第8章 猫と娘と生徒たち
第58話 三毛猫
それはよく晴れた冬の日のこと。真一は授業を終えて、いつものように音楽を聴こうとグラウンドの大樹を訪れると、そこで「にゃーん」という声を耳にする。
「……何の声?」
真一は大樹の根元の方を見ると、1匹の三毛猫が自分の方に顔を向けていることに気が付く。
そしてその猫は真一の方にゆっくりと歩み寄り、目の前で足を止めた。
「僕に何か用でもあるのかな……ま、いっか」
真一は猫のことは気にせず、いつものように木の下に座ると、首に掛けたヘッドホンで耳を塞いだ。
しおんにはもう必要ない場所とは言ったけど、時間を潰すのならやっぱりここだよね――
真一はそう思いつつ、その場に寝転がると音楽プレイヤーの電源を入れて、再生ボタンを押した。
「~♪」
真一の耳に重厚なロックサウンドが流れ出す。
そしてその歌を口ずさみながら、真一は音楽を楽しんだ。
やっぱり『
そんなことを思いながら音楽を楽しんでいると、急に温かいものが顔面に乗る感覚を覚える真一。
それから真一はゆっくりと目をあけると、先ほどの猫のおしりが目の前にあることを知る。
「ちょっと……何なの?」
僕の顔は枕じゃないんだけど――と心の中で思いつつ、真一は猫を避けてから身体を起こした。
「というか、君はどこから来たわけ? 迷子なの??」
真一の問いにあくびをして返す猫。
「なんか腹立たしいな……」
それからその猫は真一の膝に乗り、昼寝を始めた。
「……まあ、たまにはいいか」
それから真一はその場で寝転がり、再び音楽を楽しんだ。
数分後――。
真一の近くに誰かの影が現れた。
「遅い。いい加減待ちくたびれたんだけど、しおん?」
真一はその影の方に向かって、そう告げる。
「あはは! 悪い、悪い!」
そう言って頭をかきながら、笑ってその場に立つしおん。
「じゃあ、練習行こう」
真一はそう言って立ち上がろうとするが、自分の膝に重みを感じる。
そうだ、猫が昼寝を――そう思いながら視線を向けると猫は目を覚まし、真一の膝から降りたのだった。
「意外だな。真一って、動物とか好きなのか?」
「別に。好きでも嫌いでもない。ただこの猫が勝手に僕の膝に乗ってきただけ」
真一がそう言うと、しおんがニヤニヤしながら「へええ」と返した。
「そんなことはいいから、さっさと行くよ。時間がもったいない」
「はいはい」
そう言って2人が建物に向かって歩き出すと、その後ろをさっきの三毛猫がついて歩く。
「真一、懐かれたんじゃね?」
しおんはまたニヤニヤとした顔で真一にそう言うと、
「そうだとしても、ここで飼えないだろう」
真一は歩みを止めることなく、しおんにそう言った。
「へえ。飼いたい気持ちはあるんだな」
「だから、そういう意味じゃなくて!!」
「素直じゃないなあ」
「う、うるさい!! とりあえず職員室に行こう。こういう時は先生に任せるのが一番だよ」
そう言って歩く足を速める真一。
「はは! そうだな」
そして2人はそのまま職員室へと向かった。
* * *
「それでここまでこの猫を連れてきたと……」
暁は腰に手を当てて、真一の足元にいる猫を見ながらそう言った。
「うん。だってここの責任者は先生でしょ。責任を持って何とかしてくれる?」
「何とかって……はあ。まあわかった。所長に聞いてみるよ!!」
滅多にない真一の頼みだしな。一肌脱ぐしかないだろ――!
そんなことを思い、暁は笑いながら答えた。
「よかったな、真一!」
しおんが笑顔でそう言うと、
「なんで僕にそんなことを言うわけ?」
少々不服そうに答える真一。
「だって、その猫のことを飼いたがってただろ?」
「だから違うって言ってるだろ! ほら! もう用事は済んだんだから、練習行くよ」
「はいはい」
そう言って、しおんと真一は職員室を出て行った。
「さて、どうしたもんか」
暁は再び猫を見つめて、そう呟く。
まずはここで飼えるかどうかを所長に確認してからだな――。
暁はそう思い、自室にあるスマホを取りに行こうと踵を返すと、
『やっと会えたな、獣の子よ』
知らない声を耳にした。
「え、誰だ……どこから」
その声の出所がわからない暁は周りをキョロキョロと見渡す。
『私だよ、ここにいるだろう?』
「ここって……まさか」
暁が三毛猫の方を向くと、その三毛猫はまっすぐに暁の方を見つめていた。
『そうだ、私だよ』
「ね、猫が喋ってる!?」
いや、待て待て。そんなわけないよな――そう思いながら、うんうんと1人頷く暁。
『安心しろ、この声は勘違いではない。だけど、この声は限られたものにしか聞こえんのだ。君のような『ゼンシンノウリョクシャ』しかな』
「は? 『ゼンシンノウリョクシャ』……??」
それを聞いた暁は首をかしげる。
『まあ、これからゆっくりと教えてやるさ――』
新たな出会い。そしてこの三毛猫が暁にもたらすものとは――
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