第2話ー④ 約束のブレスレット

 翌日、マリアは再びゆめかと一緒に子供たちの部屋を周った。


 そしてしばらく部屋を周ってから、ゆめかに所長からの呼び出しがあり、マリアは少しの間、1人で過ごすことになった。


 廊下にある大きなソファに腰かけ、マリアはボーっとしていた。


「白銀さん、いつ戻って来るのかな……」


 そう呟いていると、マリアの視界に不安な顔で歩く少女が写る。


 どうしたんだろう――?


 そう思ったマリアは、


「どうしたの?」


 少女にそう声を掛けていた。


「お姉ちゃん、誰?」

「あ、私は……」


 どうしよう。勝手なことをしちゃった――


「お姉ちゃん?」


 少女はぽかんとした顔で首を傾げた。


「え、えっと。私は桑島マリアと言います」

「マリアちゃんって言うの? かわいい名前だね」

「あ、ありがとう」


 頬を赤くしながら、マリアはそう言った。


「私は蓮華れんげって言います」

「蓮華……かわいい名前」

「えへへ、ありがとう」


 蓮華は頬を赤く染めて、照れ笑いをした。


「それで、蓮華はどうしたの? 浮かない顔、してた」

「あ、うん……実はね――」


 能力が暴走したせいで寝たきりになった兄のお見舞いに来たことをマリアに伝える蓮華。


「そっか。お兄さんが……」


 私も前に同じようなこと、あったな――


 そしてその時のことを思い出すマリア。


 まだ暁が教師として派遣されて間もない頃、ちょっとした勘違いでキリヤがいかり、それから能力が暴走したのだった。


 キリヤはその後、無事に目を覚まして、今も元気に働いている。でも、蓮華のお兄さんは――?


「蓮華は大丈夫?」

「私は、何ともないよ。でもお兄ちゃんは私のせいで苦しんで……それで」


 そう言って俯く蓮華。


 なんだか、昔の自分を見ているようだな――蓮華を見ながらそう思うマリア。


「蓮華のせいじゃない。それに、きっとお兄さんは蓮華のことを恨んでいないから。だから、信じて待ってあげて」

「でも、もう目を覚まさないって……」


 蓮華は震えた声で悲し気にそう言った。


「そうかもしれない。でも、蓮華は諦めないで」

「諦めなければ、絶対に目を覚ますの?」


 顔を上げた蓮華は、そう言ってマリアをじっと見つめる。


 その蓮華の表情は、自分の言葉を肯定してほしい――と訴えかけているようにマリアには見えていた。


 でも、私には言えない。絶対に大丈夫とは言えない――


「それは、わからない」

「じゃあなんでそんなこと言うの? 私が辛いだけじゃない」


 このままじゃ、この子を傷つけちゃう……どうしたらいいの? なんて言ってあげたら、この子が安心するの――?


「あ、あの……」

「お姉ちゃんは他人事だから、そうやって言えるんだよ。私の気持ちなんて、何にもわからないくせに――」

「それは違う!」


 マリアは語気を強めてそう言った。


 そんなマリアに圧倒された蓮華は、きょとんとした顔をする。


「――え?」

「それは違うよ……私もわかるよ。だって、私も同じだったから……」

「同じ?」


 マリアは蓮華の視線に合わせてしゃがみこんだ。


「うん。私のお兄ちゃんも暴走して、眠りについたの」

「そう、なんだ」

「でも――私は信じた。絶対に大丈夫。キリヤは帰ってくるって」

「……それで、どうなったの?」

「帰ってきた。ちゃんと」


 ニコッと微笑みながらマリアはそう言った。


「そうだったんだ……」

「だから、蓮華も信じて。誰か一人でも信じていれば、その気持ちはお兄さんに届くから。みんなが諦めても、蓮華だけは絶対にあきらめないで!」


 マリアの言葉に、蓮華は少しずつ目を潤ませる。


「…………うん」


 蓮華はそう言って小さく頷く。


「わかった。信じる。お兄ちゃんを。そして――マリアちゃんを!」


 蓮華はそう言って、ニコっと笑った。


 そんな蓮華にホッとした顔をするマリア。



「私も本当は諦めたくなかったの。でも周りの大人たちがみんな諦めるから、もう仕方がないのかなって思っていたんだ。でも、違ったんだね」


「うん」


「ありがとう、マリアちゃん」


「ううん。私の方こそ!」



 それからしばらくすると蓮華の母が蓮華を迎えに来て、蓮華は笑顔で帰っていった。


「よかった。不安が少しでも軽くできたかな」


 蓮華が歩いていった方を見つめて、マリアはそう呟いた。すると、背後から拍手をしながら、誰かがやってくる気配を感じたマリア。


 それからゆっくりとその方に視線を向けると、


「もう立派なカウンセラーじゃないか」


 そう言って歩いて来るゆめかの姿があった。


「白銀さん? いつから見ていたんです?」

「今、来たところだよ。あの子、マリア君と話しているときにすごく幸せそうだった。きっとあの子はもう大丈夫だね」


 マリアはゆめかにそう言ってもらえたことが嬉しく感じ、微笑んだ。


「はい、ありがとうございます!」

「それじゃ、午後の見回り行こうか!!」

「はい!!」


 そしてマリアはまたゆめかと共に研究所内を周ったのだった――。




 マリアが研究所に来て数日。とうとうアルバイト最終日となった。


 見回りを終えて、マリアとゆめかは廊下を歩いていた。


「じゃあ、今日はここまでだね。マリア君。この数日間、ありがとう。助かったよ」

「私も……白銀さんのおかげで、とても勉強になりました」


 それに、すごく楽しかった――


 そう思いながら、マリアは微笑む。


「ははは、そうかい? それは良かった」


 ゆめかもそう言って微笑んだ。


「じゃあ、お疲れ様でした」


 マリアはそう言って部屋に戻ろうとすると、


「ちょっと待って!」


 ゆめかはそう言ってマリアを呼び止めた。


「どうしたんですか?」

「その……ちょっと別れが寂しいというか……だから」

「だから……?」


 いつもの大人っぽい雰囲気とは違い、もじもじとそう言うゆめかにマリアは首を傾げた。


「今夜は私の部屋でお泊り会をしよう!」

「……え!?」

「嫌かい?」


 悲しそうにそう言うゆめかの顔を見たマリアは、全力で首を横に振る。


 少し、緊張するけど。でも白銀さんとまだお話ができるんだ――!


「ぜひ、お泊り会に参加させてください!」


 満面の笑みでそう答えるマリア。


「よかった……じゃあ、またあとで部屋まで迎えに行くから! それまではゆっくりと最後の時間を楽しんでほしい」

「わかりました。ふふっ。楽しみですね! それでは、失礼致します」

「ああ」


 そしてマリアは宿泊用の部屋へと向かって行ったのだった。

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