懐かしくもほろ苦い息子くん

竜胆

第1話初めての迷子

 息子くん二歳。歩くのも走るのも少し遅かったのは丸々のボディのせいだったのか、まぁ漸く走るのも自然になりだしたばかりで、勿論ドアノブになんて手も届くのがやっとだった。

 当時の我が家は玄関からキッチンも部屋も一直線。洗濯物を抱えいつものごとくママはベランダへ、息子くんはベランダのすぐ側の部屋で電車の玩具を広げていた。

 鍵は二人だけの時にはかける習慣だったし、ベランダは一応中から鍵をかけられないように対策済み、ママは元気に気分良く晴れたベランダで少しいつもより多い洗濯物を干していた。

 漸く干し終えて玩具を片付け、息子くんもウトウト。陽射しも入って良いお昼寝タイムに突入、二人で欠伸をしながらタオルケットを出してきて昼寝に入ると暫くして、不穏な音が。

 バラバラっという軽い音からザーッと、空には暗雲たち込めて、窓の外はとんでもない雨。

 跳ね起きたママは隣にスヤスヤと寝息を立てる息子くんを起こさないように忍足でベランダに向かい一刻を争いながら洗濯物を取り入れていた。

 だから気付かなかった、気づけなかった。息子くんが起き出していたことに。

 手短に手早く取り込んでいたハズだったが如何せん息子くん絶賛トイトレ中でもあり洗濯物は大量だった。

 室内に戻りもぬけの空になったタオルケットを見つけても何処かに隠れているんじゃないかなと。玄関の鍵は閉めてある、ドアノブもまだ回すには(当時の我が家はドアノブ回すタイプでした)至らず背伸びして届くのが精一杯。

 先ずは一番心当たるトイレを確認。居ない。そうして風呂場のある洗面所風呂場と周るも居ない。

 名前を呼んでも反応はなくキッチンの収納棚から押し入れ全てを見廻り終えてやっと玄関を振り向いた。

 掛かっていた筈の鍵が外れている、見る見る血の気が引き真っ青になり扉を開けた所でご近所さんにバッタリ。

 この時既に日が暮れかけて薄暗い中蒼白のママと慌てたご近所さん。

「息子くんいる?さっきそこでお巡りさんが!」

 と同時にマンションの階段を上がってきたお巡りさんが顔を出した。

「息子さん、そこの信号渡った所で保護しています、身分証持って来ていただいていいですか」

 ママはバタバタと身分証を持ち財布も持たずに飛び出した、お巡りさんの後を追い息子くんの背中が見えたのはいつも行く公園へ向かう信号を渡った先。

「あ、お母さん来たよ」

「ママ!」

 朗らかな息子を見て膝から崩れ落ちたママの視界には先月買ったばかりのカエルさんの傘と黄色い長靴が見えた。

「次雨が降ったらね」

そう言った記憶が蘇る。どうやら息子くん雨に気付いて傘を手に長靴を履いて鍵を傘で押して開けたらしく得意げにお巡りさんに話していた。

 たまたま通りかかったお巡りさんが小さな子供が夕まずめに一人歩いているのが気になり声をかけてくれたとのこと。けれど持ち物に名前はあれど家の場所が分からない、そこに丁度帰宅中のご近所さんが現れてママに連絡と走ってくれたらしい。この時住所を伝えてなかったためお巡りさんはご近所さんの後ろから追いかけてきたと。

 平に謝りながら殆ど泣きそうなママに「鍵、傘で開けられたらどうにもならないから」と宥めてくれたお巡りさん、ご近所さんにも礼を言いながら帰路に着いたのだが、息子くんは暫くこの件を武勇伝として話していた。

 言うまでもなく翌日にはWロックになった我が家だった。

 二歳侮り難し、人間とはかくも工夫を持って進化したのを実感した一件だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る