なん⋯⋯だと⋯⋯~世界でただ1人の紋章を授かり、あらゆる魔法を使えるようになったが、今では、初級魔法すら発動できず見下されるため、力を取り戻し、バカにした奴らに無双する~

マーラッシュ【書籍化作品あり】

プロローグ

第1話 成人の儀

 ここは辺境にあるラーカス村。

 父さん、母さんとうとうこの日が来たよ。

 今日はこの村の教会で、成人の儀が行われる日。

 今年13歳になる若者は教会に行き、神様から紋章を授かることができる。


 戦士なら【剣の紋章】

 魔法使いなら【杖の紋章】

 農民なら【くわの紋章】

 奴隷商人なら【鞭をもって人を叩いている紋章】

 そして勇者なら【魔方陣の中に剣と盾の紋章】


 この世界は、神様からもらう紋章によって、将来が決まってしまうと言っても過言じゃない。


 俺は幼い頃、祖父母のもとに預けられていたため、両親のことをあまり知らなかったが、おばあちゃんが言うには、2人とも冒険者として、世界を護るために旅をしていたらしい。

 そしてそんな両親の冒険話に憧れて、いつか俺も旅立つことを夢見るようになっていた。


 しかし一年前、両親の訃報が届き、後を追うように、祖父母も亡くなってしまった。

 そのため、今この家には俺しか住んでいない。


 どうか魔物と戦うことができる紋章を授かりますように。

 俺は両親、祖父母の遺影に手を合わせ、今日の成人の義で、冒険者になれるスキルがもらえるようお願いをする。


「それじゃあ行ってくるね」


 俺はどんな紋章をもらえるか、心を弾ませながら、自宅のドアを開け、真向かいにある家のドアを叩く。


 コンコン


「おはようございます、ヒイロです」


 しばらくするとドアが開き、中年の男の人と女の人が出てくる。


「おはよう、ヒイロくん。いつも悪いね」

「ごめんね、ヒイロちゃん。あの娘、ヒイロちゃんじゃないと起きないから」

「いえ、いつもお世話になっているのはこちらですから」


 俺は幼馴染のリアナの部屋へと向かう。

 俺が去年、祖父母や両親を亡くしても暮らしていけたのは、おじさんとおばさんがいたお陰だ。

 二人には数えきれないほど助けてもらったので、冒険者になって稼げるようになったら、恩を返したい。

 そのためにまず、目の前の問題を片付けよう。


 コンコン


「リアナ朝だぞ、起きろ」


 ベットには、美少女と言ってもいい娘が、すやすやと夢の中に旅立っている。


「むにゃむにゃ後、5」

「5分か、5分立ったら起きろよ」

「5年」

「長いわ!」


 バサッ!


