第36話ー② 追憶とセレンディピティ
織姫が生徒たちと打ち解けてから、数日が経ったころの日曜日。
暁が食堂に行くと、織姫は結衣やマリアと共に笑顔で朝食を囲んでいるようだった。
暁はその姿を微笑ましく見つめていた。
すると暁に気が付いたマリアは、
「あ、先生。おはよ」と笑顔でそう告げる。
「おはよう、マリア! 結衣も織姫も」
「おはようございますです、先生!」
「お、おお……」
織姫は顔を赤く染めながら、もじもじしている。
「お……?」
「織姫、頑張って」
マリアはそんな織姫を優しく励ましていた。
「お、はようございます……」
後半は声が小さくて聞き取れなかったけれど、それでも頑張った織姫に脳内で拍手を贈ろうと暁は心の中でそう思ったのだった。
「ああ、おはよう。織姫!」
「ふ、ふん!!」
そしてそっぽを向いてしまう織姫。
仲良くなるのはまだまだ先みたいだな……。でも今日は大きな一歩だったのではと暁はそう思ったのである。
そして暁たちがわいわいとしていると、そこへ真一がやってきた。暁は真一の方を向いて微笑みながら、挨拶を交わす。
「真一、おはよう!」
「おはよう」
真一はそっけなくそう言ってから食べ物並ぶカウンターに向かった。そしておかずやご飯を皿に取り分けると、適当な場所に座ってから朝食を食べ始めた。
「今日も相変わらずのポーカーフェイスですな」
「真一は本当にぶれないよね。初めて会った日から、ずっとあんな感じ」
「そうなのか……」
そう呟き、暁は真一を見つめた。
そういえば俺はまだ、真一のことをよくわかっていない。真一は好んで一人で過ごすことが多いが、過去に何かあってのことかもしれない。俺はいつか真一が誰かと過ごす姿も見てみたいな――
暁はそう思いながら、黙々と食事を摂る真一を優しい視線で見守った。
「あ! そういえば、俺だけが知っている真一の秘密があるぞ! 真一の好きなバンドのことだ!」
暁は結衣に自慢げな表情でそう告げると、
「『
と結衣は楽しそうに真一の最新情報を語っていた。
「へ、へえ……」
(あれ、俺の情報ってもう古いのか……)
そんなことを思って苦笑いをする暁だった。
そして暁たちがそんな話をしていると食堂の外からバタバタと足音が聞こえて、それからしおんが大急ぎで食堂に現れた。
「真一、見つけたぞ!! なあ、さっきの話の続きなんだけど――」
そう言いながら、しおんはまっすぐに真一の元へ向かう。
「うるさい。さっきも言ったでしょ。僕は君と組む気はないって。というか部屋の片づけは終わったわけ?」
「部屋は……まあまあ片付いたよ! だからさ!!」
「だから何度も言うけど、僕はやらない」
そう言って真一は立ち上がると、食べかけの食器を配膳カウンターに乗せて、食堂を出て行った。
しおんは去っていく真一の背中を見つめながら、
「俺じゃダメだってことかよ……」と小さい声で呟いた。
「どうしたんだ、しおん?」
暁は一連のやり取りを見た後、しおんに声を掛けた。
「実は――」
しおんが言うには、真一は天性のボーカルセンスがあり、そんな真一に自分の作る歌を歌ってほしいと頼み込んでいるということらしい。
しかし本気じゃないしおんとは一緒に音楽はやりたくないといって、真一はなかなかしおんの提案に乗ってくれないんだとか――。
「真一の歌声を聞いて、ビビッと来たんですよ!! あんな歌声をもっている人間になんてそうそう出会えない。だから俺はどうしても真一と一緒に組んで、ロックミュージシャンになりたいんです!!」
「……そうか。だったら、しおんが本気だってことを真一に証明すればいいんだろ? 簡単なことじゃないか」
「証明……でもどうやって……」
「真一の前で、ギターを弾いてみる……とか? とりあえず音楽に本気だってことをアピールするんだよ!! 俺もできることがあれば手伝うからさ!!」
そう言って、暁はしおんに微笑んだ。
「先生! わかりました!! 俺、やってみます!!!」
そしてしおんは朝食を平らげると、一目散に自室へと戻っていった。
「ほう。どんな革命が起こるのか、楽しみですな」
「そうだな……」
暁と結衣は、食堂を出たしおんの背中を見つめながら微笑んだ。
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