第55話ー③ キリヤたちの休日

 ――夕食時。織姫が食堂にやってきた。


 織姫は何も言わずに食べ物をトレーに乗せて、他の生徒たちから離れた位置に座った。


 その様子を不思議そうに見つめるキリヤ。


 もしかして気を悪くしただろうか。でも織姫は感じの悪い生徒だと思われたままなのは嫌だな――


 そう思った暁は、


「ごめんな、織姫は人見知りというか……本当はすごく良い子なんだよ。仲良くなれば、もっと友好的になってくれるんだけどさ」


 困り顔でキリヤにそう告げた。


「大丈夫! 気にしていないよ」


 キリヤはそう言いながら、笑っていた。


 とりあえずは誤解されずに済んだみたいだ――と思いながら、ほっとする暁。


 そしてそんな暁たちの前に、


「せーんせっ! このかっこいい人は誰ですかぁ?」


 そう言いながら、楽しそうに笑う凛子がやってきた。


「り、凛子!? いつの間に……」

「もう、ひどいこと言いますねぇ! りんりんのスーパーアイドルオーラ、感じ取れなかったんですかぁ?」

「す、すまん……」

「あの、えっと……君は?」


 キリヤは目の前に突然現れた凛子に困惑しながら、そう問いかけた。


「失礼しました! 私、人気アイドルの知立凛子です☆ 以後、お見知り置きを!」


 そう言って、ウインクをする凛子。


「よ、よろしく……」


 キリヤ、困ってるな。突然目の前に現れて、あんなこと言われたんじゃな――そう思いながら、暁は心の中で謝罪した。


「いや、人気アイドルは嘘だろ。この子役崩れアイドル!!」


 するとどこで聞いていたのか、しおんが凛子へ挑発するようにそう言った。


「はああ? そういうしおん君だって、へっぽこギタリストでしょぉ? ちゃんとそうやって説明しましたかぁ?」

「は? やんのか!!」


 睨みあう凛子としおん。


「こら! お前らはいつも……今日はお客さんがいるんだから、それくらいにしておけって!!」

「「ふんっ」」


 しおんと凛子はそう言って、同時にそっぽを向いた。


「悪いな、騒がしくて」

「だ、大丈夫……」


 キリヤは苦笑いでそう答えたのだった。


 早く帰りたい……とか思われなかったかな。でもキリヤ、これが今のここの当たり前なんだよ――


 暁はそう思いながら、苦笑いをするキリヤを見つめたのだった。


 それから暁たちは楽しい夕食の時間を過ごし、生徒たちはそれぞれの部屋に戻っていった。




 ――職員室にて。


 暁は食堂の片づけを終えてから、キリヤたちを自分の元へ呼んだ。


「わざわざ時間をつくってくれてありがとう、先生」

「かわいい元教え子の為なら、いくらでも俺は時間をつくるさ。俺もキリヤたちに聞きたいことが山積みだからな! それで、さっきキリヤが言いたかったことって?」


 暁が笑顔でそう言うと、キリヤは深刻な表情で語り出す。


「実は――」


 そしてキリヤは先日の優香が暴走した時のことを詳しく話し、それから暴走後に見た世界のことを暁に話した。


「僕が暴走して眠っている時、深層心理の世界でもう1人の僕と会話をしたんだよ」

「深層心理の世界……?」

「あ、うん。暴走時に見る夢の世界のこと。僕たちはそう呼んでいるんだ」


 キリヤの言葉に静かに頷く優香。


「それでね。その時、『ここに残ったほうがいい』ってもう1人から僕にそう言われてね……でも、僕は先生を信じたいって言ったら、元の世界に戻れって言われたんだ。『君はもう大丈夫』って」


 眠っているとき、キリヤはそんなことを思ってくれていたんだな。だから目を覚ました後から、感じが変わったのか――


 そんなことを思いながら、キリヤの話に耳を傾ける暁。


「――だからね、先生はその深層心理の世界のことを覚えているかなって思って」


 俺は、どうだったかな――


 そして暁は自分が暴走した時のことを思い返す。しかし記憶が欠落しているのか、どうしてもその時のことを思い出せなかった。


「……すまん。実は何も覚えていないんだよ。俺が暴走して意識を失った後、気が付いたら研究所のベッドにいた。だからその時には何も……」

「そう、なんだ」


 そう言って俯くキリヤ。


「そういう優香はどうだったんだ? 何か覚えているのか?」


 優香にそう問いかけると、


「それが、実は私も記憶がなくて……」


 と少し困った顔でそう言った。


「そうか」

「もしかしたら、キリヤ君が特別なのかもしれませんね」


 優香のいう事も一理あるのかもしれないが、実際のところはわからない。それに暴走後に目を覚ましたケースが少なすぎるってことも――


 そして暁の脳裏にふと剛の眠っている姿がよぎる。


 暴走した大半の子供たちは剛のように眠り続けているんだから――。


 そう思いながら、「うーん」とうなる暁。


「結局、今のところは何もわからないってことだね……」


 キリヤは肩を落としながら、そう言った。


「そういうことみたいですね。……しかしそんなに気にする問題でもないのではないですか? 覚えていたからといって、どうこうなるものでもないわけですし」


 優香は笑いながら、キリヤにそう告げた。


「そう、だね! 覚えていてもいなくても、目を覚ましたって事実だけは本物だもんね!」


 キリヤも笑顔でそう答えた。


 今は思い出せないけれど、もしかしたら俺もその時のことを思い出せるのかもしれないな。俺はその世界でどんな会話をしていたんだろう――。


 暁はそんなことを思い、自然と笑みがこぼれていた。


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