 俺は問答無用で布団をはがす。


「キャッ!」


 布団の中を見ると、リアナは清楚な雰囲気を感じさせる、ピンク色の下着姿だった。

 パジャマを着てない⋯⋯だと⋯⋯。


「出てって!」


 リアナはそこら中にある物を投げてくる。

 俺は直ぐ様、部屋を出たが、リアナが投げたものを避けることが出来なかった。


「いてっ! 何でパジャマを着てないんだよ」

「ヒイロちゃんのエッチバカ変態信じられない!」


 これは、俺が悪いのか。いや悪くない。

 俺が起こしに行くのは、日課になっているから、服を着ていなかったリアナが悪い。

 俺はこの問題に対してリアナから一歩も引かないぞ。


「まだ、誰にも見せたことないのに⋯⋯」


 リアナの目から光る物が見える。

 負けるな俺。強気で行くと決めたじゃないか。


「確認しなかった俺が悪いな。ごめん」


 泣いている女の子に強気で行くなんて無理だよ。


「まさか、私が寝ているうちに服を脱がすなんて⋯⋯」


 ん? ちょっとまて。俺が脱がしたことになっているのか。


「リアナ、俺は脱がしてないぞ」

「えっ? うそ?」

「いやいや、本当」


 リアナは指を頭において、何か考える素振りをみせる。


「そういえば昨日の夜、暑かったからパジャマを脱いだような」


 俺はじと目でリアナを見る。


「え~と、これは、なんていえばいいのかな」

「これは濡れ衣って言うんだ!」


 俺はリアナの頭部を、両手の握り拳でグリグリ攻撃をする。


「痛い、痛い。もう止めて」


 だが俺は止めない。


「もう許して、ヒイロちゃん。一生のお願い!」

「そのお願いをもう何度聞いたことか」

「今度こそ最後のお願いだから」


 リアナは何か困ったことが起きると、俺に一生のお願いを言ってくる。

 少なくともリアナから300回以上は聞いた気がする。

 しかし今回も俺は、そのお願いを聞いて、両手をリアナの頭から離す。


「ありがとうヒイロちゃん」


 まあ俺もいい思いをしたから、今日は許してやろう。


 二人のやり取りを聞いて、リアナの両親は思った。


「母さん、我が家は今日も平和だねえ」

「そうですねお父さん」



 リアナも成人の儀に行く準備が整い、俺達は玄関の前でおじさんとおばさんに向き合う。


「二人とも、良い紋章がもらえるといいな」

「もし、自分が望まない物を神様からもらったとしても、落ち込まないようにね」

「はい」

「それじゃあ行ってくるね」


 俺達はリアナの家を後にする。


 望まない紋章か。

 出来れば二人とも戦闘職の紋章をもらいたいが、それは難しいかもしれない。

 そもそも戦闘職は30人に1人くらいの割合でしか出ないため、今日成人の儀を受ける50人の中から、1人しか授からないかもしれない。

 そうなると2人で冒険者になる夢は絶たれてしまう。


 俺は頭を左右に振る。

 いかん。弱気になってどうする。

 大丈夫、二人とも良い紋章をもらえるさ。


「ヒイロちゃんどうしたの」

「いや、別になんでもない」

「どんな紋章がもらえるか不安何でしょ」

「そんなことはない」


 そんなことはあるけどな。


「ヒイロちゃんは大丈夫よ。だって村で一番頭が良いし、運動もできるから、きっと素敵な紋章を神様からもらえるよ」

「そうかな」

「問題は私だよ。勉強も運動も真ん中くらい。ヒイロちゃんと一緒に、冒険者になれる紋章はもらえないかもしれないね」


 リアナが不安そうな表情をを浮かべる。


「大丈夫、リアナだって良い紋章がもらえるよ」


 俺はリアナがどんな奴か知っている。

 本当は運動も勉強も苦手だが、努力して人並みに出来るようになった。

 それに困っている人がいると、真っ先に気づいて助けることができるリアナこそ、良い紋章を神様からもらってほしい。


「そうだね。ヒイロちゃんに言われたら素敵な紋章がもらえるような気がしてきた」

「そうだ。リアナの良い所は俺が知ってるから、だから安心して成人の儀を受けてこい」

「うん。ただ⋯⋯」

「ただ?」

「もし良い紋章がもらえなかったその時は⋯⋯」


 なんだろ? リアナがモジモジし始めた。


「よお、ヒイロ」


 リアナが何か言おうとしていたその時、背後から俺に声をかけてきた人物がいた。


「ベイル」


 こいつはこの村の地主の息子で名前はベイル。残念ながら俺と同じ年で、その立場を利用して、何かと偉そうにしている嫌な奴だ。


 ベイルはリアナに視線を向ける。


「リアナ、先に行ってろ」

「うん」


 リアナは視線を一瞬ベイルに移すと、そのまま教会へと向かう。


「なんだヒイロ、お前は成人の儀を受けにきたのか」

