第60話ー① おしゃべり猫と石化の少女

『暁、お腹が空いたぞ』


 三毛猫は暁をじっと見つめながら、そう言った。


「あー、ちょっと待ってろって」


 そう言いながら、暁は手に持っているご飯を三毛猫の前に出す。


『もっとマシなものはないのか』

「猫が文句言うなよなー。まったく……。今度、鰹節でも持ってきてやるから」

『楽しみにしているぞ』


 そう言ってから三毛猫は差し出されたご飯を食べ始める。


「そういえば、この間の続き。いつになったら聞かせてくれるんだ?」


 暁はご飯をおいしそうに食べる三毛猫へ尋ねた。


『ああ、そうだったな。……これを食べ終えたら、話すよ』

「わかった」


 それから暁は職員室の自分の机に座る。


 この間は話を聞こうとしたタイミングで、奏多から電話があったからな――。


 そんなことを思いながら、頭の後ろで両手を組む。


「『ゼンシンノウリョクシャ』……いったい、何なんだろう」


 そして三毛猫に視線をやる暁。


「この三毛猫も……。なんでこいつは話せるんだ?」


 おいしそうにご飯を頬張る三毛猫を見ながら、そんなことを呟いていた。


「まあ、とにかく今は待つしかないのか」




 ――数分後。


『待たせたな』


 三毛猫は偉そうにそう言って、暁の目の前に座る。


「それで。お前の正体と、前に言っていた『ゼンシンノウリョクシャ』について教えてくれ」

『わかった。……あれはもう20年くらい前になるかな。私が初めて猫になったのは』

「猫に……なった?」


 どういうことだ? それじゃ、まるで――


『そうだ。私はもともと暁と同じ人間だった』

「人間……!?」


 三毛猫から聞いた事実に驚き、目を見開く暁。


『ああ。そしてこの異能力……確か今は『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』と言うんだったな。私がそれに目覚めたのが約20年前だ』


 20年前、か――そしてシロの顔が頭をよぎる暁。


「それって最初期の頃のだよな……」

『そう。私は最初に目覚めた能力者の一人。『猫』という能力を持った子供だった』

「やっぱりシロと同じ、1st……ってことか」


 顎に手を当てて考える暁。


『そのシロが誰だかは知らないが、たぶんそういう事なんだろうな』


 そう言って頷く三毛猫。


「それで結局『ゼンシンノウリョクシャ』って何なんだ?」

『ああ。私や暁のように別の生き物になる能力を『ゼンシンノウリョクシャ』と言うんだそうだ』

「なるほど、そういうことか……」


 でもなぜこの三毛猫は、人間じゃなくなったんだ――?


 そんなことを思い、目の前にいる三毛猫を見つめる暁。


『何か言いたげだな』

「あ、ああ。聞きたいことがいくつかある」

『何でも答えよう』

「ああ、まず1つ。黒服の男たちに変な施設へ連れていかれなかったのか?」


 確かシロ……白銀さんの話だと、黒服の男たちがやってきて――


『黒服の男たちは確かに私の元に現れた。だが、私はとある人のおかげでその男たちを逃れ、誰にも見つからない山奥でひっそりと暮らしていたんだ』

「とある人……?」

『そうだ。今はほとんど覚えていないが、優しい人だったことだけは覚えている』

「そうなんだな」


 三毛猫の言った「覚えていない」という言葉が少々引っ掛かりつつ、暁は次の話題を切り出す。


「じゃあもう一つ。なぜ、猫になったまま戻れなくなったんだ?」

『暁にはちゃんとそのことを話しておかないとだな。そのために私はここへ来たんだから』

「え、俺に話をするためにここへ……?」

『ああ、そうだ』


 わざわざこんなところに来たのは、俺が『ゼンシンノウリョクシャ』だったからなんだな。でもこの三毛猫はいったい、何を話そうって言うんだ――?


『それで私が猫のままの理由だが、身体を別の生物に変化させる能力を持つものの特性のようだ。自分の中に棲むもう一つの魂に身体を乗っ取られてしまい、ヒトのカタチを保てなくなるということ』


「そんな……でも俺は、何も」


 三毛猫の話を聞いた暁は、今でも人間のままである自分と三毛猫との違いに疑問を抱く。


『暁は無効化の力が働いて、獣の魂を押さえているのだろう。無効化がなければ、少しずつ獣に身体が奪われ始めて、今頃……』

「俺は獣になっていた、と?」

『ああ』


 三毛猫の話を聞き、無効化がある自分は幸運なんだと思った暁。


 ――でも別の生き物になる力、か。確かにあまり聞かない能力だよな。


 そしてふと『蜘蛛』の能力を持つ優香のことを思い出した。


 能力が暴走した優香も自分やキリヤのように能力が消失しない身体になっている。もしも優香が『ゼンシンノウリョクシャ』だったとして、無効化がない優香がどうなってしまうのだろうかと。


「実はここの卒業生で『蜘蛛』の能力を持つ生徒がいるんだ」

『ほう。その生徒とやらは今でもその力を宿したままなのか?』

「そう、だな……」

『もしその生徒が『ゼンシンノウリョクシャ』なのだとしたら、そろそろ身体に異変が現れ始めている頃かもしれない』


 その言葉にはっとする暁。


「そんな……。でも今のところ、何も報告はないぞ?」

『暁がその生徒からどれだけの信頼を寄せられているかにもよるな』


 三毛猫はそう言ってあくびをした。


「うう。そう言われると、少し自信がないな」


 そう言って肩を落とす暁。


『とりあえず。私をその生徒の元に連れて行ってくれないか? もしも『ゼンシンノウリョクシャ』ならば、私の声が聞こえるはずだから』

「わかった……近いうちに会えるよう、連絡をしておくよ」

『よろしく頼む。……私のように人間でいられなくなる子供を見るのは嫌だからな』


 暁はそう言う三毛猫の顔をまっすぐに見つめたあと、


「ああ。俺もその意見には同意だ」


 そう言いながら頷いた。



「……そういえば、名前はなんて言うんだ? もともと人間だって言うんなら、ちゃんと名前があるんだろう?」


『ああ、それが……実は人間の頃の記憶が欠落している部分があってな。本当の名前を思い出せないんだよ。だから私のことは、『ミケ』とでも呼んでくれ』


「三毛猫だから『ミケ』か。わかった。じゃあミケさんって呼ばせてもらうよ。これからよろしくな、ミケさん」



 そう言って微笑む暁。


『ああ。よろしく』


 それから暁は真面目な顔になり、優香が『ゼンシンノウリョクシャ』ではないといいけど――そう思いながら、三毛猫との会話を終えたのだった。

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