第59話ー③ 僕の一歩
まゆおの父親が来訪する前夜のこと。まゆおは男子の共同スペースで一人、テレビを観ていた。
明日は父さんが……僕、ちゃんと話せるかな――
そんな不安を抱きながら、まゆおはぼーっとテレビを観ていた。
すると、
「まゆお?」
偶然通りかかった真一がまゆおに気づき、そう声を掛ける。
「真一君……珍しいね、君から僕に声を掛けてくるなんてさ」
そう言ってまゆおは優しく微笑んで返した。
「確かに……でも今日はなんだか声を掛けたくなった」
「そうなんだ。……もしかして僕の父さんが来ることを知って?」
「どうかな」
そう言って真一はまゆおの正面のソファに腰かけた。
「……真一君はさ、自分の能力がなくならないことに焦りはないの?」
「それ、前にも聞いてきたよね」
真一のその言葉にまゆおは苦笑いをしながら、
「そう、だったね」と答えた。
「でも前に言った時はさ、ちょっと強がっていたかも。本当は能力がなくなるかどうかって悩んでいたくせにね」
「そうなんだ」
まゆおは優しく微笑みながらそう答える。
「ああ。でも今は違う。僕は必ずここを出る。そしてしおんの夢を一緒に叶えるって決めた。本気でそう願えば、その夢はきっと叶うと僕は信じているから」
真一の言葉に目を丸くするまゆお。
「……ちょっとびっくりしたよ」
「は? どういうこと?」
真一は怪訝そうな顔でまゆおにそう言った。
「いや、真一君が誰かと一緒にって言う事もそうだけど、夢はきっと叶うって語ることも……しおん君に出会う前の真一君じゃ、そんなことを絶対言わなかったでしょ」
その言葉を聞いた真一は少しだけ考えると、
「……まあ、そうだね。しおんが僕を信じてくれるから、僕も自分を信じられる。それってまゆおがいろはを信じていることと同じなんだろうね」
少しだけ口角を上げてそう答えた。
こんな顔ができるようになったのも、きっとしおん君のおかげなんだろうな――まゆおは少しだけ笑っている真一を見ながらそう思っていた。
「うん。きっとそうかもしれないね」
「はあ。でもまさか僕が誰かを信じる日が来るなんてね……」
まゆおはそんな真一の言葉を聞き、
「自分でもびっくりしているんだ?」と笑いながら問いかけた。
「まあ、正直ね。こんな腐った世界で、信じられる人間なんているもんか! って思って生きてきたからさ」
まゆおは真一のその気持ちを知り、そういうことか――と今までの言動や行動に納得していた。
「だから真一君は、仲間とか友達とかそういうのが嫌いだったんだね」
「まあね。でも、結局は僕自身が仲間や友達を本気で信じられないことが問題だったわけなんだけどさ」
「ははは。それをしおん君に気づかされたと……」
「そう。不本意だけどね」
そう言って嬉しそうに笑う真一。
そしてまゆおは「そっか」と笑いながら答えた。
「僕は一人じゃないから、待ってくれている人がいるから焦らずにいられるんだと思うんだ」
「うん」
まゆおがそう言うと、真一はまゆおの方を向いた。
改まって、どうしたのかな――?
そんなことを思い、きょとんとした顔でまゆおは真一を見る。
「だから……まゆお。明日はきっと大丈夫。僕も、まゆおがここを出られるって信じているし、それに……まゆおが、またいろはともまた会えるって……し、信じてるからさ!」
真一は恥ずかしそうにそう言った。
その言葉がとても嬉しくて、そして不器用な真一の優しさが温かくて、まゆおは自然と笑顔になっていた。
真一君が僕にこんな言葉を掛けてくれる日が来るなんてね――
「……うん。ありがとう、真一君! 真一君が信じてくれているんだもん。明日はきっと大丈夫だね!」
「そ、そういう事。……じゃあ僕はそろそろ寝るよ。あんまり夜更かししないようにね」
そう言って真一は立ち上がり、自室に向かって歩いていった。
「うん! おやすみ、真一君!」
まゆおのその声に右手を上げて返す真一。
「僕もそろそろ寝ようかな」
そしてまゆおはテレビを消して自室に戻り、そのまま就寝した。
自分にとって大きな転機になるかもしれない明日のために――。
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