第27話ー⑦ 過去からの来訪者

 真一と別れた暁たちが廊下を歩いていると、その正面からまっすぐ歩いてくる優香がいた。


「優香! 無事だったか!! よかった……」


 優香の姿を見た暁は、そう言ってほっと胸を撫でおろした。


「先生は大げさですね。私を誰だと思っているんですか?」


 そう言って微笑む優香。


「ああ、そうだったな! 優等生の糸原優香、だったな!!」


 暁もそんな優香に笑顔で返した。


 しかし口では大丈夫だと言う優香だったが、ところどころ切れている服を見て、どこか怪我をしているのではと少し心配になる暁。


「優香、本当に大丈夫なんだよな? 怪我、とかさ……それと、そ、その……少し服が、乱れているみたいなんだが――」


 少々目のやり場に困りながら暁はそう言った。


「あ、これですか? さっきまで縄で拘束されていましたからね。それと、電気使いの男の子にやられてしまって……。でも怪我はないので、大丈夫ですよ!」


 そう言ってニコッと笑う優香。


「そうか、優香がそう言うなら」


 優香の笑顔を見て、暁は優香の無事を本当の意味で確認する。


 そして自分が研究所を出る前に、優香が捕らえられたことを知ったキリヤが、顔を真っ青にしていたことを思い出す暁。


「そういえば、キリヤが優香のことをすごく心配していたぞ。だからあとでちゃんと無事を報告してやってな?」

「そうですか、キリヤ君が……ふふっ。わかりました」


 そう言って、嬉しそうに微笑む優香。


「それにしても。全員無事でよかったよ……。襲撃されているなんて聞いたときは、もう本当に焦ったんだよなあ」


 そして暁は急に足の力が抜けて、その場に座り込む。


 そんな暁を見た優香は、


「先生、一息つくのはまだ早いですよ? ゲートの修理の手配もそうですけど、まずやらなきゃいけないことがありますよね?」


 腰に手を当ててそう言った。


「え? やらなきゃいけないこと?」


 そう言って暁は首を傾げる。すると、優香は呆れた顔をして、


「所長への連絡です! 上司への報告は、社会人として忘れちゃいけないことですよ……?」


 ため息交じりにそう言った。


「あ、そうだった!!」


 はっとした暁は、スマホを取り出して所長に連絡を入れる。


 あ、でもなんて報告をする? 施設が襲撃されて……なんてことを言ったら、大事になるのかな――


 そんなことを思いながら、所長か応答するのを待つ暁。


『はい』

「所長、お疲れ様です。あの……今、よろしいですか?」

『ああ、お疲れ様。もしかして、施設の襲撃の件かい?』


 所長はいつもの口調で暁にそう告げた。まるでそのことを知っていたかのように。


 所長はなぜそのことを……? あの会議室にはいなかったはずだが――


「え、ええ。もう、ご存じだったんですね」

『ああ。ゆめか君から聞いていたんだよ』


 白銀さんが? いつの間に……俺が、研究所を出た後に話したのか――?


「そう、ですか……えっと、じゃあ状況の報告を」

『よろしく頼む』

「はい――」


 それから暁は、自分が施設に到着してからのことを所長に伝えた。


 施設の破損状況と襲撃者の子供が能力者だったこと、そして生徒たちの無事の報告。


「――詳しい報告はまた後日、研究所にお伺いした時にお話しします」

『そうか。連絡ありがとう。君も、今回はいろいろと疲れただろう。今夜はゆっくり休んでくれ』


 所長は、落ち着いた口調でそう答えた。


「は、はい……」


 暁は所長のその落ち着きが妙に引っ掛かった。


 所長は、俺に何かを隠している――?


