第166話 硬化能力の応用
言われてみれば、魔物時代、何度も剣で斬りつけられ、大怪我をすることはあっても、不思議と致命傷を負うことはなかった。
この並外れた防御力は、単に体が頑丈なだけでは説明がつかないと思っていたが、そんなカラクリがあったのか。
「ただし、硬化能力も万能ではなく、相手の攻撃の方が硬化より素早かったり、急所を的確に撃ち抜かれた時は『クリティカルヒット』となり、大ダメージをくらってしまうってわけ。さすがにこのあたりのことは、きみの方が詳しいかな? 何度も死にかけた経験があるみたいだしね」
「まあね。最近じゃグレートデーモンに殺されそうになったよ」
俺はレニエルを救おうとして、グレートデーモンに心臓を突かれた時のことを思いだした。
なるほど、確かにあれは、体をこわばらせる暇もないほど素早い一撃だったし、的確に急所も狙っていた。まさしく『クリティカルヒット』だったってことか。
そこまで考えて、俺は小さく頭を捻る。
モンスター博士もびっくりのアーニャの博識のおかげで、シルバーメタルゼリーの超防御力の秘密がわかったのは大変有意義だったが、それが攻撃力アップとどう関係があるのだろう。
そんな俺の気持ちを読んだのか、アーニャは三本立てていた指を、拳の形に力強く握って笑った。
「つまりね、その硬化能力を、攻撃に応用しようってわけ。パンチを当てる瞬間、体を……いや、『拳だけ』を硬化させれば、鞭の先端に硬い鈍器をつけた、フレイルのような一撃になる。それをまともに食らえば、そうそう立っていられる人間はいないと思うよ」
「おぉー、なるほど。しかし理屈は簡単だけど、実際にはそう上手くいくかな?」
「物は試しだよ。やってみればわかるって」
「そりゃそうだ。じゃ、何かちょうどいい
きょろきょろと周囲を探る俺に、アーニャは小首をかしげて言う。
「なんで? さっきみたいに、僕の手のひらを狙って打てばいいじゃない」
「馬鹿。拳を硬化させる前のさっきの一撃でも、手のひらが少し裂けたんだぞ。より強力になる(予定の)パンチを、お前の手に打ち込めるわけないだろ」
「へえー、優しいんだ。僕なら平気なのに。さっき、傷が治るのを見たでしょ? たとえ、手の骨がグシャグシャになっても、一時間もすれば完治するから、気にしなくていいんだよ?」
俺は、呆れたように溜息を吐く。
「……お前、色々知ってるし、頭はいいみたいだけど、やっぱり馬鹿だな」
「むっ、なにそれ。頭はいいのに馬鹿って、矛盾してない?」
「してない。いくら怪我がすく治る体質だからって、むやみやたらに傷をつけていいわけないだろ」
「そうかな?」
「そうだよ。そんなこと、馬鹿でも分かる。それに、怪我したら痛いだろ。もっと自分の体を大切にしろよな」
アーニャは、それ以上言葉を返してこなかった。
俺は広場の脇で、いい具合の岩石を発見する。
だいたい、人間の頭の大きさくらいだ。
こいつを仮想敵の頭部と考えて、攻撃してみよう。
よっこらせと持ち上げ、これまたいい具合の高さのモニュメントに乗っけて、3メートル離れる。
さて、やってみるか。
深呼吸。
脱力。
それから、鞭の動き。
よし、拳が岩に当たる瞬間、今だ!
俺は攻撃を受けたと想像し、全身をこわばらせた。
スカッ。
あらら。
攻撃は、岩石に当たる直前でストップし、伸びた俺の腕はしゅるりと元に戻る。
おかしいな、何が悪かったんだろう。
体は、確かに硬化したような感覚があった。
当たればきっと、岩石を砕くほどの威力だっただろうに、急に腕の伸びが止まってしまった。
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