第68話ー① 黒翼の復帰

 剛が施設に戻ってから数週間が経った。


 そして相変わらず凛子も織姫もノルマを終えたらささっと教室を出て、剛は時間ぎりぎりまで勉強しているという日々が定着しつつあった。


「剛……そろそろ時間だけど、大丈夫そうか」


 暁は心配そうな顔で剛にそう告げる。


「おう、大丈夫だ! いつも気にかけてくれてありがとな、先生!」


 そう言って歯を見せて笑う剛。


「ああ」


 俺が気にかけていることに剛は気づいていたんだな――と剛の言葉からその事実を知る暁。


 あまり見せないつもりでいるんだけどな……優香が前に言っていたけど、やっぱり俺って顔に出るのかも――


「頑張るのも悪くはないが、キリの良いところまでにしておけよ?」

「おう!」


 そしてそれから数分後。剛は勉強道具を片付けて自室へと戻っていったのだった。




 授業後、教室にて――


 暁は授業の片づけをしながら、剛のことを考えていた。


 まさか自室でもまた自分を追い詰めるように勉強しているんじゃ――そんな不安が頭をよぎる暁。


「もしそうなら、止めないと……また同じように剛は――」

「先生、どうしたの? 顔、怖いよ?」


 水蓮はそう言って暁の服の裾を掴んだ。


「あ、ああ。水蓮、ごめんな。怖がらせるつもりはなかったんだよ。ただ、ちょっと心配事があっただけだ」


 そう言いながら、暁は水蓮の頭を撫でた。


「スイに何かできることがあれば何でも言ってください! スイ、頑張るから!!」

「おおお。それは頼もしいな。じゃあ困ったら、水蓮に相談するよ」

「任せなさい!」


 そう言って胸をポンっと叩く水蓮。


 どこでそんなことを覚えるんだろうな――と暁はクスクスと笑いながら、水蓮を見守った。


「水蓮のおかげで笑顔になれたよ。ありがとな!」

「よかったあ」


 そう言って微笑む水蓮だった。


 とにかく今は剛のやりたいようにやらせよう。もしも明らかに様子がおかしいときは、絶対に止めさせる。もし剛に嫌われることになっても、絶対にだ――。


 そして暁たちは職員室へと戻っていったのだった。




 職員室にて――


 暁は机に置いてあるスマホの画面に目を落とすと、『新着メッセージあり』の文字が目に入る。


「――所長から? なんだろうな」


 そして所長から送られてきたそのメッセージの内容に、目を見開く暁。


「まさか……でも、本当に? とりあえず、所長に聞いてみよう。まずはそれからだ」


 そのまま暁は所長に電話を入れる。そして――


『ああ。そこに書かれていることは本当だよ。来週から烏丸狂司君が施設に復帰することになった』


 復帰することになったって……何言っているんだ、所長は――?


「でも、だって狂司は――!」

『反政府組織の『アンチドーテ』だろって?』

「え、知っていたんですか?」

『まあ、いろいろとあってね。それに彼はきっと頼りになる。だからよろしく頼むよ、暁先生?』


 所長は暁にそれだけ告げると、電話を切ったのだった。


 スマホの画面を見つめて、不安な表情になる暁。


「俺、うまくやれるかな……いや。やるんだ。だって狂司も俺の生徒だったことに変わりはないんだからな!!」


 そう言って頷き、来週から来る狂司の諸々の準備を始めたのだった。



 * * *



 1週間後――。


 保護施設のエントランスゲート前に一台の車が止まった。そしてその中から現れる少年。


 リュックサックを背負い、そのまままっすぐエントランスゲートを潜った。


「まさかまたここへ来ることになるなんて……でもまた学べるのは、ドクターやかける先輩のおかげなんですよね。だったら、僕はドクターたちの願いをかなえてあげるだけです」


 そして少年は建物の中へと入っていったのだった。



 * * *



 食堂にて――


 剛と水蓮、そして暁の3人がテーブルに着き、朝食を摂っていた。


「なあ、今日来る生徒ってどんな奴なんだ?」


 剛は箸を止めて暁にそう尋ねた。


 その問いに暁は少し困った表情をして、


「どんな奴、か……前に施設で暮らしていたことがあったんだけど、ちょっといろいろあって施設から出て行った生徒、かな?」

「そのちょっとってことがどのくらいちょっとなのか、気になるところだな」

「あははは……」


 まさか自分が、その生徒に誘拐されたんだ! なんて言えない暁は、苦笑いで返すのみだった。


 そんな微妙な空気を全く読まず、


「先生! ウインナー、おかわり!!」


 水蓮はそう言って暁に空いた皿を見せながらそう言った。


「ああ、じゃあ取りにいこうか」


 そう言って笑いながら、立ち上がる暁。そして水蓮も遅れて立ち上がると、2人は食べ物の並ぶカウンターへ向かって歩いた。


「そうしていると、本当に親子みたいだよな」


 剛は暁たちを見ながらそう言って笑っていた。


「ははは。でも本当の父親にはなってやれないからな。少しでも父親代わりができたらと日々思っているんだよ」


 暁はそう言うと、水蓮の頭をそっと撫でた。


「先生がスイのパパになるの??」

「いや。俺は水蓮の先生だから……だからパパにはなれないけど、でもパパの代わりならできるんだぞ?」

「よくわからないけど、先生は先生ってこと?」


 水蓮は首をかしげながら、暁にそう尋ねる。


「ああ、そういう事だな!」

「わかった!!」


 そう言って微笑む水蓮。


「パパになれないけど、パパの代わりだっていうのはなんだか不思議な感じだな!」

「そう、か?」


 そういう在り方だってあると思うんだけどな――?


「ああ。パパの代わりってことは、それってもうパパみたいなもんじゃないのかって俺は思うけど……?」

「だってほら! 本当の父親って、その為の書類を提出してやっとだろう? ここで面倒を見ているだけなら、それは本当の親子じゃない」


 そう。俺は水蓮にとって、ただの教師だから――


「うーん。そういうもんなんだな!」

「ああ――って水蓮!? ウインナー落ちてるぞ!!」

「えへへ」

「まったく……」


 そう言って微笑む暁。


 そして食堂では楽しい空気が流れるのだった――。

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