第19話

 地獄門ハーデス・ゲート


 魔界と異世界を繋げるためのゲート

 魔界に住まう凶暴な魔物を召喚するためのもので、あの門が開かれたとき、この国は魔界からの侵略に見舞われる。っと噂されている。






 騒ぎを聞きつけてきたのか、学長がグラウンドに現れると、僕らを見つけるなり近づいてきた。


 「ここにいたか。今しがた騎士本部から連絡がきた。『ウォーレス・ベイトマン、ジノ・シューヴァル、レーナ・シューヴァルの3名は直ちに騎士本部に集合せよ』とのことだ。事は急を要する。馬車を手配してくるからここで待っていてくれ」


 「……いえ、この騒動で馬車が道をすんなり通れるとは限りません」


 急いで校舎に戻ろうとする学長をウォーレスさんが止める。

 それを聞いて、グラウンドから学外を見ると、慌てて行動している人達で道がひしめいていた。


 「では、どうするのだ?」


 「この身で直接向かいます。私たち重魂者リンカーなら家屋の屋根伝いで移動できますので」


 確かに、重魂者リンカーの身体強化を使えばそれは可能だ。

 道を通るよりも最短距離での移動で済む。


 「そうか。あのバカでかい門の対応にはお前達、重魂者リンカーの力が必要だ。すまないが、よろしく頼む」


 「はい」


 そんなやり取りを終えたところで、ココとシャノンが申し出てくる。 


 「待つわけ」


 「私たちも連れて行ってください」


 ウォーレスさんとどうするべきか互いに顔を見合わせたが、どうやら考えは同じのようで互いに微笑する。


 「もちろんさ」


 「では、シャノンは私が連れていくよ」


 そういうと、ウォーレスさんはシャノンをお姫様抱っこで持ち上げた。

 シャノンも満更ではないようで腕を首に巻く。

 なるほど。あれなら女の子と合法に密着できるな。


 「……じゃぁ、ココは僕が――」


 「私が連れていく」


 僕が言い切る前にレーナはそう言うと、間髪入れずにココを持ち上げる。

 いきなりのことで、レーナの腕の中でキョトンとするココ。これだとお姫様抱っこってより赤ん坊が抱きかかえられているかのようだ。

 そんなココにレーナはジト目で、早く捕まりなさいよと催促する。


 準備が整ったところで身体強化を発動し、移動を開始する。

 僕とレーナは屋根伝いで移動する中、ウォーレスさんは風を体に纏い飛んで移動した。


 あ、ズルい。






 騎士本部に到着すると、外で待っていたのかリオンさんが出迎えてくれた。


 すぐさま会議室に通される。

 とはいえ、すでに地獄門ハーデス・ゲートに向かっている隊と、都を防衛する隊に別れて行動済みのようで、建物内に騎士の姿はあまり見られなかった。


 僕ら6人しかいない会議室でリオンさんが話を始める。


 先の地獄門ハーデス・ゲート騒動に騎士だけでは対応できなかった反省を踏まえ、今は戦力増強を図っている最中で、まだ今の人員では対応しきれないそうだ。

 リオンさんの伝手で協力してくれるギルドにも動いてもらっているが、僕らにも声を掛けたという。


 しかし、地獄門ハーデス・ゲートが現れる直前、キール・ウェイクリングの所在が不明になったそうだ。おまけに本日に限って他の重魂者リンカーは遠征に出ており、王都に戻ってくるまで時間が掛かるらしかった。


 騎士本部の重魂者リンカーが少ない日を狙われたのは間違いなさそうだが、なぜキールは姿を消したのだろうか?

 そういえば、英雄になる的なことを言っていたが、それと関係があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、リオンさんが僕らを呼んだ本題に入る。


 「今話した通りで、騎士は戦力不足だ。もちろん、騎士やギルドにも腕が経つ者は何人かいる。しかし、重魂者リンカーほどではない。はっきり言って、重魂者リンカーが3人も揃っている君たちが、今王都にいる中での最強メンバーになる」


