第28話ー② 繋がる絆

 元の時代に戻ったゆめかは、記憶を頼りに研究所を目指していた。そして、


「ここ、だよね……」


 そう言って、呆然と佇むゆめか。


 ゆめかが記憶を頼りに辿り着いたその場所は、まだ何もない空き地だった。


 ここに研究所ができるなんて、嘘みたいだよね――


 ゆめかはその場所を見て、ふとそんなことを考える。


「そうだ。今はそんなこと考えている場合じゃなかった。探さなくちゃ……」


 それからゆめかは、その空き地の周囲の家を探索する。


 一軒、一軒、表札を見て回るゆめか。そして、とある一軒家の前で立ち止まった。その一軒家の表札には、『櫻井』と書かれていた。


「あった。ここだ……」


 それからゆめかはインターホンを押そうと手を伸ばしたが、はっとして伸ばした手を引っ込めた。


 見知らぬ子どもがいきなり来てインターホンを鳴らし、自分には不思議な力がある! なんて話をして、信じてもらえるのかなと不安に思ったからだった。


「どうしたら、所長さんに会えるのかな」


 ゆめかが家の前でそんなことを悶々と考えているうちに、時間はあっという間に経過していた。


「君は、誰だい?」


 背後から突然そう言われたゆめかは、驚いて肩を揺らした。それからゆっくりとその声の方を向くと、そこにはゆめかが知っている所長よりも少しだけ若くなった所長が立っていたのだった。


「あ、あの――」

「あ! もしかして迷子、とか? じゃあ交番に連れて行かなくちゃな……」


 そう言いながら、首をひねる櫻井。


 交番に連れていかれるのはまずい。せっかく黒服の施設から抜けだせたのに、逆戻りになってしまう。それだけは回避しないと――!


