第32話ー③ 新学期
暁が凛子と共にもう一人の転入生を捜索している頃、まゆおはしおんを男子の生活スペースへと案内していた。
「ここが共同スペース。電子レンジとかミニキッチンとかあるから、軽食くらいならここで作れるよ。それとここには大きなテレビがあるからたまにみんなで集まってテレビを観たり……いや、今は集まって観ることはなくなったかな」
まゆおは何かを思い出したように少し寂しそうな表情をしていた。
「前はもっと仲間がいたんすか?」
まゆおの表情を見たしおんがまゆおに問う。
「そう、だね。昔はもっとクラスメイトがいたんだけど、卒業だったり、他の理由でみんな出て行ってしまったんだよね」
まゆおはそう言いながら、ソファの背もたれにそっと手を置く。
「そうですか……」
まゆおの切なそうな表情につられ、しおんの表情も暗くなった。
そんなしおんの顔を見たまゆおははっとして、笑顔を作った。
「でも今日からまたしおん君や知立さんも来たことだし、きっとまたにぎやかで楽しくなるんじゃないかなって僕は思っているよ!」
まゆおの笑顔を見たしおんは、
「そうっすね!」
そう言ってニコッと笑って答えた。
「じゃあ今度は個室を案内するよ。しおん君もそろそろ荷物を下ろしたいころだと思うし!」
まゆおはしおんが手に持つ大きなギターケースを見ながらそう言った。
「サンキュです!」
そして2人は個室エリアへ向かう。その途中で真一が個室から出てくるところに出くわしたまゆおたち。
「あ、真一君! ちょうどよかった! 今日からこの施設に来た鳴海しおん君だよ」
まゆおが真一を呼び止めてしおんのことを紹介すると、しおんはその場で頭を下げた。
「よろしくです!」
それから真一はまゆおたちの方を向いて、「うん」と小さな声で答えた。
そしてしおんが手に持つケースに視線を移した真一は、
「……もしかしてギターやっているの?」
と興味を示すようにそう言った。
「え……ま、まあ」
まさかそんなことに触れられると思っていなかったしおんは少々驚いた表情をしてそう答えた。
「……そう。いいじゃん」
そう言ってふっと笑った真一はどこかへ歩いて行ってしまった。
まゆおは去っていく真一を見ながら、
「真一君はいつもクールというか、割と無関心なタイプなんだ。でも今日はなんだかいつもと違ったような……。自分から質問することなんてそんなにないんだけどね!」
さっきの真一の反応に少々驚きながらそう言った。
「へえ。そうなんすか……」
そしてしおんは歩いてしまった真一の背中を見ながら、小さくそう呟いた――。
――施設内、廊下。
凛子へ施設の紹介を一通り終えた暁だったが、未だにもう一人の転入生を見つけられずにいた。
「大体のところは見て回ったはずなんだけどな……。いったいどこにいるんだろう」
そう言って暁は眉間に皺をよせながら顎に手を当て、見つからない転入生に頭を抱えていた。
「本当に全部回ったんですか? まだ見ていないところとかないんですか?」
凛子はそう言って、暁の顔を覗き込む。
「うーん。そうだな……」
暁は凛子にそう言われてから、本当に見逃しているところがないかを考えた。
(屋内はすべて回ったし、グラウンドにいたらすぐにわかると思うんだけどな)
それから何かに気が付き、はっとする暁。
「わかったよ、凛子! もう一か所案内し忘れていたところがある!」
それから暁は踵を返して、その場所へと向かって歩き出した。
「あ、ちょっと! 待ってください~!!」
凛子は先に歩き出した暁を追うように歩き出す。
「きっと、あそこに違いない!」
暁は歩きながら、笑顔でそう呟いた。
(屋外で一か所だけ回っていないあの場所だ! そう俺にとっては大切な――)
そんなことを思いながら、暁は歩く足を速めるのだった。
保護施設内、屋上の一角。少女は一人、鉄格子の柵の前で佇んでいた。
「奏多ちゃんはここで過ごしていたんだ……」
そう言いながら、さみし気な表情を浮かべる少女。
すると急に屋上の扉が開き、少女が振り向くとそこには暁と凛子の姿があった。そして2人の姿を見た少女は、表情を曇らせたのだった。
「やっぱりここだったか! 探したんだぞ!!」
暁の予想した通り、もう一人の転入生はまだ凛子に案内をしていない屋上にいた。
「探してなんて頼んでいませんけど。そういうの鬱陶しいです」
そう言って、暁を睨む転入生。
「教師は鬱陶しいくらいがちょうどいいんだよ」
暁がニコッと微笑みながらそう言うと、
「付き合っていられませんね」
そう言って、またどこかへ行こうとする転入生。
「待てって! 名前くらいは教えてくれないか? いつまでもあいつとか転入生とかって呼び方じゃ困るだろう!」
「困るって誰が」
足を止めて、淡々と答える転入生。
「うーん。俺もそうだし、それに君も……いつまでも名前で呼ばれないのは嫌だろ? 人間には一人一人名前があるんだからさ! ちゃんと君の教師になりたいんだよ!」
暁がそう言うと、
「……
それだけを告げて、織姫は屋上を出て行った。
「ありがとな、織姫!」
暁は嬉しそうに織姫へとそう言った。
しかし暁の声が届かなかったのか無視をしただけなのか、織姫は振り向きもせずにどこかへ行ってしまった。
「あのぅ、先生。私の部屋の案内は?」
織姫を熱い視線で見送る暁に、身体を傾けながら凛子はそう尋ねた。
「そうだった! 織姫は……またあとからでいいか。じゃあ案内役のところまで行こうか。そろそろ食堂に来ているだろうし」
そう言って暁は腕にある時計を見ると、そのデジタル画面には12時32分と表示されていた。
そして暁と凛子は食堂へ向かうため、屋上を出たのだった。
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