 リオンさんはそういうと立ち上がり、僕らに頭を下げた。


 「なんとしてでも、地獄門ハーデス・ゲート開門は阻止しなければならない。王都を守るため、協力して欲しい」


 僕らは互いに顔を見合わせると同時に笑い始めた。


 リオンさんは何事かと頭に疑問符を浮かべるので、僕らはこう答えるのだ。


 「ここに呼ばれた時点で、覚悟は決まっていますよ」







 騎士本部で馬を借り、地獄門ハーデス・ゲートを目指す。


 また身体強化を使って移動してもいいのだが、地獄門ハーデス・ゲートの近くには恐らく、冥界への宴サタニティのメンバーが待ち構えている。

 少しでも力を温存しておいた方が良いと言われ、こうして馬での移動になった。


 都にいた人たちは、都から逃げようとして慌てていたのではなく、教会や騎士本部に避難をしていたようだった。

 そのため都の門に向かっての道は人が少なく、すんなり進むことができた。

 地獄門ハーデス・ゲートは王都から南西の位置に顕現しているため、まずは王都の西門に向かう。



 王都の西門から出て街道を少し進んだところで、その人物は僕らが通るの塞ぐように街道の真ん中で待ち構えていた。

 夜の暗さでシルエットでしか見えないが、僕は馬から降りるとその人物に話しかける。


 月を覆っていた雲が通り過ぎ、その相貌が徐々に姿を現す。

 後ろにかきあげた髪型に、肩に槍を背負った状態で仁王立ちしていた。始めて遺跡で見たときと同じで堂々とした佇まいだ。


 「ブライアン……」


 「……よう。久しぶりだな」


 ブライアンとは王都に来てから会えていなかった。

 怪我は無事治り、依頼に出ていたとは聞いていたが、こうしてまた再会できてよかったと思っている。


 「……ここで何をしているんだ?」


 なぜ今、この状況でこの場にいるのか。

 察している自分がいるが、杞憂であって欲しいと思っている自分もいる。

 願わくば、助けに来たと言ってくれることを期待して。


 「わかってるんだろう?……ジノ・シューヴァル、お前の足止めだよ」


 僕の願いは叶わず、ブライアンは背負っていた槍から覆っていた布を取り外していく。現れたその刀身には赤黒い光が不気味に輝いていた。


 「あれは、……魔槍なわけ」


 それを見たココが、その正体を言い当てる。

 魔槍……。名前通り、魔剣と同等で魔を司る武器だと思うのだが、


 「重魂者リンカーでなくても扱えるの?」


 「触れるだけなら常人にも可能。ただし、その魔剣や魔槍の魔が付く故の特性は重魂者リンカーでないと引き出せないわけ……」


 そんなココの疑問にブライアンが答える。


 「ココの言う通り。こいつは魔槍で、常人ではこいつの力を引き出すことはできない。しかし、このグローブを使えば話は変わる」


 ブライアンはそう言うと、いつの日か持っていたグローブを両手にはめた。甲の部分の文様が赤く光り出す。


 「みんな、こうしている間にも地獄門ハーデス・ゲートの開門まで刻一刻と迫っている。僕がブライアンの注意を引き付けるから、先に行ってくれ」


 「……任せた」


 ウォーレスさんが一瞬迷った表情を見せるが、僕の真剣な顔を見て覚悟が決まったようだ。


 「作戦会議は終わったか?」


 「ああ……。行くぞ、ブライアン」


 右腕を開放し、背負っていた鞘から大太刀を抜くとブライアンに向かって斬りかかった。

 大太刀の重量を乗せた重い攻撃だったのにも関わらず、ブライアンはなんなく魔槍の刀身で受け流してみせる。


 打ち合いが始まった隙にウォーレスさん、レーナ、シャノンは僕らの横を馬で駆け抜けていった。

 どうやらココは残ったらしい。


 一度ブライアンと距離を取り、後ろにいるはずのココに話掛ける。