 そう思ったゆめかは所長に嘘をつくことにした。


「あ、あの! 私、実はお父さんとお母さんがいなくなってしまって……独りぼっちになってしまったんです。だから、一緒に暮らしてくれるお家を探していて……」


 お願い、信じてください――


 そう思いながら、ゆめかは櫻井を見つめる。


「そう、なんだ……うん。わかった! そう言う事なら、母さんに相談してみるよ!!」

「ありがとうございます!!」


 よかった。何とか信じてくれたみたい。……やっぱり所長さんは優しい人だ。初めて会ったあの日に感じた通りの――


 それからゆめかは、櫻井家の中へと入っていったのだった。


「いらっしゃい。ようこそ、櫻井家へ」

「お邪魔します! ……わあぁ!」


 櫻井家は代々研究者の家系のようで、家の中には様々な検査セットがあった。ビーカー、シャーレ、フラスコ類、アルコールランプに多くの薬品が並ぶ薬棚など。


「ごめんね、僕の家ちょっと変わってるでしょ?」


 そう言いながら、苦笑いをする櫻井。


「いいえ。理科室みたいで面白いですね」

「そ、そうかな! ありがとう」


 それから櫻井は、研究室にいる両親にゆめかの事情を伝えると、


「娘ができたみたいで嬉しいわぁ」

「ゆめかちゃん、私達のことは本当の親と思ってくれて構わないからね!」


 櫻井の両親は、ゆめかの同居を承諾したのだった。


 そしてその夜、4人で食卓を囲み、ゆめかは櫻井を含めた櫻井家の人々の温かさを実感する。


「ゆめかちゃん、これも食べる?」

「ハンバーグもあるよ?」

「あ、えっと……ありがとう、ございます」


 ゆめかは櫻井夫妻の優しさに少し戸惑い、たどたどしくそう返した。


 そんなゆめかを見かねた櫻井は額に手を当てて、


「父さん、母さん……ゆめかちゃんが困っているだろ?」


 やれやれと言いながらそう告げた。


「だって、ねえ」

「ああ」


 そう言って顔を見合わせる櫻井夫妻。


 ゆめかは櫻井家のそんなやり取りを見て微笑ましく思い、


「ありがとうございます!」


 そう言って笑った。


 夕食後。櫻井夫妻は研究があると言って再び研究室に籠り。ゆめかと櫻井はリビングで2人きりになった。


 何を話せばいいのかなとゆめかが困っていると、櫻井は「少し話そうか」と言って、自身のことを語り始める。


「――今はまだアルバイトをしながらの補助要員だけど、いつか僕は、有名な研究者になって、たくさんの人の為になることをすることが夢なんだ!」


 櫻井は目を輝かせながら、ゆめかへそう言った。


 櫻井さんなら、大丈夫だよ――


 ゆめかはそう思いながら、笑顔で櫻井の話を最後まで聞いていたのだった。




 そして同居を始めてしばらく経った頃、ゆめかは櫻井に能力のことを話した。


 世間で、子供たちの能力覚醒による事件が起こり始めた頃だったため、ちょうどよい時期だと思ったからだだった。


「世の中で騒ぎになっている力は、これからもっと大きな事件を起こすことになる。そうなる前になんとかしなくちゃいけないの」


 ゆめかがそう言うと、櫻井は「うーん」と唸り、顎に手を当てた。


 この説得がうまくいかないと、研究所ができない。だから、ここで失敗するわけにはいかないの――


 そう思いながら、櫻井を見つめるゆめか。


「なるほど。世界の崩壊も招きかねない事態になるわけか……。でも僕はどうしたらいいんだい?」

「能力者の私が情報を提供します。だから未来の子供たちのために、櫻井さんたちにこの現象の研究の第一人者になってほしいんです」

「え、僕が……?」


 そう言って目を丸くする櫻井。


「いや、ですか?」


 そのゆめかの問いに、櫻井は目を輝かせながら、


「いいに決まっているじゃないか! こんなにワクワクする研究なんてないよ!!」


 嬉しそうに答えた。


 それから父の力添えで能力の研究機関を発足し、そしてこの現象に頭を悩ませていた政府からも援助を受けることになった櫻井。


 研究機関の発足から5年が経つと、ついにあの空き地に研究所が建てられた。そしてゆめかは櫻井と共に研究所で住み込みしながら、研究を続けたのだった。


「そういえばこの現象なんだけど、まだ名称が決まっていなくてね。何かいいものはあるかい?」


 櫻井は腕を組み、困った顔をしながら、ゆめかへそう尋ねた。


「私には、『白雪姫』からとった『シロ』というニックネームがあったんですよ。それをつけてくれた人たちのおかげで、私はこの研究に力を貸したいと思えたんです」


 ゆめかがそう言うと、櫻井は感心しながら、「ほう」と頷いた。


「だからその人達との思い出や繋がりを忘れない為に『白雪姫』と言う言葉をとって、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』っていうのはどうですか?」


 ゆめかが微笑みながらそう言うと、


「なるほど。それは面白い! じゃあこの現象の名前は『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』にしよう!」


 櫻井は嬉しそうにそう言った。


 その後、櫻井は現象の名称を『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』とすることと能力者専用の施設建設を発表した。


 それからしばらくすると、研究所には能力が暴走して心を失う子供や能力を制御できない子供に悩む親たちが足を運ぶようになっていた。


白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の研究を行っている機関が、ゆめかたちのいる研究所しかなかったためだった。


 私も、私が今できることをしたい――日々、研究所を訪れる子供やその家族を見て、ゆめかそう思うようになっていた。そして、


「櫻井さ――じゃなくて、所長。私、カウンセラーになりたいです」


 ゆめかは櫻井へそう告げた。


白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』は心の変動によって起こるものと知っていたゆめかは、その心を少しでも救えないかとゆめかなりに考え、そして出した答えが『カウンセラー』になるということだった。


 それから櫻井は「頑張りなさい」とゆめかに笑顔でそう言った。


 それからゆめかは高校卒業後、研究所でカウンセラーとして勤務するために心理学科のある大学へ進学したのだった。




 ゆめかが大学に通い始めて、しばらく経った頃のこと。


「そういえば、最近予知夢を見ることがなくなったな」


 ゆめかはふとそんなことを思った。


 本当はもっと前から見なくなっていたのかもしれない。忙しかったから、そんなことを気にする暇もなかったんだろうね――

 

 そしてゆめかはようやく自分が普通の女の子に戻ったんだと実感したのだった。


「これからは、今の私がやれることをやっていくだけ。そしていつかまた、施設のみんなと会うんだ」


 それからゆめかは、マリアからもらったブレスレットを見つめる。


「……随分、汚れてきちゃったな。もう12年、か」


 それからゆめかはふと鏡に視線を移し、そこに映る自分の姿を見て微笑むと、


「紡ちゃん、竜也君。私はちゃんと大人になったよ。2人が繋いでくれたこの命を、これからは能力に悩む子供たちのために使っていきます」


 そう呟いたのだった。


 その後、大学院を卒業したゆめかは普通に就職をした後、29歳になった年に研究所に戻ってきたのだった。

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