第5話

 目が覚めるとそこは長年住んでいる自室だった。

 壁には萌えゲーのポスターがいくつも貼られており、机の横の棚には此れ見よがしとフィギュアが陳列されている。


 今日は現実世界こっちか。


 どうやら僕は異世界と現実世界を行き来する体質になってしまったらしく、異世界では騎士学校生ジノ・シューヴァルとして、現実世界では至って普通の高校生である荻沢龍明オギザワタツアキとして生活している。


 2階の自室から1階に降り、洗顔と朝食を済ませる。

 大悟郎への餌やりも忘れずに行う。


 両親はどちらも海外にいるため、今は気楽な1人暮らしを満喫している。


 父は昔から海外で仕事しているのだが、母は僕が高校に入学すると同時に、もう1人でもやってけるでしょ。と言い放つと、父の元へ行ってしまった。

 これで妹と2人暮らしなんてシチュエーションなら鉄板のギャルゲー展開なのだが、悲しいかな、僕は1人っ子だ。


 「えっと、今日は4月3日の金曜日だから……」


 昨日は始業式とホームルームのみで午前終わりだったが、今日から授業が始まる。

 時差ボケならぬ世界差ボケになりながらも、金曜の時間割を確認し教科書を鞄に詰め込み登校することにした。







 「おはよう、タツ」

 「おはようございます」


 教室に入ると既に登校していたらしい親友の佐々井拓斗ササイ タクト神庭紫カンバユカリが挨拶をしてくれた。


 「おはよう。あれ?舞夕マユは?」


 僕らはここにいる3人と白木原舞夕シラキハラ マユの4人でよく行動するのだが、その舞夕の姿が見当たらず辺りをキョロキョロする。


 「まだ来てないと思うぞ?それにしても、教室に来て早々舞夕の姿を確認するとは、これはもしかして?」


 拓斗がニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできたが意図が読めん。友達が登校しているか確認するのって普通だと思うんだけどな。


 そんなやり取りをしていると、朝のホームルームのチャイムと同時に担任の菜々ちゃんが教室に入ってきた。


 「皆さんおはようございます。早速ですが、今日は転入生を紹介します」


 おおおおおお。教室内が騒めきだす。


 「転入生と言ったら美少女だろう」

 「何言ってるの、イケメンに決まってるでしょう」


 などなど、勝手に転入生の容姿を語り出すクラスメイト達。

 気持ちはわからなくはないけどね。


 菜々ちゃんが入ってと廊下に向かって言うと、件の転入生が教室に姿を現す。

 転入生は黒板に自分の名前を書くと、こちらに振り返り自己紹介を始めた。


 「月詠璃佳ツキヨミ リカです。よ、よろしくお願いします」


 そこには……、

 全体的に青みがかった長髪にサイドをおさげ。

 顔は目元まで前髪で覆われているためよく見えない。

 スタイルは悪くないのだが痩せ気味な感じだ。

 挨拶の声量は小さめで聞き取りづらい。

 正直、地味っ娘だと思った。


 そう思ったのは僕だけではなかったらしく、期待からの面白みのなさに教室が一瞬静寂に包まれる。

 しかし、そこは学生ならではのノリ、

 

 「どこから来たの?」

 「誕生日は?」

 「血液型は?」

 「彼氏いますか?」

 「スリーサイズは?」


 クラスの男子数人が場を盛り上げるため質問をし出す。

 ちなみに最後の2つは男として僕も気になるところだ。

 

 「はいはい、静かにしてくださいね。ちなみに先生は今彼氏いません。……この歳でいなくて悪かったなあああ」


 先生がフォローのつもりで自虐しつつセルフツッコミを入れる。

 うん、僕は暖かい目で見守ってるよ。


 そんな先生をクラスメイトも同様の暖かい目で見つめる。


 「やめて。そんな哀れんだ目で私を見ないでえええ。……コホン。では朝のホームルームを始めます。月詠さんの席は……窓際の一番後ろの席を使ってください」


 「わかりました」


 それから月詠さんは指定された席、つまりは僕の左隣の席に向かって来た。

 月詠さんは席に着くと隣の僕に軽く会釈をしてくれた。


 「どうも」


 僕も会釈で返すと月詠さんはすぐさま正面を向いてしまった。

 好感度0ってこんな感じなんだろうな。


 そんなとき、


 「おはようござま~す」


 舞夕がいつもの気だるそうな態度で教室に入ってきた。

 遅刻なのに堂々としてやがる。


 「白木原さん、遅刻ですよ?」


 「あれ?1限目ってまだ始まってないですよね?授業始まる前ならセーフじゃないの?」


 黒板の上の壁掛け時計で時刻を確認しながら、何か問題でも?っという顔で語る舞夕。


 「1限目の前に朝のホームルームがあるんです。その前に来ないと遅刻ですよ」


 「ああ、そうでしたっけ?すみません。春休みのせいで忘れてました」


 そんなやり取りで教室に笑いが込み上がる。

 次からは遅刻扱いですよ。と菜々ちゃんからの許しを得た舞夕は、自分の席、つまりは僕の右隣の席に着席する。

 おはよう。と互いに挨拶をすると、朝のホームルームが再開した。






 朝のホームルームが終わり、すぐに1限目の授業が始まろうとしていた。

 鞄から教科書とノートを取り出し授業の準備を始める。

 すると、


 「あのさ、タツア――」


 「すみません。まだ教科書が揃っていなくて、良かったら一緒に見せていただけませんか?」


 「いいよ」


 月詠さんが教科書をご所望とのことで、2人の机をくっ付け中間に教科書を置く。

 当然距離も近くなる訳で……。

 シャンプーの香りだろうか、淡い髪の香りが窓から入ってくる風に乗って僕の鼻孔を刺激する。

 スーハー、スーハー。めっちゃいい匂い。


 「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は荻沢龍明。よろしくね」


 「はい、よろしくお願いしま……す?」


 なんだろう?前髪でよくわからないが、なにやらすごく顔を凝視されてるような気がする……。

 朝食のご飯粒が頬に付いてたか?

