第117話 矛盾の答え

「いえ、私は結構です」

「そう。……あのさ、ちょっと聞いていい?」

「なんですか?」

「さっき言ってた、『邪悪竜はいませんでしたが』って、どういう意味? ウーフさんは、ピジャン神のお告げで、邪悪竜の存在を信じているんでしょ? なんか、矛盾してない?」


 お、俺はいったい、何を言っているんだ……

 適当に雑談してテントを出るつもりだったのに、自然と、思っていることが口から出てしまった。

 レニエルも、『このままテントを出ればいいのに、なんでそんなこと聞くんですか』と言いたげに、目を見開いている。


 た、確かに、犯人説が濃厚な事件の被疑者に、こんなことを聞けば、警戒されて当然だ。

 下手をすれば、疑われていることに気がついて、襲いかかってくるかもしれない。

 しかし、そんな俺たちの心配をよそに、ウーフは柔和な態度を崩さず、言った。


「実を言いますと、私が、ピジャン神のお告げで聞いたのは、『神の使いである竜』が暴れているという文言だったのです。それで、何人もの死者が出たので、私はその竜を、いかに神の使いとはいえ、邪悪な存在――邪悪竜だと決めつけていました。しかし今こうして、竜のおかげで、再びスーリアの信仰は高まりました。ですから、思い直したのです、あれは、邪悪な竜ではなかったと。だから、邪悪竜などいなかったと言ったのです」


 はぁ……なるほど……理屈は通っているような、そうでもないような……


「じゃあ、隣の集落の人が、いっぱい死んじゃったのはどう思ってる? いくら掟を破って通商してたからって、あんな死に方、かわいそうだよね」


 ま、またしても、俺はいったい、何を言っているんだ。

 レニエルがこちらを見て、『ふざけてるんですか』と言わんばかりの目で、冷や汗を垂らしている。

 これで、確実に、ウーフは俺たちが何らかの疑念を抱いてここに来たと気がつくだろう。


 ……しかし、いや、やはり、俺は、聞かずにはいられなかったのだ。

 ウーフにどんな崇高な信念や目的があろうとも、同胞を虐殺し、今どんな気分なんだと、詰問してやりたくてたまらなかったのだ。


 だから、我慢できずに、会話の流れで、聞いてしまった。

 その結果、逆上して襲ってくるなら、それでもいいさ。

 しかし、またしても俺たちの心配は杞憂だったようで、ウーフは沈痛な面持ちで気持ちを吐露する。


「非常に残念なことです。彼らとは、考え方の違いで、しばらくうまくいっていませんでしたが、それでも、同じスーリア人であり、友人でしたから。それに、隣の族長であるアドロロは、イハーデンとの通商をやめるべきだという私の考えに、賛同しつつあったのです。経験豊富なイハーデン商人との取引で、痛い目を見ることが増えたからでしょうね」


 なんだって?

 隣の集落の族長が、ウーフの考えに賛同しつつあった?

 おかしいな、それじゃ、わざわざ集落ごと、呪術で燃やしてしまうほどの凶行に走る動機がなくなるな。


 いったい、どういうことだろう。

 俺は、一度考えを整理するために、ウーフに礼を言って、テントを出た。

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