 「いいのか?行かなくて」


 「ええ、パーティメンバーを引っ叩くのは私たちの役目だと思うわけなので」






 ブライアンと何度か打ち合いになった。

 まだ様子見なのか、魔槍の能力は見せず純粋な槍術のみで対応してくる。

 武器を使っての技量はブライアンの方が断然上で、押し切られそうになる度に距離を取り、火球でけん制を入れる。

 右手は重量のある大太刀を持つのに使っているため、威力は劣るが火球は左手から放つ。


 やはりブライアンは強い。

 あの時、剣や槍を使っての相手としては相性が悪い岩石熊ロック・グリズリーでさえなければ、ブライアンだけで切り抜けられたのではないだろうか。


 今はこちらの魔剣の能力を警戒してくれているようで、ギリギリ均衡が保てている。

 バジリスクのときは刀としての切れ味のみで押し切ったため、まだこの魔剣の能力を発動させたことはないし、させ方もわからない。


 「……さっきは、すんなりとウォーレスさん達を見逃したように見えたんだが?」


 息が切れてきたので、相手から情報を引き出すためにも話しかけてみる。


 「最初に言っただろう?俺の役目はお前の足止めだと。他の連中に関しては特に何も言われていない」


 「そうか。……冥界への宴サタニティとは繋がっていたのか?」


 「繋がっていたと言えば正しいが、向こうが初めて接触してきたのは、あの日、街道でゴブリン退治をしている際に俺が馬車で1人になったタイミングだ。このグローブもその時に渡された。この日、このタイミングでお前の相手をするために」


 「……どうして僕なんだ?」


 「さぁな?理由は聞いてねぇよ。俺の予想ではお前が一番の脅威になると考えたからだと思うぜ?後は単に俺がお前と真剣に勝負がしたかったからだ。初めて会った日・・・・・・・にも言っただろう?『魔剣より俺の槍術が優れていることを証明してやるぜ』ってな」


 そう言いながら再びブライアンが切りかかってくる。

 僕は鍔迫り合いつばぜりあいをしながらも話しかけるのをやめない。


 「だからって、なんで今なんだよ。それに、そんなグローブに頼らなくたって十分強いじゃないか」


 「それが本音か?『十分強い』じゃダメなんだよ。お前と対等なくらい強くないと、俺は俺を認められないだよ」


 ブライアンはそう叫ぶと槍の光度が増した。

 能力を使っての攻撃が……くる。

 どんな攻撃が来ても対応できるよう意識を集中して待ち構える。


 するとブライアンは、突然何もない空間を人の寸法ほどの大きさで十字に斬りつけた。

 始めはただの素振りかとも思ったが違う、十字の部分に空間の亀裂が走り、僕をもの凄い力で引き寄せる。

 僕は成す術もなくその十字に体を引き寄せられると、まるで十字架に貼り付けにされたかのように空間に固定されてしまった。


 そして……、


 ブライアンの一撃が僕の体を貫いた。


 「がふっ」


 ブライアンが僕の体から槍を抜いた際の激痛で吐血する。


 空間への固定はまだ解かれそうにない。 

 重魂者リンカーの力で体に空いた穴は修復されたが、意識はもうろうだ。


 「どうだ、思い知ったか。……俺は、強い」


 ブライアンは力を鼓舞できたことに満足したのか、その場で笑い始める。

 だが、それを聞いてしまってはどうしても言わなくてはいけないことがあった。


 「……満足したか?」


 「なんだと?」


 笑いが止み、キョトンとした顔でこちらを見るブライアン。

 何言ってるんだ?お前。とでも思っているのだろう。

 そんなブライアンの心境は無視して話を続ける。


 「そんな借り物の力で俺に勝って満足したか?って言ったんだよ。何が『俺の槍術が優れていることを証明してやるぜ』だ。結局は魔槍頼りじゃねぇか」

 

