第62.5話ー① 幼馴染

 しおんが帰省する少し前のこと。


 真一の自室にて――


 いつものように真一はしおんと共に歌の練習をしていた。


「今日はこの辺にしようか」

「おう」


 それから床に座る真一としおん。


「……そういえば、明後日だっけ」


 真一ははちみつジンジャードリンクを飲みながら、しおんにそう言った。


「ああ、そうだ。お土産、買って来るからな! 千葉は落花生が――」

「別にいらないからっ!!」

「そうか?」


 少し残念そうな顔をするしおん。


「気なんて遣ってくれなくていい。その代わり、社長への挨拶は頼んだからね」

「おう。まま、任せとけって!!」


 少しどもりながらそう言うしおん。


「……なんか、不安だな」

「はあ!? そんなことねーし!!」

「あ! そうだ」

「ん?」

「あやめにはお礼を言っておいてくれない? また会った時にちゃんと伝えるけど、まず先に所属のことはあやめのおかげでもあるわけだから……」


 真一は恥ずかしそうにそう言った。


「ああ、わかった! 真一の熱い思いは、俺がしっかり……もう本っ当にしっかりと伝えておくからな!!」

「べ、別にそこまでしっかり伝えなくてもいいから! お礼を言ってくれたら、それでいいから!!」

「あー、はいはい」


 しおんはそう言いながら、うんうんと頷く。


「ちょっと、ちゃんと聞いてる――?」

「あ、父さんから電話が! じゃあこの続きはまた今度な!」


 そう言って真一の部屋を出るしおん。


「まったく……」


 真一はそう言いながらも笑顔でしおんの出て行った扉を見ていた。


「しおんのいない2日間はどうしようか……歌練もいいけど、作詞でもしようかな。たまには歌詞先行の曲もありだよね」


 それから真一は机に向かう。


 思えば、今日まで本当にいろんなことがあったな――真一はそんなことを考えながら、頬杖をついていた。


 親戚たちにたらい回しにされて、慕っていたおじさんがなくなって……養護施設ではルールに縛られて、それから『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の能力が覚醒した。


 そして今のこの保護施設にやってきて、たくさんのクラスメ……いや。友人と出逢った。その中でもしおんは自分にとってとても大きな存在になっている――。


「一人で生きていけるなんて思っていたけど、しおんと出逢って考えが変わったな……仲間と一緒に何かを目指すことって、こんなに楽しくて、ワクワクするんだなって」


 これから先、自分たちにはどんな未来が待っているのだろう。どんな素敵な出会いがあるのだろう――そう考えるたびに、真一は楽しみでニヤニヤとしていた。


「新曲は『仲間』とか『友情』をテーマにしたものを書こう」


 こんなことをキリヤに聞かれたら、きっとあの時みたいに驚くんだろうな――真一はそう思ってクスっと笑った。


「そういえば、キリヤは元気にしているのかな。一度顔を見せに来たっきりだったけど」


 卒業前にもう一度、会いたかったな。だってキリヤも僕にとっては大事な友人の一人なんだから――


 真一はそんなことを考えて、さみし気な笑顔をする。


「でも便りがないのは、元気な証拠だよね。……きっといつかまた会えるはず。だって僕とキリヤは友達なんだからさ」


 そう言って真一はノートを開いて作詞を始めた。




 ――夕食時、食堂。


 作詞を終えた真一は夕食を摂るために食堂に来ていた。


「おーい、真一! こっちで一緒に食べようぜ!」


 食堂に姿を見せた真一を見つけたしおんは、そう言って手招きをする。


 しかし真一はそんなしおんを無視して、食べ物を取りにカウンターへ向かった。


「っておい!? 無視は悲しいだろう!!」

「あー、はいはい。しおんは寂しがりだなー。本当に手がかかる」


 そう言いながら真一は食べ物をトレーに乗せる。


「さっきのこと、根に持ってんのか?」

「さあね」


 それから食べ物を取り終えた真一はしおんの正面に座った。


「結局、俺のところに来てんじゃん」

「それはしおんが可哀そうだったから」


 澄ました顔でそう言う真一。


「なんだよ、それ!!」

「ふふっ」


 真一はしおんの言葉に軽く笑っていた。


「……真一、柔らかくなったよな」

「そんなことはない。僕は僕のままだよ」

「そうかー? 今、笑ってたろ? 前の真一は、そう簡単に笑うなんてことはなかったのにさ!」


 しおんは真一の顔を覗き込むようにそう言った。


 すると真一は無表情になり、


「……笑ってない。しおんの気のせい」


 淡々とそう言った。


「ふーん。そうかー」

「早く食べなよ。冷めるよ」


 そう言って箸を動かす真一。


「はいはい」


 そんな真一に笑顔でそう答え、しおんは夕食を再開したのだった。


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