアナはルーナを胸の中に導き、泣いている子供をあやすように抱きしめた。
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