第85話ー③ 別れの時

 ――施設内、職員室にて。


「はあ。資料のこと、すっかり忘れていたな……急がないと」


 そう言って暁はPCを起動し、書類の作成を再開する。


 それから数時間が経過し、


「はああ……終わった」


 そう呟いた暁は椅子の背もたれに背中を預ける。


「送信まで終わったし、あとは不備があったときに修正するだけだな」


 そう言って暁はゆっくりと天井を見つめた。


「にゃーん」


 唐突に聞こえたその声に、視線を床に向ける暁。


「ミケさん……」


 それからミケはゆっくりと暁の前に座る。


「また心配してきてくれたのか?」

「にゃん!」

「そうか……ありがとう」


 そう言って微笑む暁。


「この間、話したばかりだったのにな。すぐにこんなことになるとは思わなかった……」

「にゃーん」


 やっぱり、俺はもうミケさんと話すことができないんだな――


 そう思いながら、暁は悲し気な表情をした。


「ごめんな。俺はもうミケさんと会話をしてやれない。――だから、ミケさんはミケさんの自由に生きてくれ。本当はここに留まってほしいけど……もう俺と会話ができないのに、それをお願いされるのは嫌だよな」


 そして暁は、まだ『ゼンシンノウリョクシャ』の可能性があるかけるのことをふと思い出す。


「篤志さんのところはどうだ? 俺の弟の翔も『ゼンシンノウリョクシャ』だし、きっとミケさんと会話もできる。だから――」


 ミケはそう言う暁の膝の上に飛び乗った。そして身体を丸くしてから、暁の膝に頬ずりをする。


「もしかして、俺のところに居たいって言ってくれているのか……?」

「にゃーん」

「ミケさん……よし! じゃあミケさんもずっと一緒だからな!! これからは俺の家族だ!!」

「にゃん!!」


 それからしばらくして、暁は眠ったミケを自室に運んだ。


「俺の能力がなくなっても、今まで積み重ねてきたものがなくなるわけじゃないんだな……」


 そう言って眠る水蓮とミケを見つめる暁。そして職員室に戻ると、先ほどまでいた自分の席の椅子に座った。


「なんだか今日まであっという間だったよな……初めてこの施設に来たときは、右も左もわからなかったのに」


 そう言ってクスッと笑う暁。


「生徒たちとぶつかって、わかり合って……そして挫折したり、励まされたこともあったよな――」


 そう呟いて暁は窓からグラウンドを見つめた。


「そういえば、誘拐されたこともあったっけ。あの時は驚いたなあ。でもそれを企てた狂司が、またこの施設で一緒に生活しているなんて、なんだか不思議な感じだな」


 そして暁はこれまでのことを振り返りながら、静かに窓の外を見つめていた。


「――俺は……俺の願いは、叶ったんだろうか」


 そんなことをふと呟く暁。


 生徒たちの心を救うと言って、この施設に足を踏み込んだ。そして今の自分はどうだろう――?


「自分じゃ、わからないな。ははは」


 そして思い出す生徒たちの顔。


「俺はもっと多くの生徒たちの笑顔が見たい。だからその為に、また新しい一歩を踏み出すことにしたんだよな」




 子供たちの未来、そして自分の未来の為。俺はできることをこれからも続けていく。


 大切な別れを経験して、また一歩……未来へ近づいたのかもしれないな――




「よおし! これからも頑張るぞ!!」


 それから暁は、いつものように眠りについた。


 生徒たちと共に過ごす、明日を迎えるために。

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