第82話 男女の仲
「さっき、かなりいい感じだったじゃないか」
「まあ俺たち、仲はいいからな」
「ほらやっぱり! 男と女で仲がいいと言うことは、男女の仲なのだろう!」
このひとばかなのかな。
なんだか相手をするのに疲れてきた。
俺はちょくちょく焼肉をついばみながら、少々ぞんざいに言葉を投げかける。
「じゃあさ、俺とレニエルが、お前の言う男女の仲だったとして、それがどうなのよ? お前になんか関係あるわけ?」
「ひどい! 私の気持ちを知ってて、そんなことを言うのか!? 先ほど、私はあなたの子が欲しいと求愛しただろう! それなのに、愛した人が他の男と恋仲だなんて! ああ、私の胸は張り裂けそうだ!」
あー、そういえば、気を失う前に、そんなこと言ってたな。
どうしよう、なんかもう面倒くさいけど、きちんと説明しないと、こいつ、いつまでも
俺とレニエルは、同じタイミングで溜息を吐いて、これまでの旅の経緯を説明した。彼が、リモール王国の第二王子、レニエル・クランであることも……
話が全て終わる頃、イングリッドは驚きに目を丸くした。
「リモール王国に、第二王子がいたなんて、知らなかった……そんなの……」
「いや、それは知ってろよ。お前、一応聖騎士の中でもトップクラスの立場なんだろ」
「すまないが、私は武芸以外に興味がない。実を言うと、国王陛下の名前もよく覚えていないのだ」
「そ、そうか。そこまでくると逆に凄いな」
「それにしても、生まれの問題や親の思惑で死地に向かわされるとは、坊やも苦労したのだな……」
イングリッドの青い瞳が、慈愛を帯び、優しく細められた。
身勝手で脳筋な女だが、やはり基本的には、優しいのだ。
「私も身内のことで色々と苦労したから、多少は坊やの気持ちがわかるぞ」
どちらかと言うと、身内の方がこいつの行動のせいで苦労してるんじゃないかなと思ったが、そっと胸にしまう。
「今日限りで聖騎士を辞めた身だ。坊やのことを、リモール王国に報告したりはしないから、安心するといい。もっとも、たとえ聖騎士を続けていたとしても、騎士の誇りにかけて、密告のような真似はしないがな」
「ありがとうございます、イングリッドさん。……でも、よろしかったのですか? 本当に、聖騎士を辞めてしまって。七聖剣の地位にまで到達するのは、大変な苦労だったでしょう? その努力がすべて……」
レニエルの言葉を、イングリッドは手のひらを突き出すようにして遮った。
「いいんだ。私は、武者修行の旅に出たときから、一度でも敗れたら、騎士団を辞めると決めていたからな。それに……」
「それに?」
「なんだか、解放されたような、清々しい気分なんだ。聖騎士の誇り、一族の誇り、そんなものを背負って、私はずっと、心の中で念じ続けていた。『強くあらねば』『私は弱くない』『私は強い』『負けられない』『一度も』『負けてはいけない』と」
「イングリッドさん……」
「信じられないかもしれないが、人を傷つけるのも、あまり好きではないんだ。強敵との戦いと、武芸の精進は好きだけどね」
そう言って照れたように笑うイングリッドの姿に、厳格な騎士の面影はなかった。年相応の(と言っても、正確な年齢は知らないのだが)、若い娘らしい、花が咲くような微笑みである。
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