第136話 ルミオラ
「分かりますよ。殺さざるを得なかった集落の人々を埋葬しているときのあなたの顔、そして、殺害対象になった僕を、真剣に介抱してくれた時の顔、それだけ見れば、あなたの気持ちの優しさは、充分に理解できます。だから、ね? もう、やめましょう?」
僕は、彼女がなるべく安心するように、穏やかな笑みを作って、手を差し伸べようとする。
しかし、その手を威嚇するように、小さな火の粉が飛んできた。
炎の呪術だ。
ソゥラさんが、一瞬で呪文を詠唱したらしい。
凄いスピードだ。
普通は、こんなに早く呪文を詠唱することはできない。
さすが、巫女というだけある。
ソゥラさんは、泣いていた。
鬼気迫る表情で、僕に心の叫びをぶつけてくる。
「やめて! やめてよ! あなたのその綺麗な顔で! 綺麗な言葉で! そんなふうに気遣われると、自分がとてつもなく汚くて、惨めに思えてくる! あなたの言うこと、綺麗すぎるのよ!」
「僕はそんなつもりじゃ……。ただ、ソゥラさんの心を、楽にしてあげたくて」
「ええ、分かってるわ! あなたの言葉には、一点の曇りも、利己心もない! それが余計につらいのよ!」
いけない。
ソゥラさんは、ピジャンの命令で同胞を殺した罪悪感に、押しつぶされそうになっている。なんとかしなくては。
手を差し伸べたまま、僕が一歩距離を詰めると、威嚇するだけだった呪術の炎が、指先にまで迫ってくる。これ以上近寄るなという、意思表示なのだろう。
不思議なことに、呪術の火に焼かれることは、恐ろしくなかった。
ただ。
ただ。
目の前で苦しむこの人を、救ってあげたかった。
その時、頭の中に、声が響く。
『よせ。それ以上近寄れば、この娘、罪悪感により、
自ら命を絶ちかねん――
恐ろしい言葉に、僕は歩みを止めた。
誰?
誰が、話しかけてきたんだ?
辺りを見回すが、僕とソゥラさん以外に、人影はない。
もう一度、声が響く。
『いいか、落ち着いて聞け。返事はしなくていい。今のお前の力では、私と会話することは、まだできないからな。ただ、私の言うことが理解できたなら、小さく頷いてくれ』
僕は、小さく頷いた。
荘厳で、安心感のある声に、自然と体が
『私の名はルミオラ。目の前の娘を救いたいという、お前の無垢なる願いに応えて、目覚めしもの。さあ、剣を抜け』
剣を抜く?
どうして?
ルミオラなる者が、ソゥラさんを救うために僕に話しかけてくれたのは嬉しいことだが、僕はソゥラさんと戦うつもりなんて、まったくない。何故、剣を抜く必要があるんだ?
僕がいつまでたっても頷かず、剣を抜く様子もないため、ルミオラは
『私を信じろ。あの娘を救うには、剣を、私を使うしかないのだ。信じろ。ただ、信じるのだ』
普通なら、信じろ信じろと言われて、すぐその相手を信じたりはしないだろう。
でも僕は、ルミオラを信じることにした。
ナナリーさんに、お人よしすぎると馬鹿にされそう(そういうあの人も、かなりのお人よしなんだけどね)だけど、ルミオラの声には、言葉では説明できない力強さと信頼感があったからだ。
僕は頷き、一度深呼吸して、剣を抜く。
驚いた。
剣が、光ってる。
驚いたのは、僕だけじゃない。
ソゥラさんもだ。
僕とソゥラさんは、神々しい輝きを放つ聖騎士の剣を、魅了されたように、ぼぉっと見ていた。
頭が、ぼんやりする。
心が、溶けていくような、そんな感覚。
ソゥラさんも、きっとそうなのだろう。
先程までの悲痛な表情が消え、どこか呆けたような、リラックスした顔をしている。
よかった。
ほんの少しの間でも、苦しみが消えて。
そこに、またルミオラの声が聞こえてきた。
『さあ、構えろ。そして、娘に向かって剣を振れ。約束する。絶対に、彼女の肉体を傷つけはしない。さあ、剣を振れ』
僕はもう、迷わなかった。
というより、頭がぼんやりして、考えることができなかった。
輝く剣を、上段に構える。
ソゥラさんの視線が、上に向かった剣の切っ先に向けられた。
彼女は、ぼおっとしている。
僕も、ぼおっとしている。
僕は、剣を振り下ろした。
『それでいい。私は、魔装ルミオラ。人の精神を縛る鎖を切り裂く、断罪の剣――』
あたりは、眩い光に包まれた。
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