 「何言ってやがる。例え借り物の力だろうが、使いこなせたのなら、それは、俺の力だ」


 「ああ。確かにそういう考え方も有りだと思う」


 今の自分の状況を確認する。

 相変わらず空間に固定されたままで身動きひとつできない。

 完全にしてやられた。

 悔しいが負けを認めてもいいだろう。


 しかし僕には、この勝負が始まったときから感じていたことがあるのだ。

 負けを認めるかは、この返答次第。


 「だけど、その力を得る過程にお前は納得しているのか?」


 そんな考え、今までなかったのだろう。

 ブライアンからの怒声が止む。


 僕は思ったのだ。この勝負の意味を。

 なぜ、ブライアンは僕とここまでして勝負がしたかったのか。


 単に勝負がしたかったというのは本当だろう。

 だが、それは本質じゃない。


 ブライアンが本当に望んでいることはそんなことではないと信じて、僕はその核心に触れる。


 「これでお前の強さは証明されたよ。でも……、そんなお前では、僕は認めない・・・・・・


 そう、僕は思ったのだ。

 ブライアンは僕に認めて欲しかったのではないだろうかと。

 もちろん、ライバルとして。


 たったそれだけのことだ。

 力なんかで示す必要はなかったのだ。

 なぜなら、僕はずっと前から既に認めていた、いや、尊敬の念すら抱いていたのだから。


 「そんな……」


 ブライアンもこの核心に気づいたのだろう。

 動揺で数歩後ずさり、魔槍を地面に突き刺した。


 しかし、地面に突き刺した魔槍から、禍々しいオーラが溢れてきたと思えば、次の瞬間にはブライアンを飲み込んでいた。


 「ぐわあああああああああ」


 オーラに飲み込まれたブライアンの相貌が変貌する。

 目は赤くギラつき、獣のようは咆哮を上げる。


 恐らく、ブライアンが僕の足止めをしなっかったり、負けたりした場合の措置だろう。

 僕と戦うためだけに貴重なグローブや魔槍を渡すだなんて、とても考えられなかった。


 ブライアンは魔槍を地面から引き抜くと、未だに固定されている僕に斬りかかってきた。


 「くそおおおおおおお」


 身体強化を極限まであげ、無理やり空間の固定から抜け出す。

 抜け出す際に、左肩がはずれ右足の皮膚は剥がれたが重魂者リンカーの体質で即座に回復する。


 ブライアンも身体強化とまではいかないが、さきほどよりも早く重い斬撃を繰り出してきた。

 身体強化のおかげで、それらの斬撃をすんでのところでかわしていく。


 そんな斬り合いを幾度かした後、ブライアンは先ほど同様に空間を十字に斬りつけた。

 空間に亀裂が入り、再びその亀裂に引き寄せられる。


 僕は大太刀を亀裂に向かって投擲とうてきした。

 亀裂に突き刺さった大太刀が空間に貼り付けされ固定される。大太刀が亀裂に固定されたことで引き寄せられる力が弱まった。


 僕はその一瞬の隙にブライアンの懐に飛び込むと、渾身のストレートをその顔面に叩き込んだ。






 大の字に倒れたブライアンだが、グローブが光だし無理やり起き上がろうとしてくる。


 僕はブライアンの上に馬乗りになり体を抑えた。

 この状態を治めるにはどうすればよいのだろうか。


 「そのグローブは外せないわけ?」


 ずっと後ろで観戦していたココが近づき助言をする。

 

 「くっ、ダメだ。外せない」


 グローブはまるで手の皮膚と同化しているかのように外すことができそうになかった。


 「……ジノさん、もう少しの間、ブライアンをそのまま抑えておくわけ」


 ココはそういうとブライアンの手を取り、何やらブツブツと独り言を始めた。

 グローブに書かれている文字の解読でもしているのだろうか、すごい集中力だ。


 独り言が終わったかと思うと、今度は自分の指をナイフで斬りつけ、自分の血でグローブの紋様を上書きしていく。


 「私もブライアンさん同様に、皆さんの足を引っ張っているのではないか、自分はいなくてもいいのではないか、なんてことを考えたことはあるわけ」


 そんなことはない、っとすぐさま言おうとしたのだが、そんな僕をココが手で制す。


 「そこで私は考えたわけ。私の武器は何か、それは知識なわけと。戦闘はお任せして私はサポートに徹しようと決心したわけ。そして今、力では解決しない問題に直面しているわけ。ここで私が頑張らなくてどうするわけか」


 ココがそう言い切ると同時に書き終えたのか、グローブの紋様から光が消失した。

 ただのグルーブに戻ったためか、ブライアンの手からするっと簡単に外れる。

 続けてもう片方のグローブへと作業を移し、そちらも無事に外すことに成功した。






 ブライアンは意識を失ってしまっていたが、その顔はどこか腫れ物が取れたかのように見えた。

 そんなブライアンの顔をココは慈愛の表情で見つめている。

 重魂者リンカーでない者同士、通ずるものがあったのかもしれない。


 僕は辺りを見渡し、いつの間にか空間の固定から外れて地面に刺さっていた大太刀を抜き鞘に納める。


 「ジノさん、ブライアンは私に任せて、あなたはレーナの元に行くわけ」


 「……わかった」


 そういうとこの場はココに任せ、先に行ったレーナの元へ馬を走らせた。

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