 ゆめかの不敵な笑みといい、さっきの所長の言葉といい――暁は、研究所に対して、多くの疑問を抱く結果となった。


「あ、ありがとう、ございます。あの……白銀さんは今、どうしていますか?」

『彼女は今、キリヤ君と一緒だよ。……ゆめか君がどうかしたのかい?』


 暁の問いに、いつもの調子で答える所長。


 この感じ……おそらく、隠していることを俺に言うつもりはないみたいだな――


「……いえ。何でも」

『そうか。じゃあ私は仕事に戻るよ。報告ありがとう』

「はい」


 そして暁は所長との通話を終えた。


「――なんだか、浮かない顔ですね」


 まゆおは、通話を終えた暁の表情を見ながらそう言った。


 さっきまでまゆおもいろいろあっただろうに……余計な心配は掛けられないな――


「あはは。そうかな」


 暁はごまかすようにそう答えた。


「ま、まあ気のせいだったら、いいんですけど……」

「ありがとな、まゆお」


 そう言って暁は笑って返す。


 そんな暁を見て、照れ笑いをするまゆお。


「じゃあ、一件落着ってことで。俺は一旦職員室に戻るよ! 報告書をまとめないとな――」


 これから膨大な量の報告書に取り掛からねばならないことを察し、大きなため息を吐く暁。



「はい、頑張ってください! それと、僕にも何か協力できることがあれば、何でも言ってくださいね」


「もちろん、私も。聞きたいことがあれば、何なりと言ってください」


「まゆおも優香もありがとな! 助かるよ!!」



 それから暁はまゆおたちと別れてから、屋上にいるマリアたちへことが終結したことを伝えたのちに、職員室に戻って行ったのだった。




 ――職員室にて。


 暁は自分のデスクの椅子に腰を掛けて、先ほどまでの出来事を振り返っていた。


 今回の件で、白銀さんのことがわからなくなった。彼女は俺たちの味方なのか、それとも敵なのか――


「剛の時は、助言をくれたのにな」


 ゆめかを信じたいと思いながらも、今回のことがどうしても気がかりに思う暁。そして、


 今度、研究所に行ったときに白銀さんとちゃんと話そう。このままじゃ、いけない気がするから――


 そう思う暁だった。



 ***



 ゆめかと別れたキリヤは、施設に戻る車中で、一人悶々と考えていた。


 ゆめかさんはなぜ、僕たちをあのタイミングで研究所に招いたんだろう。そして運命に従うって……? もしかして、今回のことは誰かの指示だったということなのかな――


「はあ。わからないことだらけだな。僕、本当に研究所でやっていけるんだろうか……」


 キリヤはため息交じりにそう言って、茜色に染まる空を眺めていた。


「あっという間の一日だったな」


 そういえば、安否の連絡がなかったけど……大丈夫だったってこと、だよね? こうして、僕も施設に向かっているわけだしさ――


「施設に着いてみたら、知らないやつらに占領されている、なんてオチは嫌だからね……」


 それからキリヤを乗せた車は、施設へ到着した。そしてキリヤが車を降りると、空には星がきらめいていた。


「ずいぶん遅くなっちゃたな」


 運転手の青年にお礼を告げたキリヤは、目の前にある破壊されていたエントランスゲートを見つめた。


「結構、乱暴な入り方をしたんだな……。もっと違う入り方ってできなかったのかな」


 キリヤは困り顔でそう呟いた。


 それからふと植物たちが教えてくれた、優香のことを思い出すキリヤ。


「――優香、大丈夫なのかな。それに、他のみんなも」


 そしてキリヤは、生徒たちがいるであろう食堂へ向かったのだった。



 ***



 ――食堂にて。


 そこではいつも通り、暁たちがにぎやかに食事を楽しんでいた。


 すると、そこへキリヤが急いで駆け込んでくる。


「みんな、無事!?」


 そう言って息を切らしながらやってきたキリヤに、食堂にいた全員が視線を向けた。


「おう! おかえり、キリヤ!」


 暁はいつもの調子で、キリヤにそう声を掛ける。


 するとキリヤは「よかった」と言いながら、大きな息を吐いて胸に手を当てていた。


 暁は安堵するキリヤを見て、キリヤへの連絡を忘れていたことに気が付く。


 優香に連絡が大事だって言われたのにな。まさか、こんなに心配かけさせ

 てしまうなんて……ごめんな、キリヤ――


 面目ないなと思いながら、キリヤを見つめる暁だった。


「おかえりなさい、キリヤ君。大丈夫。みんな無事ですよ」


 キリヤの傍に歩み寄りながら、優香は笑顔でそう言った。


「よかった、本当によかった……僕、本当に心配したんだよ? 優香やここのみんなに何かあったらって。でも、ごめんね……僕だけ何にもできなくて」


 キリヤは俯きながらそう言った。


「何もできなかったなんて……そんなことはないですよね、先生?」


 優香はそう言って、暁の顔を見た。そして暁は頷くと、


「そうだ。優香の言う通りだぞ! キリヤの能力のおかげで、施設の内情を知れたんだからな!」


 そう言って二ッと笑った。


「ほら! ――キリヤ君のおかげで、先生が飛んで来られた。だからキリヤ君の力がなければ、私達は今頃どうなっていたかもわからない」


 そんな優香の言葉に、顔を上げるキリヤ。


「優香……」

「だから、何もできなかったなんて思わないでください。本当にありがとう、キリヤ君」


 そう言って、微笑む優香。


「ありがとう、優香あ……」


 そう言いながら、涙目になるキリヤ。


「はいはい、男の子が泣かないの」

「僕、泣いてないよお!」


 その様子を見ていた暁は、この2人は本当に良いコンビだなと思っていた。


 この2人なら――キリヤと優香なら、きっと能力に苦しむ子供たちを救ってくれるに違いない――!


 そう思いながら、暁は微笑む。


「ねえキリヤ、お腹空いてない? こっちに来て、一緒に食べよう!」


 そう言いながら、キリヤの手を引くマリア。


「う、うん!」

「優香もね?」

「はい!!」


 やっといつも通り、だな――


 暁はそう思いながら食堂を一望し、楽しそうに過ごす生徒たちの顔を見て、自身も微笑んだのだった。

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