「それがどうした」

「どうせお前は、ゴミ紋章しかもらえないから、来るだけ無駄だって言いに来てやったんだよ」


 こいつは本当に、腹が立つ言い方をする奴だな。


「そんなのもらってみなきゃわからないだろ」

「いいや、俺にはわかる」


 神様でもないお前にわかるはずないだろ。


「まあ、今日の成人の儀で、お前が冒険者に向いてないことがわかるだけ来る意味はあるか。ひゃっはっは」


 こいつとは話すだけ無駄だ。

 俺は無視して教会まで歩きだす。


「どんな紋章が出ようと、これからリアナには近寄るんじゃねえぞ」


 結局ベイルが言いたいことは、リアナのことだろ。

 リアナは可愛くて性格も良いからモテる。ベイルはそんなリアナの側にいる俺が気に入らないらしい。

 正直な話、こんなことを言ってくるのはしょっちゅうで、いい加減うんざりしている。

 ベイルを見返すためになんとしても、成人の儀で良い紋章を引いてやるからな。



 教会に着くと大勢の人で賑わっていた。


「ヒイロちゃん」


 先に到着していたリアナが、俺の所に寄ってくる。


「人が多くて、私もドキドキしてきたよ」


 周りには成人の儀を行う子供50人と、その親族達が100人ほどいる。

 リアナのおじさんとおばさんは仕事でこれないが、子供の将来が決まるかもしれない瞬間なので、親達が来ていてもおかしくない。


「それではこれから成人の儀を行います」


 教会の神父様が挨拶を行う。

 いよいよきたか。俺も平静を装っているが、内心では心臓がバクバクいって今にもはじけそうだ。


「名前を呼ばれたものは前に出てきてください」


 話によると神父様の祈りにより、天から左手に光が降りてきて、その光が消えると手の甲に紋章が刻まれているらしい。


「ではまずはケイトくん」


「ちょっと待った、まずは俺からやらせろ」


 ベイルが順番を無視して、自分を先にやれと言ってきた。

 本当にどこまでも勝手な奴だ。


 神父様も、ベイルが村の有力者であることがわかっているのか、先に行うことにしたようだ。


「では、ベイルくん」


 神父様が祈ると、ベイルの左手に光が集まり、その光が消えると紋章が浮かび上がってきた。


【剣の紋章】だ。


 おおぉ!

 周りからざわめきが起こる。


「どうだ! 戦闘職を引いてやったぜ!」


 ベイルは冒険者や騎士になれる、戦士の紋章を授かったようだ。

 くそっ! なんであんな奴にレア紋章がいくんだ。神はこの世にはいないじゃないかと思った。


「将来は上級職の、剛剣士や双剣士などになれるかもしれないな」


 ベイルは勝ち誇った顔で、俺の方に紋章を見せつけてくる。


「では次にケイトくん」


 成人の儀は次々と行われていく。

 大体の子供が農民、商人、鍛冶屋、料理人の紋章を授かる。

 戦闘職をもらったのはベイルだけだ。


 残るは二人。


「リアナさん」


「ヒイロちゃん行ってくるね」


 リアナは一瞬俺の手を握り、神父様の下へと向かう。


 神父様の祈りにより、リアナの左手が光り、そして消える。


「こ、これは」


 教会内からどよめきが起きる。


「【魔方陣の中に剣と盾の紋章】。勇者の紋章だ!」


 うおおぉー!


「勇者だ! ラーカス村から勇者が出たぞ!」


「リアナは、いや、リアナ様はこの世界の希望となられた」


「ラーカス村ばんざーい! リアナ様ばんざーい!」


 やった! リアナが勇者の紋章を授かったぞ!

 勇者はこの世界に数人しかいない、SSレア紋章だ。

 レア紋章の戦士とは比べ物にならない。

 神様はやっぱりいたんだ。リアナみたいな優しい奴が、良い紋章をもらえないはずがない。


「ヒ、ヒイロちゃん⋯⋯」


 リアナが震えながら俺の方に駆け寄ってくる。


「リアナ」


「すごい紋章を引いちゃった」


「すごいなんてもんじゃないぞ。勇者だ、勇者だぞ」


「これでヒイロちゃんと冒険に出れるかな」


「ああ、後は俺が戦闘職を引くだけだ」


 俺は自分の名前が呼ばれるのを待つ。

 教会内はまだ騒ぎが収まらない。


「皆さん静粛にしてください」


 神父様の言葉で、ようやくざわめきがなくなる。


「では最後にヒイロくん」


 俺は決められた位置まで進む。

 神父様が祈ると俺の左手が光出す。

 頼む、勇者までとは言わない。せめて戦闘職が出てくれ。

 俺は願いながら左手に力を込める。


 そして光が収まり、紋章が浮かび上がる。


 浮かび上がった紋章は【門と翼の紋章】だった。

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