第38話ガス風船と息子くん

 幼少期の息子くん、お祭りなどで買うガス風船が大好きでした。フワフワと浮かぶ風船は家に帰ると天井まで届いて、お布団に寝転んで天井にある風船から下がる紐を揺らして遊んでいました。

 日を追うごとに風船は浮上する力を失うため一日一日と天井から遠ざかり、一週間ほどで息子くんの目線まで降りて頼りなく揺れるのを息子くんは少し寂しそうに、そのうち萎んで浮上しなくなった風船を一生懸命飛ばそうとしてみたりしていました。

 小さいうちは毎年のようにガス風船を買っていたのですが息子くんが保育園年長さんになった頃、その年も祭りで買ったガス風船を息子くんは嬉しそうに持って歩いていました。

 そんな息子くんとママの目の前で同じくガス風船を買ったのだろう息子くんより小さな少年が転んだ弾みにガス風船を手放してしまいました。

 あっという間に見えなくなった風船に息子くんもビックリ。それよりもビックリしてしまったのは転んだ少年。

 一瞬の間を置いて、火がついたように泣き始めてしまいました。

 ご両親は宥めるも、少年は泣き止まず。どうやらもうひとつ買う選択肢は無い様子。

 泣き止まない少年に手を焼いてお父さんらしき人は先に行ってしまい、お母さんらしき人は泣き止むよう諦めるように話しているも人混みで立ち止まってしまって泣きじゃくる少年に困り果てていました。

 と、横にいた息子くんがちょっとだけママのコートを引っ付かみギュッと握った後、少年に向かい歩いていくと息子くん自分の風船を少年に手渡してしまった。

 「いいの?」と聞くと息子くん「息子くんお兄ちゃんだから」とちょっとだけ目の端に涙を溜めながらそう言って少年に「だいじにもってな、こうしたらコケても飛ばないよ」と。お母さんはしきりにママに頭を下げていましたが、何よりママはその行動が嬉しく「もうひとつ買おうか」と聞いてみると、息子くんは首を横に振ってその翌年からはガス風船を欲しがることがなくなりました。

 かわりにピンボールにハマってしまったので何とも言い難いのだけれど、あの時ママのコートを握って決心した息子くんは格好良かったし、ママにはヒーローに見えました。

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