第85話ー① 別れの時

 それは数年前のこと――


 SS級と言われた暁はS級施設の自室から出ることを許されず、孤独な日々を送っていた。


 そしてそんなある日の事。


「身体が、熱い――っ!」


 突然、燃えるように身体が熱くなった暁は身悶え、そのまま意識が途切れたのだった。




「!?」


 しばらくして目を開けた暁は、自分が先ほどまでいた保護施設ではない場所にいることを察する。


「ここ、どこだ……?」


 そう言って暁は周りを見渡すが、真っ白なその空間に自分以外の人の気配はなかった。


 すると、


『いつかはこうなるだろうなって思ってはいたけどさ……』


 背後から唐突に聞こえた声に振り返る暁。


 目の前に現れた人物に、暁は目を丸くした。


「え……俺?」


 暁がそう言うと、もう一人の暁は頷き、


『そうだ。俺はお前だ。そしてここはお前の心の中だ』


 淡々とそう答えた。


「俺の、心の中?」

『ああ、そうさ。お前は能力が暴走して、そして眠りについた』

「そう、か……」


 これで終わったんだな。俺の辛い人生が。たった16年ちょっとだったけど、それなりに楽しい人生だったと思う――


 そんなことを思いながら、暁は俯いた。


『後悔しないのか?』

「……しないって言ったら嘘になる。でも、仕方ないんだろ?」


 暴走をしたものは目を覚まさない――それは暁が能力の覚醒をした時に、検査員の男性から聞かされていたことだった。


 だから暁は、自分はもう二度と目を覚ますことのない眠りについたのだ、と察していた。


『そうだな。本来なら、もうここで人生は終わっているはずだった。でも――』

「?」


 そして現れる艶々とした毛を靡かせて歩くライオン。


『お前の中にいるこいつが、お前を外に返せと言っているからな』

「これって……俺の『獣人化ビースト』の?」

『そうだ。だから暁、お前はまだ外の世界に居られる』

「そんな……」

『嫌か?』


 そして首を横に振る暁。


「そんなわけないだろう。ダメだって諦めていたから……俺はまだ、生きられるんだな」

『そうだ。だから夢をあきらめるな。お前は今できることを全力でやれ。そうしたら、道は開けるから』


 そう言って微笑むもう一人の暁。


「ああ、わかったよ」


 暁がそう言ったのと同時に、真っ白な空間には大きな穴ができた。


『出口は作った。あとはあそこを通れば、元の世界に戻れるから』

「ありがとな、俺! じゃあな」

『おう! もう戻って来るんじゃないぞ!!』

「ああ!!」


 そして暁が穴を潜ると、その視界は真っ暗になった――。




 それから次に目を覚ました時、暁は研究所のベッドで眠っていた。


「こ、こは……」


 暁がそう呟くと、


「被検体の意識が!」「これは前代未聞だぞ!?」


 周りにいた大人たちはそう言って騒ぎ出し、それから暁は様々な検査を受けることになったのだった。


 そして時は流れ――今に至る。



 * * *



 ――職員室にて。


「ああ、来週までに提出しないといけない書類が……ううう」


 頭を抱えながら唸る暁。


 そしてちらりと時計に視線を向けると、すでに日付が変わろうとしていた。


「はあ。学校を創るのがこんなに大変なことだったなんて……考えが浅はかだったかな……」


 そう言って机に突っ伏す暁。


 あまり無理をして、また暴走ってことになったら、元も子もないよな――


 それから暁は顔を上げた。


「今日はこの辺にしておこう。あーあ、でもこういう書類関係って織姫とか強そうだよな。手伝って……くれないよな。織姫も忙しそうだし」


 そして大きなため息を吐く暁。


 すると、ミケが暁の足元にやってきて、


『終わったか?』


 そう言いながら、ちょこんと座る。


「ああ、今日は諦めたよ……」


 暁がため息交じりにそうにそう言うと、


『まあ、無理は禁物だからな』


 ミケさんは笑いながらそう言った。


「心配してくれたのか?」

『一応な。暁は、私の唯一の理解者でもあるわけだし』

「あはは。そうか、ありがとな!」

『うむ。じゃあ、私は寝るよ』


 そう言って暁の自室の方に向かって歩くミケ。


「あ、ミケさん!」


 暁の言葉にミケは足を止め、振り返る。


『なんだ?』

「いや。もしも俺がミケさんと会話できなくなったら、ミケさんはどうするのかなって思って……」

『どうした、いきなり』


 ミケはそう言って再び暁の前に戻る。


「優香のこともあるし。俺ももしかしたら、いつかはって思って……そうしたら、ミケさんはどこかへ行ってしまうのか?」

『うーん。どうだろうな。今はわからない。でも今の私は、暁や水蓮と共に過ごしたいと思っているよ』


 そう言ってミケは暁の自室に戻って行った。


「そっか……」


 そして暁はぼーっと天井を見つめる。


 でも本当にそうなったら、ミケさんはきっと寂しいよな。今まで会話ができたのに急に話せなくなるなんて――


「俺が『ゼンシンノウリョクシャ』じゃなくなったタイミングで、ミケさんも能力から解放されたらいいのにな……」


 そんなことを呟く暁だった。

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