第200話 一触即発

「私は冗談は嫌いだ。安心しなさい。人造魔獣は苦痛に強いから、たとえバラバラに解体されても、それほど苦しまないはずだ。本来なら必要ないのだが、ジガルガはきみの友達だからね。特別に麻酔をかけてやってもいい」


「そうかい。それで、バラバラになったジガルガの体と心は、元に戻るのか?」


「それは無理だ。体はともかく、心の方は、一度分解してしまえば、流石の私でも元には戻せない。何より、分解したパーツは、研究用のサンプルとして取っておきたいしね」


 俺は、この世に生を受けてから、恐らく最も怒気をはらんだ叫びをあげた。


「てめえ、頭おかしいのか!?」


 店主は、涼しい調子で、歌うように語り続ける。


「すまないね。怒らせてしまったね。でもね、私はね。駄目なんだよ。抑えられないんだ。好奇心を。こんな、霧のような体だからね。食欲もない、性欲も、睡眠欲もない。その代わり、好奇心だけは、人一倍なんだ。だから、一度湧いた知的探求心は、どうしようもないんだ」


 俺は、再び吠えた。


「この野郎、ごちゃごちゃ言ってないで、姿を現せ! ぶっ殺してやる!」

「殺せるものなら、殺してほしいよ。父のせいで不死となった私は、自殺すらできないのだから。……しかし、確かに、これは参ったね。今、ジガルガを無理に解体しては、きみとの関係は最悪のものになってしまうね。困ったなあ、せっかく、ある程度は良い関係が築けそうだったのに。うーん、どうしたものか……」


 険悪で、硬く張り詰めた空気の中に、突然アーニャのあっけらかんとした声が響いてくる。


「ご主人様。じゃあ、こうしたらどうですか? ゲームをして、ご主人様が負けたら、ジガルガちゃんのことは諦めるっていう感じで」

「おお、そうだな。さすがアーニャ。私の作った『最高の』人造魔獣だ。私の性格を、よくわかっている」


 ゲームだと?

 こんなときに、何を言ってやがる。

 そんな俺の視線を感じたのか、いつの間にか再び姿を現していたアーニャが、ニコニコと説明する。


「ご主人様はね、人間観察の次に、大事な物を賭けたゲームが好きなんだ。それで、ゲームに負けた場合は、絶対に約束を反故ほごにしたりしない。だから、ゲームにきみが勝てば、ご主人様はジガルガちゃんに手を出さないよ」

「一度湧いた知的探求心は、どうしようもないんじゃないのか?」


 その問いに答えたのは、店主本人だった。


「ふふふ、確かに知的探求心は抑えがたい。だが、大事な物を賭けたゲームの結果なら、話は別だ。賭けに負けた代償を払うと思えば、なんとか自分の気持ちを抑えられる。奇妙に感じるかもしれないが、そういう性格なんだ」


「……あんたが、約束を守るって保証はあるのか?」


「私は、ゲームの勝敗を、絶対に誤魔化したりはしない。遊びというものは、ズルや誤魔化しをしたとたん、その純粋性を失い、酔っ払いの戯言以下の、くだらぬものになってしまう。何があろうと、約束は守るよ」


 頭のおかしい野郎だが、その言葉には、ある種の真理というか、信じられるものがあるような気がした。

 俺は、深く頷く。


「よし、分かった。何のゲームをするのかは知らないが、やろう。それで俺が勝ったら、二度とジガルガに近寄るんじゃねーぞ」


 店主はどこにいるのか分からないので、とりあえず天井に向かってそう宣言すると、ジガルガが慌てて俺に縋りついてきた。


「よせ、やめるんだ。先程、我の肉体がたちまちのうちに作られるのを見ただろう? このお方――創造主様のご子息様は、ぬしの……いや、普通の人間のかなうお方ではない。たとえ、児戯のような遊びでも、勝負になどならぬ」

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