第170話 驚きのチョロさ

「アーニャ? 邪鬼眼の術者のことか。また、奴と接触したのか?」

「うん。今日の夕方、前にイングリッドと決闘した広場で……」

「喋らずともよい。額を貸せ」


 ああ、そうだったな。

 額と額をくっつければ、こいつには俺の記憶が読めるんだった。


 俺の額と、ジガルガのちんまい額がコツンとぶつかり、一秒……二秒……三秒……四秒……


 そして五秒目でジガルガは額を離すと、小さくため息を吐いた。

 人形のように綺麗で整った彼女の瞳には、明らかな憂慮の色があった。


「なんだよ?」

「ぬし……アーニャとやらに、気を許しすぎではないか?」

「いや、そんなことないって、一応警戒はしてるよ」

「どうだかな。奴の言う通り、ぬしは人のことを簡単に好きになりすぎる」

「べ、別にあいつのことなんて好きじゃねーってば!」


 そこでジガルガはもう一度、先程よりもゆったりと溜息を漏らした。


「我はぬしの記憶を読んだのだぞ? 当然、奴と接触したときの気持ちも読むことができる。今、ぬしが奴に対していだいている感情の中には、確かに警戒の念もあるが、それ以上に友情や感謝が占める割合の方が大きい」


「むむむ……」


「まったく、邪鬼眼の術を用いた詭謀きぼうで、死ぬかもしれぬ目に遭わされたというのに、少々親切にされてなびくとは、なんというチョロさだ」


「チョロくないし……お前が言うほどあいつにこころ許してないし……」


「一見友好的に見えても、奴は全く自分の素性を明かしていない。最低限の警戒心は忘れるなよ。……まあ、あまりくどくど説教しても仕方ないから、ここまでにしておこう。さあ、今日もアレをしょくさせてくれ」


「アレ?」


「アレだ。アレを食すのが楽しみで、ここのところ、比較的短い間隔で起きているのだからな」


「……ごめん、アレって何?」


 本当にわからないので、首をかしげる。

 ジガルガは、もう待ちきれないといった様子で地団太を踏んだ。

 先ほどまでの、知的でいかめしい態度はどこへやら。

 可愛らしい容姿通りの、おこちゃまリアクションである。


「四日前も、その五日前も、我が食いたいと言ったら作ってくれただろう。以前スーリアで食した、肉塊を揚げたアレだ!」

「ああ、唐揚げのことか。……って、作ってくれたって、俺がか? 本当に? マジで記憶にないぞ」


 いや、よく思い出すと、ジガルガがやたらとねだってきたから、作ってやったような、やらなかったような……うーむ……どうにも記憶がハッキリしない……


 まあいいか。

 買い置きの鶏肉があるし、そんなに食いたいなら作ってやるとしよう。


 スーリアでやったように、思念体であるジガルガが食事をするためには、俺と意識を交換する必要があるので、実際に唐揚げを口にするのは俺の体なわけだが、唐揚げはフライに比べればヘルシーだから、胃がもたれて明日の戦いに響くようなこともないだろう。


 エプロンを着けて調理していると、ジガルガが肩に乗ったまま「まだかまだか」と耳元で喚くのでかなりうるさい。


「危ないからあっち行ってろよ。油が跳ねるぞ」


「我は思念体だぞ。油跳ねなど問題ではないわ。それより肉が揚がっていく瞬間を見ていたいのだ」


「すっかり夢中だな。さっき、さんざん俺のことチョロいだのなんだの言ってたくせに、お前だって唐揚げで餌付けされて、かなりチョロいんじゃねーの?」


「それならそれでよい。唐揚げを食することができるなら、チョロいという称号程度、甘んじて受け入れよう」


「こいつ、開き直りやがった」


 そうこうしているうちに唐揚げは完成し、炊きあがったご飯、そして、ついでに用意したスープとサラダと一緒にテーブルへ持っていくと、俺はジガルガと体を交換した。

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