第168話 必殺技の名前
俺は先程モニュメントに乗っけた、人の頭サイズの岩石に狙いを定め、腕を軟質化させる。
そして、鞭の動き。
ビシュンッという、独特の鋭い風切り音がして、拳が岩石へと飛んでいく。
よし、このタイミングだ。
何度も練習した拳の硬化を、岩石に当たる直前で発動させる。
拳が一瞬、白銀に輝いた。
もの凄い手ごたえが、拳から腕、腕から肩、果ては肩から脳天に至るまで、ビリビリと走り抜ける。
岩石は、もうそこになかった。
粉々に砕け散り、ただの石の破片に変わり果てているからだ。
アーニャが、嬉しそうに弾んだ声を上げる。
「やったね、大成功。あとは、この技を使うタイミングさえ間違わなければ、きっと大丈夫だよ」
「タイミングって?」
「いくら強力な必殺技だからって、フェイントもなしに、元気な相手にいきなり使っても、かわされやすいってこと」
「ああ、まあ、そりゃそうか」
「技を使う前に、他の攻撃と織り交ぜて当てやすくしたり、敵が疲弊してきたところを狙ったりするのが重要だよ。忘れないでね」
「分かった。それにしても、今日は随分と世話になったな。ありがとう、アーニャ」
「『今日は』じゃなくて『今日も』じゃない? 前に会った時も、随分お世話してあげたじゃない」
そう言って悪戯っぽく笑うアーニャに、俺はジト目を向ける。
どうやらこいつ、割と調子に乗るタイプらしい。
「うるさいな。一度、邪鬼眼の術で迷惑をかけられてるから、前回のお世話はその慰謝料みたいなもんで、ノーカウントなんだよ」
「じゃあ、そういうことにしておこうか。ねえ、それよりせっかくだから、今完成した技に名前をつけようよ」
「そりゃいい。実を言うと、練習してる最中から考えてた名前があるんだ」
「へえ、どんな名前?」
「パンチがぐぐーって伸びるだろ? だからストレッチ・パンチ」
アーニャが黙り込んだ。
そして、残念なものでも見るように、俺に哀れんだ視線を向ける。
「なんだよ? かっこいいだろ? パンチがストレッチするんだぞ?」
「正直に言うけど、かっこわるいよ。ストレッチパンツみたいじゃない。それに……」
「それに?」
「見たり聞いたりしただけで、技の特性が分かるような名前は良くないと思う。今回の相手の盗賊たちなら心配はないだろうけど、世の中には、思考を読むタイプの魔法使いとかもいるからね。そんな相手と戦う時、『これからストレッチ・パンチを使うぞ』って思ったのを読まれたら、名前のせいで、伸びるパンチを打つつもりなのがバレちゃうかもしれないでしょ?」
「あぁー、なるほど。お前、よく考えてるな。じゃあちょっと捻った名前にするか。ズーム・ナックルはどう?」
「たいして変わってないじゃない……」
「なんだよもう、ケチばっかりつけて。それなら、お前が考えてくれよ」
「ふふ、本音を言うと、そう言ってくれるのを待ってたんだよね。だいたい、僕が考えた技なんだから、僕に命名する権利があると思うし。……そうだね、硬化した瞬間に輝く白銀の光と、刃物並みの鋭さの一撃という意味を込めて、『
今度は、俺が黙り込む番だった。
アーニャは『なかなかいいでしょ?』といった感じで、キラキラとした瞳でこちらを見てくるが、俺は正直に感想を言う。
「なんか……その……中二病みたいでやだ……」
「どこが!? かっこいいでしょ!? 少なくともストレッチ・パンチよりはかっこいいよ!」
「うん……じゃあまあ……それでいいよ……」
珍しく興奮して声を荒げたアーニャに圧倒され、俺はしぶしぶ『白銀の刃』を受け入れた。
アーニャの言う通り、この名前なら、ちょっと見たり聞いたりしただけでは、フレイルみたいなパンチが飛んでくるとは想像できないしな。
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