第1話ー⑤ 決着

 ――キリヤの部屋。


「え、なんで……?」


 部屋に入ったキリヤは、そう言って目を丸くしていた。


「綺麗じゃない?」

「う、うん……なんでだろう?」


 キリヤはそう言いながら部屋を見渡し、床に座る。そして優香もその隣に座ると、


「きっとお母様じゃない? すごく素敵なお母様だったし」


 そう言って少し悲し気な表情をした。


 キリヤはそんな優香を見て、はっとした。


 優香は自分とお母さんのことを解決したとは言っていたけど、でも根本的な部分は解決しているわけじゃないんだ――と。


「優香! 僕の母さんは優しい人だよ!」

「え? うん、それはさっき見たから知ってる」


 優香はそう言ってきょとんとする。


「僕の母さんは自分の子供のことを大事に思ってくれる人だよ!」

「ええ。それもこの部屋を見て、感じたよ。何? どうしたの??」


 そう言って首を傾げる優香をまっすぐ見たキリヤは、


「僕の母さんは、義理の娘でも自分の娘のように接してくれる人だと僕は信じてる!!」


 そう告げた。


 優香は目を丸くして、キリヤの顔をただ見つめていた。


「だから優香! もし僕のところにお嫁に来たら、僕の母さんが優香の母さんになってくれるから!!」

「は、はあ!? 何言ってるのよ、急に!?」


 優香は顔を真っ赤にして、頭を押さえる。


「あ、えっと……なんだか優香が寂しそうだったから。優香はお母さんの事を大好きだったんだろうなって。だから、少しでも寂しさを紛らわせたくて――」


 そう思って、あんなことを言ったけれど……でも、優香はそういうことを言って欲しかったわけじゃないんだな――


 そう思いながら、キリヤは俯く。


「なるほど、そういうことか。気を遣わせちゃってごめんね、キリヤ君」

「ぼ、僕の方こそごめん! 謝らせることになるなんて」


 キリヤがそう言って顔を上げると、


「ううん。いいの。それと、ありがとう。嬉しいよ、そう言ってくれて」


 優香はそう言って微笑んだ。


「よかった……」

「ついでに聞くけど、今のがプロポーズとかじゃないよね?」


 優香はそう言って目を細める。


「ち、違うよ! やるときはちゃんと男らしくやるって!! 先生にみたいにさ!!」


 キリヤは焦りながらそう言った。


 今のがプロポーズだったら、格好がつかないよ――!


