第90話 オーラ探知

「コユリエが、複数の人間のオーラを探知したそうだ。あの林の切れ目をもう少し行くと、集落があるかもしれないぞ」


 そういえば、魔装コユリエにはオーラ探知能力があると、最初に出会ったときに言っていたな。


 しかし、こんなふうにおしゃべりして探知するとは夢にも思わなかった。


 幼児ならともかく、立派な体格の女騎士が、自らの剣とお話しする姿はなかなかにショッキングな光景だが、イングリッドとコユリエのおかげで、なんとかこの林を脱出できそうなので、茶化すのはやめておこう。


 俺たちは、歩き通しで疲れた重い腰を、倒木からよっこらせと持ち上げて、コユリエの教えてくれた、人がいると思われる場所へと向かう。


 湿地の泥が足首にまとわりつき、歩きにくい上に不快だったが、それでももう少しで集落があると思うと、なんとか耐えられた。


 そして、やっとこさ林の出口が目視できた。


 木々の切れ目から、昼下がりの陽光が差し込んでおり、風に揺れる葉が、まるで宝石のように輝いている。


 美しい、光景だった。

 ここまで苦労してやって来た俺たちをねぎらうような情景に、自然と頬が緩む。


 俺は、レニエルとイングリッドに『やったな、出口だぞ』と言おうとした。

 だがその言葉は、『やったな』まで言い終えたところで、激しい叫び声によりかき消された。


 レニエルの声でも、イングリッドの声でもない。

 もちろん俺の声でもない。

 野太い、男の叫びだ。

 林の出口から轟いてくる。

 ただ事ではない雰囲気に、俺たちは走って声の発生源へと向かった。


「おお……なんじゃこりゃ……」


 林を抜けた俺たちの目の前に、なんじゃこりゃとしか言いようのない光景が広がっている。


 ざっと辺りを見回して、簡素なテント式の住宅をいくつか確認し、ここが原住民の集落であることはなんとなく悟れたのだが、人がいない。


 代わりに、集落の中央部分で、2メートル近い大きさの熊と、これまた2メートル近い体長のトカゲが、互いに雄たけびを上げながら、取っ組み合いをしているのだ。


 特に、熊の方の叫び声が凄い。

 先程、林の中にいても聞こえた野太い声は、こいつが発していたようだ。

 予想もしていなかった事態に、どう行動すべきか迷っていると、左耳の方から、何かが飛んでくる音が聞こえた。


 まずい。

 矢か、それとも投石か。

 かわさなければと思ったときには、もう遅かった。


「うぐっ!」


 俺の体に、強烈な衝撃が走る。

 まるで、ボーリングの玉をぶつけられたような、重い一発だ。

 甲冑並みの防御力を誇る精霊の服を着ていなかったら、恐らく今の不意打ちで意識を失っていただろう。


 俺は、突如攻撃してきた相手を確認しようと、『重たい何か』が飛んできた方角をキッと睨む。


 そこには、集落の中央で戦いを続けている大トカゲとそっくり――というより、まったく同じ見た目の大トカゲが、ぬらりと立ち上がり、こちらを威嚇するように、巨大な口を開いて笑っていた。


 明らかな、敵意と殺意のこもった笑み。

 これで、とりあえず戦うべき相手はハッキリした。

 この大トカゲどもだ。


 あの大熊が、もう一匹の大トカゲと争っているうちに、今対峙しているこいつを、叩きのめしてやる。

 俺は、攻撃呪文を詠唱しようとして、なんだか妙に体がべとつくことに気がついた。


「ナナリーさん、あの、服が……」


 レニエルが、何やら口にしづらそうに言いよどむ。

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