 気になり自分で口周りを拭ってみる。うん、特に何も付いてないな。


 そういえば、舞夕が何か言いかけてなかったか?

 そう思い舞夕の方を振り向くと、なぜか不機嫌な顔の舞夕がそこにいた。


 「龍明、その娘誰?」


 月詠さんを顎で指す舞夕。

 初対面の人に対して失礼だろう。


 「今日転入してきた月詠さんだよ」


 「初めまして、月詠璃佳といいます。よろしくお願いします」


 僕たちの会話を聞いていた月詠さんが舞夕にも律儀に挨拶をする。

 

 「お、おう。よろしく。じゃなくて、なんで机くっ付けてるのさ?」


 「月詠さん、転入してきたばかりでまだ教科書ないんだってさ。だからこうして見せれるようにしてるわけ」


 何が『じゃなくて』なのかわからないが、現状の説明をする。


 「え?そしたら私はどうやって教科書を見るのさ?」


 「知るかあああ」


 他のクラスの友達から借りればと言いたかったが、舞夕は僕ら以外に友達いないからな。

 僕もそうなんだけどね。


 




 結局、舞夕は教科書がないのを理由に授業中寝て過ごしていた。

 かく言う僕も舞夕と紫以外の女の子とは普段接点がないので、月詠さんを変に意識してしまい授業に集中できないまま、気づけば昼休みとなっていた。


 今日最初の長期休み時間となったことで、ここぞとばかりにクラスメイト達が月詠さんの机に集まり出し一方的に質問を始める。

 漫画やアニメでもよく見るシチュエーションだけれど、こいつらいつお昼食べるんだ?


 「人気あるね。俺、あの前髪じゃなければ可愛いと思うんだよね。それに、あのよそよそしさも悪くない。守ってあげたくなるタイプみたいな?」


 「拓斗もあっちに行っていいんだよ?」


 弁当箱を持って近寄ってきた拓斗と、そんな発言をした拓斗に射殺すような視線を向ける紫。


 「いえ、紫さんとお昼食べたいです」


 そして、紫の圧に負けて敬礼をする拓斗。

 うん、今日も平和だ。


 いつもお昼は開放されている屋上で食べることにしている。


 僕は今だに寝ている舞夕を起こし、皆で屋上に向かうため教室を後にした。







 お昼を食べ終え教室に戻ると、流石にもう月詠さんの席の周りにクラスメイトがいることはなかった。

 それから午後の授業が始まったので、午前同様月詠さんに教科書を見せる形で授業に取り組んでいた。

 すると、


 ぐううう。


 お腹の鳴る音が聞こえた。


 ちょうど先生が話をしていた時だったのと、音自体はそれほど大きくなかったので僕にしか聞こえていないようだ。

 どうやら月詠さんのお腹からだったようで、月詠さんの方を見ると顔を赤くして俯いている。


 「お昼食べてないの?」


 「……はい」


 本当にあのシチュエーションだとお昼食べれないんだな。


 「ここにいたクラスのみんなもお昼食べてなかったの?」


 「みんなは代わりばんこで私のところに来ていたようなので、いないときにお昼を食べていたのかと」


 なるほど、交代制で食べるのか。

 これでまた1つ謎が解けた。 


 でも、常に囲まれていた本人はお昼を食べれてないわけで……。


「これあげるよ」


 僕は自分の鞄を漁ると、月詠さんに1本満腹と書かれたチョコバーを渡した。

 朝ご飯を作るのが面倒なときは、よくこれで済ませている僕の非常食だ。


 「え…、嬉しいけど、なんか悪いから受け取れないよ」


 まぁ、知り合いからならともかく、今日会ったばかりの人からは物を受け取らないよね。

 うん、その反応は正しい。


 さて、どう説得するべきか。


 「その……、すぐ隣でお腹鳴られると授業に集中できそうになくて。僕を助けるためだと思って受け取ってよ」


 「……そういうことなら」


 そういうと、月詠さんはチョコバーを受け取ると、静かに袋を開け食べ始めた。


 正直、これは善意の押しつけでしかない。自己満足だ。

 食べてもらってはいるが迷惑に感じているかもしれない。


 それでも、僕はその善意に救われた身として、他人に善意を向けることを諦めることはないのだろう。


 入学当初の僕は友達もいなく、両親も海外に行ってしまい、誰も僕に興味なんてないのだと勝手に孤独を決め込んでいた。

 当時の僕の態度が気に食わなかったのか、クラスの男子に絡まれそうになったこともあった。

 そんな僕に声をかけてくれたのが他でもない拓斗と紫だった。

 次に孤高だった舞夕にも声を掛け、気づけば僕らは一緒に行動するようになっていた。


 月詠さんも今は転入したばかりで孤独かもしれないが、明日にはもうクラスの女子に友達ができて、笑い合っているのかもしれない。


 そんな風なことを考えていると、右肩をちょんちょんと突かれた。

 舞夕からだった。


 その目からは何か力強い意思を感じる。

 舞夕も去年のことを思い出してたのかな。なんだかんだお前も良い奴だよな。


 「私にもチョコバーくれ」

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