「うふふ。楽しみにしておきます!」

「はい!」

「それと――その先生の話、気になる!」


 目を輝かせて優香は、そう言った。



「ああ、聞いてなかったんだ?」


「うん! だって神宮寺さんと会うわけでもないし、先生からだってね。だから私はキリヤ君から聞くしかないでしょ?」


「あはは、そうだね! じゃあ――」



 それからキリヤたちは夕食の時間まで、暁のプロポーズ大作戦の話で盛り上がったのだった。




 ――リビングにて。


 夕食ができたとマリアから呼ばれたキリヤたちは、リビングに来ていた。


「なんだか、豪華だね……」


 キリヤはテーブルに並ぶ食事を見て、思わずそう呟いた。


「もちろん! だって、せっかくキリヤが帰ってきたのよ? それに可愛い彼女さんも一緒なんて! お祝いしない手はないじゃない??」


 そう言ってキリヤの母は微笑んだ。


「母さん……ありがとう」

「えっと、可愛いというのは、少し訂正が必要かもしれませんが、ありがとうございます」


 そう言って優香が頭を下げると、


「あら! 可愛いわよ、優香ちゃんも!!」


 ニヤニヤと笑いながらキリヤの母はそう言った。


「この美形親子に囲まれた状況でそのようなお言葉を頂きましても――」

「優香は可愛い!!」

「うん、可愛いよ!!」


 満面の笑みでそう言うマリアとキリヤ。


「キリヤ君も桑島さんも何のフォローですか!? 恥ずかしいので、やめてください!」


 そう言って両手で顔を覆う優香。


 そんな優香を見ながら、桑島家の人々は微笑んだのだった。


「じゃあ気を取り直して、ご飯にしましょうか」


 それから椅子に座るキリヤたち。


 そして両手を合わせてから、夕食を始める。


「そういえば、お父さんはまだなんだ」


 マリアは部屋に掛かっている時計を見ながらそう言った。


「ええ、もう帰ってきていてもおかしくはないんだけど……大丈夫かしら」


 母のその言葉に、キリヤは不安な出来事が頭をよぎる。


 まさか……あの時みたいに事故、とか――


「ねえ、大丈夫なの? 警察に連絡とか、した方がいいんじゃない?」


 キリヤは心配そうにそう言った。


「そうね……あと1時間しても帰ってこなければ、そうしましょう」

「で、でも――!」

「キリヤの心配する気持ちは、わかっているから」


 そう言って微笑むキリヤの母。


「お母様もそう言っていますし、今は信じて待ちましょう?」


 優香はキリヤの方を見て、そう言ってから微笑んだ。


「うん、わかった」


 信じる、か……義父さんにそんなことを思う日が来るなんてね――


 そんなことを思ってから、キリヤは夕食を再開した。


「そういえば、私ね。キリヤたちと同じ研究所で働こうかなって思っているの」


 マリアは嬉しそうにキリヤたちへそう言った。


「そうなの!?」

「うん!」

「え、でもなんで……?」

「白銀さんと働きたいから、かな」


 キリヤの問いに、マリアはそう答えて笑った。


 もしかしてマリアは白銀さんがシロだってことを知って――?


「どうして白銀さんなんですか? 他にカウンセラーはたくさんいると思うのですが」


 疑問に思ったのか、優香はマリアにそう問いかける。


「白銀さんは私にきっかけをくれた人なんだ。だから私の夢はカウンセラーになって、白銀さんと働くことなの」


 白銀さんが、マリアにきっかけを……そうだったんだね――


 なんだか不思議な縁だなと思いながら、キリヤは微笑む。


「すごくいいと思う。白銀さんはきっとマリアにいろんなことを教えてくれる。すごいカウンセラーにしてくれるよ! それに……白銀さん自身もマリアと一緒にいたいって思っているんじゃないのかなって、僕は思うから」


 キリヤがそう言うと、マリアは嬉しそうに笑い、


「キリヤ……ありがとう! 私、頑張るね!!」


 そう言った。


「うん! 僕も優香も研究所で待っているからね!!」

「あらあら。じゃあマリアが卒業したら、また家の中が寂しくなっちゃうわね」


 寂しげにそう言う母。


「私はちゃんと帰ってくるよ」

「私はって!! 僕が帰ってこないみたいじゃないか!」

「これからは、なかなか帰らないキリヤを私が必ず連れて帰ってくるから!」


 マリアは笑いながらそう言った。


「よろしくお願いします」

「ちょっと! 無視!?」

「うふふ。もちろん、優香もね」


 そう言ってマリアは優香の方を見た。


「は、はい!!」


 嬉しそうに返事をする優香。


 なんだかこういうのって、本当の家族みたいだな――とキリヤは思ったのだった。


 それから今まであったことを話しながら夕食を進めていると、玄関の方から扉が開く音が響いた。


「あら、やっと帰ったみたいね」


 キリヤの母はそう言って、玄関へ向かった。


 そして急に顔が強張るキリヤ。


「キリヤ、大丈夫?」


 マリアはそう言って、心配そうにキリヤの顔を覗き込む。


「大丈夫。僕は、前へ進むためにここに戻って来たんだから」


 そう言いながら、両手の拳をぐっと握るキリヤ。


 そしてその右手の拳を優香の手がそっと包む。


「さっきもこうしたね」

「……ありがとう、優香」


 そう言ってキリヤは微笑んだ。


「2人は相変わらず、仲良しなんだね」

「あはは」


 キリヤは恥ずかしそうに、頭を掻いた。


 そしてリビングに母と義父がやってきた。


「ただいま。それと、キリヤ……君。おかえりなさい」


 義父はそう言って、キリヤに微笑む。


「おかえりなさい。それと、ただいま」


 キリヤも精一杯の笑顔で義父にそう答えたのだった。


 それからキリヤの母がパンっと手を鳴らすと、リビングの重たい空気は一変した。


「じゃあ、ご飯を続けましょう! それにお父さんがケーキ買ってきてくれたわよ!」


 そう言いながら、ケーキの箱を見せる母。


「お父さん、ありがとう。でも、なんでケーキ?」


 マリアはそう言って、首をかしげた。


「ああ、キリヤ君が来るって聞いたから、何かおもてなしをしたいなって思ったのと、成人おめでとうって言うのと、卒業おめでとうって言うのと、就職おめでとうのケーキかな」


 義父は恥ずかしそうにそう言った。


「僕の、ために……」


 そう言って目を丸くするキリヤ。


「ええ、そうよ。お父さんね、キリヤが帰って来るって聞いてから、ずっと楽しみにしていたんだから! ね?」

「あははは」


 恥ずかしそうに頭の後ろをさすって笑う義父。


「そう、なんだ……」


 僕は何を怯えていたんだろう。こんなに僕のことを思ってくれる人のことを――


「あ、あの……と、義父さん! あ、あり――ありがとう!!」


 キリヤがそう言うと、義父は目を丸くしてから、


「――喜んでくれて、私も嬉しいよ」


 そう言って微笑んだ。


 そして義父を含めての夕食が始まったのだった。

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